目覚めたら異世界
広く開けた地に、地平線を埋め尽くす数のヒト型が犇めいていた。
身の丈3メートルはあろうかという巨人、矮躯の子鬼、筋骨隆々の牛人に、腕が翼になっている鳥人。
魔物の群れだ。
対するは、鎧に身を包んだ騎士や、ローブを着た魔法使い。法衣を着た僧侶に、幅広剣を構えた剣士。
弓兵が弓を引き、放つ。
それが始まりとなった。
矢が、魔法が、怒号が飛び交う。
戦場。
はて、私はなぜ、こんなところに居るのだろう?
伊藤キサラギ。
日本人。19歳。女。
昨日までは大学生をやっていました。
今日から異世界の勇者にクラスチェンジしました。
夢なら覚めて。
1
(勇者よ、目覚めなさい……)
ある日私が寝ていると、不思議な声を聞いた。
と思った次の瞬間、見たこともないような荒野にいた。
何が起きたんだ?
いったいここは何処だ。
自分の部屋じゃないのはわかる。
周囲にはフルフェイスの騎士姿や、皮鎧なんかの中世時代のような武装集団がいた。
(勇者よ、私の声が聞こえますか……)
不思議な声が聞こえるが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ていうか、えっ、なんで?
私、自分の部屋で寝てたよな。
寝間着は跡形もなく、かわりに青い胸当てと、見たこともない布で出来た服。
腰には剣を佩いていた。
なんだこれ。ファンタジーの夢?
頬をつねってみる。
……痛い。
(勇者よ、夢ではありませんよ)
そうか。夢じゃないのか。
いやしかし本当にそうだろうか?
夢じゃない、という設定の夢を私は見てるんじゃないだろうか。
隣にいたフルフェイスの騎士に話しかけてみた。
「ねえ、これ、夢じゃないよですよね?」
「夢だとしたら、とびっきりの悪夢だな」
フルフェイスが遠くを指さす。
その先には、米粒くらいのヒト型がたくさんいる。
「あれが全部魔物だとは。今日が世界の終わりの、始まりとなる日かもしれん」
「魔物……?」
「まだ信じられないか。無理もない。あれだけの数の魔物を見ることがあろうとは。私もまだ、現実感がない。魔王が蘇り、封印されていた魔物が解放されたなどと」
その口ぶりは、覚悟を伴った真剣な響きだった。
フルフェイスが黙ったので、まだ状況がつかめなていない私は、他の人にも話しかけてみた。
だが、反応は誰も彼も似たり寄ったりだった。
わかったことは二つ。
魔物がここを目指し、襲いかかってくること。
私達は、そいつらを倒すためにいる兵士だということ。
つまり、私はこれから、あいつらと戦わなければならないらしい。
(その通りです。かつて封じられた魔族が、今この時代に蘇ったのです。そして勇者よ、貴方の使命は、この世界を救うことなのです)
幻聴はさっきから絶好調だ。
(異世界の勇者よ。貴方にはその魔剣【ブラッドソード】と鎧【リフレクトメイル】を授けました)
魔剣て。
勇者なんだから聖剣とかじゃないんですかね。
いや自分を勇者だと認めたわけじゃないんですけど。
(その剣は魔物の血をすすることによって成長し、また、所有者を癒す効果があります。鎧は魔法を跳ね返す力があります)
ほう。
で、なぜ私が勇者なんですか?
(私の声が聴こえるからです)
あなたは誰?
(この世界の神です)
私は今、神と話していたらしい。
神って実在したんだ。
私の気が狂ったわけじゃないことを祈る。