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高校最後の剣道

日曜の午後に蝉の鳴く声が聞こえた。気のせいだろうか?庭でしていた素振りを中断し竹刀を下ろして耳を澄ます。 確かに聞こえた。どうやらもう夏になっていたようだ。  

「もうそんな時期になったのか……」 

呟きながら素振りを再開する。僕は今年で高校三年生となり部活動もこれで最後となった。大学に入ってもまだ続けるつもりだが、大学に入ったら暫くは試合に出られないだろう。

「ならこの夏で勝負を決めなきゃな」          

恥ずかしい話だが小学生から続けている剣道で僕は一度も優勝したことがない。毎年決勝戦までは確実に行けるのだが、僕を剣道に誘った友人にどうしても勝てないのだ。だからこそ勝ちたい。あの友人を打倒し壁を越えれば僕はもっと強くなれる。そんな予感をしてしまうほどだ。小学校までは同じ道場に通っていた為頻繁に試合をする事が出来た。けど違う中学に入ったために彼と戦うには公式戦で勝ち上がる以外道は無い。彼が大学でも剣道を続ける保障はない。だから戦えるチャンスは今年だけだ。と思って試合に取り組もう。そのチャンスを棒に振らないよう今日も竹刀を振るう。  

「―――九百九十六、九百九十七、九百九十八、九百九十九、千」

日課の千回を終えると居間に上がり麦茶を飲む。疲れた体にこの冷たさが心地良い。

一度シャワーを浴びると部屋に入り課題を解き始める。この難しさなら夕食前には終わるだろう。


課題を終えて夕食を食べるとランニングを開始する。

「あ、ちょっと待ってランニングに行くなら御裾分けもしてきて頂戴」

出鼻を挫かれてしまったが、気を取り直し走り出す。頭の中に地図を思い浮かべ今日のコースを決める。試合まで後五日を切っている。この五日間の努力だけで彼に勝てると思うほど自惚れてはいない。だからと言って練習を休む言い訳にはならない。継続こそ力なりだ。積み重ねた分だけ強くなれるだろう

そんな事を考えながらランニングを終える。


「メーーーーン!!」「突き!」             

「ヤッーー!!小手!!」                

「面有り!」「それまで」「二本目」     

部室でひたすら試合形式の練習をする。大会では優勝できないが部活内なら僕は一番強い。部長とかその辺の役職は先生が気を利かしてくれて僕は一部員のままだ。おかげで雑務に気を取られる事無く一部員として練習に励める。   

「次!」                       

「お願いしますっ!」                   

次々に部員たちと連戦を重ねる。僕はどっしり構える長期戦タイプなので体力は充分にある。これ位ではへこたれる事は無い。それでも体力が少しずつ減っていき他の部員の攻撃が僕に当たるようになった頃に練習が終わる。

「ありがとうございました!」             

「お疲れさまです!」                     

口々に別れを告げた生徒から部室を出ていく。           

「もっと強くならなきゃ……」                 

「大丈夫ですよ先輩。先輩は十分に強いです。練習量も人の倍近くありますし」           「だけど勝てないんだよ」              

「先輩明後日の試合応援してますよ。頑張ってください」     

「うん、ありがとう。それじゃあお疲れ様。僕はまだ残るけど君達はどうする?」          「流石にもう帰りますよ」               

「そうかじゃあ、気をつけてね」                

「はい先輩も」                    

後輩たちを見送ると練習台相手にしばらく技を放ち調子を確かめる。自分の動きを確認し終えると鍵を職員室に返し学校を後にする。


 家に帰るとしばらくの素振りの後夕食を食べ食休みに課題を解きランニングを開始する。今日のお使いは近くのコンビニで電球を買ってくる事だった。


 今日は短縮授業だったので試合前の最後に練習が出来る。部員の皆が明日出場する選手の為に協力してくれるそうだ。なので遠慮せずに全力で相手をしてもらう。休む間も無く次々に試合を行う。最後には僕対全員の対戦を行う。     

「ハーハーハー」                      

体力に自信はあったのだが終った時には全身で荒い息を吐いていた。立っているのは僕だけで後は皆床に倒れこんでいた。全員身体中が汗びっしょりで床まで濡れるほどだった。

「ちょっと……待て、フー。しばらく休憩してから終わるぞ」

部長が倒れ込んだままそう言って今日の練習が終った。


 一先ず全員が動ける様になってから掃除を始める。汗で濡れた床を拭く者、窓を開けて換気をする者、防具と竹刀を片付ける者。部員達が各々仕事を見つけて掃除をする。僕も手伝おうと腰を上げると、  「先輩は休んでいて下さい」               

「そうですよ明日は試合です。明日最善な状態で戦える様にして下さい」              「僕達明日は応援だけですからせめてこれくらいはさせて下さい」                 後輩達から総つっこみを受けた。なら少しお世話になろう。防具を任せて着替え場で道着を脱ぐ。随分と汗を吸って重くなっていた。風通しが一番良い場所がご丁寧に空けてあった。その心意気に感謝して道着を干す。明日には完全に乾いているだろう。                      

「あーいいか?明日は試合だ。各自普段通りに自分の全力で戦え。そいじゃお疲れさん」       「「「ありがとうございました!!!」」」          

顧問の先生の声に頭を下げると学校を出る。        

家に帰ると軽めの素振りとランニングをこなし食後は明日に備えて早々に眠った。


 朝早い内に起きだしウォーミングアップがてら軽く素振りをする。

そして朝食を食べると道場に移動する。


僕の防具と竹刀は既にバスの荷台に運び込まれていた。手伝える作業はもう無いので、大人しくバスの中で出発時間まで待機する。                     

「全員居るな?よし出発するぞ。」             

顧問の先生の掛け声でバスが動き出す。今更になって緊張してきた。目を瞑り心を落ち着かせながらイメージトレーニングをする。


「着いたぞ。荷物持って直ぐ移動しろ」         

先生の声で目を覚ます。何時の間にか眠っていた様だ。

受付で名前を告げてゼッケンを貰い更衣室に移動する。


着替え終わるとトーナメント表を見に行く。やはりというか予想通りというか、友人は反対側のブロックにいた。当たるのは決勝だった。トーナメント表から離れ会場内の友人を探す。かなり遠くにいた。今から会いに行くのは無理だろう。決勝まで待つしかないようだ。


