3.猫娘正体ばれる!
翌朝、美弥がダイニングで朝食を採っていると、里見由梨香が起きて来た。
「おはようございます! 昨夜はご馳走さまでした!」
「あ、鍋島さん! おはよう!」
里見由梨香は機嫌よく答えるとトレイに朝食のメニューを乗せて美弥の隣に座った。今朝のメニューは食パン二枚に苺ジャムとハムエッグに野菜サラダ。それにオレンジジュースとヨーグルトだった。食パンはトーストにして貰える。
「良いのよ。皆で集まって楽しかったわ。それに……」
意味深な里見由梨香の言葉に思わず反応してしまう。
「それにって何か?」
「うん、あなたとお話して、色々な事が判ってしまったわ」
里見由梨香はヨーグルトを口に運びながら笑っている。
「知りたい?」
「はい! 知りたいです!」
「じゃあ、教えてあ・げ・る。あなたの苗字を見て、佐賀から来たと知って、もしかしたらと思ったのだけど、あなた、佐賀鍋島の化け猫の血を引いてる一族なんじゃないかと思ったのよ」
美弥は食べかけていたトーストを思わず吐き出しそうになり
「ゴホッゴホッ……先輩、どうして判ったんですか? 私猫耳も出していないし、言葉だって気をつけていたのに……」
美弥の慌てぶりを見た里見由梨香はニッコリとしながら
「それはねえ~蛇の道は蛇、という言葉があるでしょう……」
「蛇の道は蛇……と言う事は先輩も猫の血を引いてるのですか?」
美弥は、心の底から驚いた。まさか、日本で猫の血を引く一族が自分たち意外に存在するとは思ってもみなかったからだ。
「ちがうわよ! 猫じゃないの……わ・か・る?」
猫ではない……ではいったい……
「ヒントはねえ、私の苗字かな」
苗字……里見と言う名で思いつくのは……『南総里見八犬伝』……まさか先輩は……
「先輩、『南総里見八犬伝』ってありましたよね……まさか犬ですか? 先輩は犬の血を引く一族なんですか?」
まさかと思った。よりによってこの学校の寮でしかも隣の部屋の住人が犬の血を引いてるなんて、なんてツイテないと思う美弥だった。
「あたり! よく出来ました! そうなの、あの物語の伏姫の子孫なのよ。 あなた油断すると猫耳が出るでしょう。それに言葉に『ニヤ』って付くでしょう。そして猫とお話が出来るでしょう!」
当たっていた。全て当たっていた。どうしてこんなに何もかも判ってしまうのだろうか?
「だって、わたしも同じだもんワン」
美弥は今の里見由梨香の語尾の『ワン』と言う言葉が聞き間違いかと思った。
「先輩、それわざとじゃ無いんですね。それにいつの間にか耳が出ている。それって犬耳ですか?」
美弥の問いかけに里見由梨香は笑って
「そうよ。私が見せたのだから、あなたも猫耳を見せなさい」
美弥は仕方なく黒い艶やかな髪の間から小さな黒い猫の耳を出して見せた。
「あら、可愛いわぁ~ これからはお互いの秘密は守りましょうね」
「はい、里見先輩宜しくお願い致します」
「これからは、あなたの事を『美弥ちゃん』と呼ぶから、私の事も名前で呼んでね」
「じゃあ、『由梨香先輩』ですか?」
「そう、よろしくね、美弥ちゃん!」
「宜しくお願い致します由梨香先輩!」
こうして、二人は出会って二日目で早くも意気投合したのだった。
美弥は荷物の整理をしながら、少しずつ環境に慣れて行き、それと同時に寮のメンバーとも親しくなって行った。新学期が近づくにつれ寮生も段々帰って来ていた。
特に同級生の雨月翠とは直ぐに親しくなった。先日は雨月翠の部屋でお茶を飲んでいた時に、雨月などと珍しい名字だったので、それを尋ねると翠は、
「ねえ、『雨月物語』って知ってる?」
「確か、江戸時代に書かれた怪談と言うか怪異な話ですよね。読んだ事はないのですが、映画をテレビで見た事があります。祖母に強制的に見せられたのです」
「名前だけでも知ってれば上等よ。殆どの高校生は知らないんだから。その『雨月物語』にねこんな意味の事が書かれているのよ……『雨がやんで月がおぼろに見える夜』私も本当の意味は判らないのだけど、どうも雨月という意味はこのような意味らしいのよ。だから我が家は代々『雨月』という苗字を名乗ってるの」
美弥は、苗字の由来は判ったが、彼女が言いたい本当の事が判っていなかった。
「つまり……どうゆう事?」
「やっぱり、ちゃんと言わないと駄目みたいね……あなたは、猫の一族でしょう? そして里見先輩は犬の一族、私は『ものの怪』の一族なのよ……驚いた?」
この時ばかりは暫く美弥は口を利く事が出来なかった。それはそうだ、何時間にか自分や由梨香先輩の正体も判っていて、あまつさえ、自分は『ものの怪』の一族だ等と簡単に言ってしまうのだからだ。
「『ものの怪』ってつまり、妖怪って事?」
「そう、色々な妖怪に先祖が取り憑かれてその子孫なの。だから半妖怪って感じかな」
半妖怪……言葉では知っていたが見るのは初めてだった。
「私も猫娘なんて初めてよ。これから仲良くしましょうね」
そんな経緯があって、仲良くなったのだ。だが、この寮に純粋な人間ではない娘が三人も集まったのは偶然とは言えない気がする美弥だった。
やがて入学式も終わり、授業が始まると、普段の生活が忙しくなり、美弥は自分が猫の血を引く一族の生まれということを余り意識しなくなって行った。
この普段の生活とは、朝は七時に起床して身支度をして、七時半から八時までが朝食。そして八時十~十五分に寮を出て裏の学校に歩いて行き、八時半から学校が始まり、途中昼食を挟んで三時に授業が終わり、その後は部活をしたり下校となる。
美弥は部活はしていなかったので、毎日三時半には寮に帰って来ていた。寮の夕食は七時からである。調理人に言っておけば九時までは取っておいてくれる。それを過ぎると処分されてしまう。
要するに、三時半に寮に帰って来てから夕食の七時までは暇な時間があるのだった。まあ、夕食を寮で採らなければ十一時の門限まで時間はタップリとあった。だから、新しい生活に慣れてしまうと美弥は時間を持て余すようになった。そんな時だった。隣の部屋の先輩の由梨香が翠とともに美弥の部屋をノックした。
「ヤッホー元気かい?」
「今朝、ダイニングで逢ったばかりです!」
「そうだったねえ。今日はね、美弥ちゃんにバイトの話を持って来たのよ。ここに居る翠ちゃんは乗り気なんだけど、どちらかと言うと美弥ちゃんに向いてるバイトだと思うから話を持って来たのよ」
何時も陽気な由梨香だが、特に今日はその傾向が強く感じた。
「先輩、何のバイトですか? しかも私向きとは……」
美弥に問われて由梨香は待ってましたとばかりに得意気に言った。
「あのね、猫耳メイド喫茶のウエイトレスよ。どう?」
「ええ!猫耳メイド喫茶ののウエイトレスですか!」
「美弥ちゃんに相応しいでしょう! いずれバイトしたいと言っていたでしょう」
驚きはしたが、悪くないかもしれないと思った。出雲の神様の消息を探るには何処かでアルバイトでもしなければ情報が入って来ないと思ったからだ。
「翠ちゃんも是非やりたいって言ってるから一緒にどうかなと思ってね」
「ねえ、一緒に面接を受けましょうよ」
二人に説得されて美弥はもうその気になっていた。