霰と月
冬の日は、外に出ないのに限る。だって寒いもん。
ストーブをつけた部屋の中でセーターを着てモコモコの靴下を履いてズボンを履いた下半身を毛布でくるんでホットミルクを飲んで過ごす。これが完璧な冬の過ごし方だ。
外では、霰が降っているようで、細かい粒がカツカツカツカツと窓を叩いている。
そんな外を見ていると、どんどんと外に出ていこうという気が失われていき、結局音に耐えかねてカーテンを閉め切ってしまった。カーテンを閉めた室内はほの暗く、ストーブの淡いオレンジの光が部屋の中を照らしていた。
きっと毛布とかは取っても寒くは感じないくらいには暖かくなっているのだろうが、ここまで来たら暖かい状態を維持したい。
そんな私の彼は宇宙飛行士だ。
結婚してからというもの、宇宙飛行士の訓練とやらでアメリカに行ってしまい、今度『月へ行く』というということしか知らない。
まだ好きだけど、こうも一方的に想いを馳せていると、彼がどう思っているのかなんてよくわからなくなってくる。
それでも彼のことを見捨てないのは、好きだからだろう。
そう考えると、冬の寒い中でも頬が熱くなるってもんよ。
「これだから新婚は困るわ」
そう言って立ち上がると、アメリカから届いた彼の手紙を手にとって読む。
今でも手紙という連絡手段をとっているアナログな彼。
その手紙には、訓練が大変とか、友達も仲間もできたとか、それこそ月の話なんかが綴られている。
そんな一途な宇宙バカなところに惹かれたのだ。今さらなにも言うまい。
こっちでは霰が音を立てて降っているけれど、アメリカではどうなのだろうか。
そんなことを思いつつ、ホットミルクを一口飲んだ。
アメリカは晴天だった。
昼間でも月が見えている日だった。
今日本は大寒波の影響で大雪に見舞われているらしいが、彼女は大丈夫かと少し心配になる。しかし、意外と根っこが強い彼女のことだから、『寒い日は外に出ない』なんて言って部屋にこもっているのだろう。そう考えると少し頬がニヤけた。
「なんだよ。嬉しそうな顔してるじゃないか」
「ちょっと彼女のことを考えていた」
「ガールフレンド? 日本にいるのかい?」
「あぁ。大寒波で大変らしいけど、彼女なら大丈夫かと考えていたら思わず、ね」
「大切にしてやれよ」
「もちろん」
英語でそう会話をし、彼女へ送った手紙のことを思い出す。
やはり月のことばかり書いてしまった感が否めないが、大好きな月みたいな彼女に惚れてしまったのだから、月を褒めると、彼女を褒めているような錯覚がしてしまうのだ。
月は太陽からの光を反射して光っている。
彼女は自分では光らないが、照らされた時には誰よりも綺麗に輝いて、俺のことをささやかな光で照らしてくれる。
うまく言えないが、そんな彼女が好きだった。
きっとこのことを彼女に伝えても意味が分からないと思われるかもしれないし、ただの月オタクだと思われてしまうかもしれない。でもそんな彼女が好きなのだ。
今度、その自分が好きな月に宇宙飛行士として行くことが決まった。
今度の手紙には、そのことを書こうと思う。
「って、また月の話題か」
そして地球を飛び立つ時には、彼女をアメリカに招待して、シャトルの発射の瞬間に立ち会ってもらおうかと思う。
英語が喋れないからという理由で付いてこなかった彼女を、次の手紙で説得するためにも、頑張って手紙を書く事にする。
そう決めたのだった。
おしまい。
ざ・ごういん