戦場
戦闘が始まった。
フルフェイスの騎士が剣を指示を飛ばし、剣士が突出してきた魔物を狩る。
魔物を倒したら、後続の足止めを弓と魔法が行い、その隙に剣士がまた陣営に戻ってくる。
そんな戦場で私はというと、なにもできないでいた。
フルフェイスが私に気づき、声をかけてくる。
「怖いか」
「……はい」
「そうだろうな。様子を見ればわかる。戦場は初めてだろう?」
「そうです。あの、貴方は怖くないんですか?」
「怖がってるのを隠してるだけだ」
そう言うと、彼は指揮に戻った。
彼が私に話しかけてくれたのは、私を気遣ってのことだけではないように感じた。
彼もまた、怖いのだと。
私も怖がっているだけではダメなのだ。
恐怖は誰もが感じている。それでも身体を動かすことが、今ここでは必要なのだ。
次の剣士のアタックには、私も参加することにした。
魔物が武器を振るう。
見てからではとてもじゃないが反応できるものじゃない。
敵の間合いに入らないこと。
自分の間合いに入ったら、一撃だけ試してから後退すること。
まず死なないよう、攻撃を受けないように動くことが大事だ。
レベル1の勇者にできることなど、多くはないのだ。
剣が子鬼に突き刺さり、そのまま両断した。
魔剣のおかげで、私の細腕でも十分な威力があるようだ。
まず一匹、魔物を殺した。
私の手で。
鼻をつく血の匂い。
剣が赤く光り、血を吸収した。
何匹も切ると血で滑ったりして刃がダメになりそうなものだが、この剣に関しては心配はないらしい。
続けて、別の子鬼の腕を切り飛ばした。
まだ子鬼の命があるが、深追いせずに退く。
とどめは仲間の剣士が刺してくれた。
剣なんてものは数回も振り回せば疲れてきそうなもので、実際最初の何度かは疲れた。
だが、それも敵に当たるようになってからはなくなった。
魔剣のドレイン効果だろう。
どうやら、剣が血を吸うと持ち主の私は元気になるようだ。
何度目かのアタックのあと、陣営に戻って休憩していた。
毛むくじゃらに髭を生やした剣士が話しかけてきた。
「すげえな、ねえちゃん。まるで疲れが見えてねえ」
「剣のおかげよ」
「魔法剣かい?」
「ええ、そう。斬りつけると回復するの」
そう、剣のおかげだ。
斬っても斬っても、刃も使い手も消耗しない。
もしかしてこれをうまく使えば、万の軍勢を相手にしても負けることはないのではないか――
「頼りにしてるぜ。俺はバズっていうんだ。ねえちゃんの名前は?」
「伊藤キサラギ」
壮年の男性からねえちゃんってよばれるのは、なんか変な感じね。
「イトー・キサラギか。その名前、覚えておくぜ。俺は傭兵団やってるからよ、今度スカウトさせてもらうかもな」
「この戦闘次第ね。お互いに」
「ああ、死なねえように頑張ろうぜ。お互いによ」
フルフェイスの騎士が私を見つけ、また話しかけてきた。
「怖くはなくなったか?」
どうなんだろうか。
気分が高揚しているのを感じる。
今の私は、最初に感じていた恐怖が思い出せなくなっていた。
「怖くなくなったわ」
「そうか。そのまま死ぬなよ」
「どういう意味?」
「戦場では恐怖を忘れたものから死ぬ」
その言葉の冷たさは、まるで冷水を浴びせられたかのようだった。