部活の皆の所に戻りもう一度ウォームングアップを行う。 始まるまで残り三十分の短い時間だ。一回戦から本調子で戦えるよう身体の様子を整える。


運営の長い話が終わり試合が開始される。一回戦はシードなので二回戦に戦う人たちの試合を観戦する。幾つかの戦うパターンを考える。たぶん問題なく終るだろう。


やはりまったく問題は無かった。例年の如く順調に勝ち上がって行く。負けて泣いてしまう相手もいたが僕にも目的があるから手は抜けない。準々決勝の前に昼休みに入った。そろそろ相手も強くなってきて気が抜けない。このクラスになると初見の相手がいなくなり見知った顔ばかり残っている。

お陰である程度戦いやすくて嬉しい。


昼ご飯は軽くおにぎり一個だけを食べて終えた。他の人達は皆途中で負けてしまったらしい。お前の肩に我が部の未来が掛かっている。と部長からプレッシャーを掛けられた。期待に応えられる様頑張ろう。


「そこまで!!勝負あり!」               

「「ありがとうございます」」             

準決勝も難なく勝ち上がることができた。この後は三位決定戦を挟んでから決勝戦だ。隣のコートを見れば友人もストレートに勝ち上がっていた。               

「やっぱり次はお前か」                

「うん、今度こそ勝つよ」               

「はっ!やれるもんならやってみな。誰がお前に剣道を教えたと思ってるんだ。今回も俺が勝つさ」   「やるよ。僕は君を倒してもっと強くなる」       

「毎年毎回同じ事を言ってるが達成できた事が無いだろ」 

「なら言わずに剣で示すよ」              

「そうかいなら黙って観戦しようぜ」           

友人と久しぶりに声を交わし何時もの台詞をやり取りする。

顔をコートに向けると拮抗した試合が続いていた。


試合が終った。戦いを制したのは僕に負けた方だった。  


無言で最後に防具を調節してコートに立つ。対面には友人。

「ではこれより決勝戦を開始します」                

「はじめ!!」                      

その言葉と同時に僕達は動き出す。初めは互いに竹刀をぶつけ合い様子を見る。そして同時に打ち込む。「「面!!!」                      

これは一本にはならない。準決勝の相手ならこれで一本取れるが友人がこれで取れるほど容易い相手ではない。次々に動きながら技を繰り出しあう。この試合だけに集中していく。まず応援している人が見えなくなり審判も見えなくなる。そして見えるのは友人と狭いコートの境界線のみ。しばらく打ち合い離れてはまた打ち合う事を繰り返す。何度目かは分からないが同時に打っていた僕は離れる瞬間に打ち込まれたそれに一拍反応が遅れた。それは致命的な遅れだった。 

「面!!」                       

「一本!」「二本目初め!!」               

容赦なく一本が取られ次が始まる。取られた事は悔しいが今そんなことを考えていたらまた取られてしまう。今は忘れていよう。互いに向き合いまた同時に打ち合う。      

「面!!」「小手!!」                   

そして瞬間の読み合いに勝ち一本を取り返す。(直ぐ調子に乗るのが君の悪い癖だ)心のうちで呟きつつわずかな油断を見逃さず無事引き分けまで持ち込んだ。審判の掛け声が聞こえず。だが審判が何か言ったのが聞こえた。また同時に打ち合う。気の遠くなる打ち合いをしながら集中力が少しずつ削られていく。相手の動きが見える。しかし僕の動きも見られている。先を読めばさらに先を読まれる。先を読まれたらさらにその先を読む。今の状態では一本取れない。どうすれば取れるだろうか? 見れば相手が肩で息をしている。チャンスと思ったが身体が重く動かない。見れば僕も肩で息をしていた。どうやらひどく集中して打ち合っていた様だ。               

「残り十秒です」                          

静かな声が聞こえた。沈んでいた急激に戻ってくる。これが最後の打ち合いになるだろう。あるだけの体力と集中を掻き集めるて打ち込む。相手も同じタイミングで息を整えて打ち込んでくる。       「面!」「胴!!」                           

「胴あり!一本そこまで」                 

そして僕はまた敗北した。               

「「ありがとうございました」」              

挨拶を交わしコートから出る。すぐに表彰式が始まるようだ。賞状を貰うと友人を探し挨拶をしにいく。「よう、また俺の勝ちだな」               

「うんまた僕の負けだよ。優勝おめでとう」         

「おうそっちも準優勝おめでとう。ところでお前大学どこに行く?」                「○○大学に行くつもりだけど……」

「そうか俺と同じだな。大学でも頑張ろうぜ」      

「ほんとに!じゃあ、いつでも戦えるね」


 会話を終えてバスに戻る。

「すいません負けました」 

「気にする事は無い。次は関東大会だろう。頑張れよ」   

「そうですよ、気にする事はありませんよ。先輩日本で二番目に強いんですから」

皆から励まされて学校に帰る。次の関東大会ではもっと強くなっていよう。そう心に決めて家に帰る。夏の夕暮れが道を赤く染める。さあ、次に向けて練習を始めよう。             


爽やかなスポコン?目指して書きました

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