5.猫娘バイト始める
月曜日に学校にアルバイトをする旨の届け出をした。すると学生課から幾つかの書類を渡され
「これを勤務先の責任者に渡して書き込んで判子を貰って来てください。それからこれは親の承諾書です。これも必要です」
親の承諾書は店長からも言われて書類を貰っていた。
「すべて、揃ったら雇用契約書にサインしてください。雇入通知書を渡しますから」
店長の言葉を聞いて、由梨香が紹介してくれた所だけに、ちゃんとしてると思った美弥だった。
結局、全ての書類が揃うのに一週間ほど掛かってしまった。一緒に面接を受けた翠は親が海外に居るので、千葉に居る叔母に書いて貰った。叔母は親から保護者として学校にも届けてあるのだった。
「ウチの学校、アルバイト可でも手続きが面倒臭かったわね」
昼食を摂りながら、午後の紅茶のミルクティーを口にして翠が言うと
「でも、きちんとしていた方が良いじゃ無い。特に私達の場合は特殊だから」
確かに、猫娘と半妖怪が猫耳メイド喫茶で働くなんて誰が想像しただろうか……
翌週の月曜日から二人は働き始める事になった。学校が終わり翠と一緒にアキバの店に行くと店長が
「やあ、待っていましたよ。こちらがあなた達を指導してくれる、サラちゃんです。ここではネコネームで呼び合いますので、名前を付けましょう。それもサラちゃんが考えてくれます。サラちゃん宜しくお願いします」
サラと呼ばれた先輩ウエイトレスは背は百六十ある美弥より少し小さく、百五十八の翠とほぼ同じぐらいの体格だった。
「宜しくね、サラです。二人の事は店長から聞いていました。まずは、更衣室で着替えて頂戴。そして名前も考えましょう」
そう言われて二人は奥にある更衣室に通された。入るとロッカーが並んでいて、その中の二つが空きになっていた。
「じゃあ、こっちが鍋島さんで、こちらが雨月さんね。衣装はロッカーに入っています。それから鍋島さんは自分の猫耳カチューシャを持ってるとか……」
「はい、これですニヤ!」
美弥は嬉しそうに猫耳を出して見せた。
「あら、どこから出したの? 全く気が付かなかったわ。それにしても見事な猫耳カチューシャねえ。これなら店のを使わなくても良いわね」
二人はサラに手伝って貰いメイドの制服を身に付けてみた。
「うん! 二人共可愛いから良く似合うわ。鍋島さんは本物の猫娘みたいだし、雨月さんは怪しげな雰囲気がとても素敵よ」
二人の本性を知らないサラはそういって褒めてくれた。
「名前だけど、何が良い?」
美弥は特別考えていなかったが、閃いた。
「あのう、私ですが、本名が『美弥』なんです。ローマ字で書くとMIYAですから、これを反対にしてAYIMとなりますので『アイム』ではどうでしょうか?」
「そうねえ、『アイム』じゃ男の子ぽいから、『アイミ』でどう?」
「『アイミ』ですか! はい! とても良いと思います」
「じゃあ決まりね、アイミちゃん! 雨月さんはどうする?」
「私は……そうですね……『ルミナ』……ではどうですか?」
「ああ、素敵じゃない、『ルミナ』ちゃんと『アイミ』ちゃんね。じゃあみんなに紹介するわね」
店にはその時、サラを含めて三人が出ていた。美弥と翠を含めると五人になる。何でもこの時間は割合暇なので、この後六時から勤務する娘が何人か居ると言う。
「こむぎちゃんと、ロロちゃん。新人さんが入りましたので紹介しま~すニャン」
この時、美弥はここに居る時は本来の口調でいられると実感したのだった。呼ばれて来た二人に
「今日から入りましたアイミですニャ。宜しくお願いいたしますニャン」
そう言って頭を下げた。
「アイミちゃんね。わたしはロロよ宜しくにゃん」
「あたしは、こむぎよ。でも言葉使いが上手いので驚いたニャ」
そんな事を言って二人いいや二匹の猫娘が笑っていた。最初のロロは大学生だという。百六十五ぐらいの大柄な娘で、なんでもクオーターだと言う。どおりで髪が栗色をしていると思った。後のこむぎは日本的な顔立ちで、長い神をストレートに伸ばしていて、前髪を切りそろえていた。二人共美弥と翠に負けないほど美形だった。
「先輩、宜しくお願い致します。本日から入りましたルミナですニャン」
翠がぎこちなく自己紹介をするとロロが
「最初はニャと言えなくて苦労したものよ。ルミナちゃんが普通なのよ。アイミちゃんは本当に猫娘が良く似合うニャン」
似合うはずだと翠は思った。だつて本物なのだから……と……
そんな事を言っていたら、お客様が入って来た。若い大学生風の男の子だった。
「あ、常連の出萌さんよ。アイミちゃん。ルミナちゃん。紹介するわね。いらっしゃい」
ロロに言われて、二人は出萌とロロが呼んだ大学生風の人物に近づいて行った。
「出萌さん! いらっしゃいニャン! 今日から新人が入ったので、紹介するニャ。こちらがアイミちゃん。オリジナルの猫耳が良く似合うでしょう? そしてこっちがルミナちゃん、この娘もいいでしょう。なんと二人共高校生なのだニャン」
店の一番奥の席に座った出萌と呼ばれた男は、見た所二十歳前後の風貌で、背は恐らく百八十を少し越えていると思われた。そして何よりもキリッとした顔立ちで、美形と言っても良かった。そうイケメンだったのだ。
「やあロロちゃん。今日も可愛いね。ふうん、そうかあ、現役高校生の猫娘かぁ。宜しくね、出萌と言います。年中入り浸ってるからね」
出雲の自己紹介に美弥と翠の二人は、声を揃えて
「宜しくお願い致しますニャ!」
「アイミですニャン」
「ルミナですニャ」
そう言って膝を曲げてスカートの裾を両手で持ち上げて挨拶をした。
「うん! いいね! 二人共可愛いよ!」
喜ぶ出萌を見て、美弥は
『何か、何処かで会った事があるような……』
そんな既視感を感じていた。だが、すぐに
『多分気のせいニャ』
と思い直してしまった。だが翠は自前の、ものの怪の気から出雲から今まで感じた事の無い気を感じたのだった。
『この人、只者じゃ無いかもしれない』
そう思うのだった。