息子side
静かな、最低限の明かりを灯した台所にトントントン……と単調な音が響く。
ボウルに切った人参、じゃがいもが水に浮かぶ。今日はハヤシライスが晩御飯だ。
ずっとカレーにするか、シチューにするか悩んでいた。どれを作っても父さんは喜ぶから、好みが把握出来ない。
そんなこんなで悩んでいたら、不意に目に入ってきたハヤシライスの箱。
正直ハヤシライスは作った事が無い。けど、箱の裏にはカレーと良く似た作り方だと書いてあったから、買い物かごに放り込んだ。
父さんの意表を突いてやろうかと思って。
「にゃああ」
「クロ」
鳴き声と共に、真っ黒なのが僕の脚に擦り寄り、頭を擦り付ける。
「クロも晩御飯にする?」
「にゃあん」
クロはあの晩、学校の屋上で僕に懐いてくれた野良猫。
僕が自殺するんじゃないか、って父さんが誤解して屋上へ来たあの時、あの晩から、クロはこの家の一員になった。
あの日以来。
父さんは、早く帰って来ることが以前よりも増えた。僕が家だけでなく、学校でも一人で過ごしていることが、ショックだったんだとか。
残業しなきゃいけないはずなのに、無理にでも帰宅してくる。そして晩御飯を食べると、書斎へ引きこもる。
やっぱり会話は少ない気がするけど、別に良いんだ。何ヶ月も一言も会話無し、なんて事にはなってないから。
「うん。我ながら美味い」
味見して、初めてにしては美味く出来たと自己満足。
早く帰って来る様になったとは言え、父さんが帰宅するのは必ず21時を過ぎる。だから結局、僕は一人で晩御飯を済ませて風呂も終わらせる。
学校の課題も済ませなきゃならないし。
二階へ上がろうとすると、ドライフードを平らげたクロが階段を付いて来た。
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「ただいま」
階下からの声に、真っ先に反応したのはクロ。課題を終え、読書に勤しんでいた僕の邪魔をしてきて、ドアを開けろとせがんで来る。
「おかえり」
玄関にコートを引っ掛ける父さんに声を掛ければ、その顔が少し綻ぶ。
「ああ、ただいま。……もう全部終わらせたのか?」
「まあ、うん。後は寝るだけかな」
そうか、と途端にしょげるから何故か罪悪感に蝕まれる。これは僕の所為じゃないぞ!
「何、何でしょげてるわけ?」
「いや……、今日なら勉強見てやれるかな、と思ってたんだが……」
……。
なんだこの人。そんな事でしょげたのか?可愛いじゃんか。
「この前の、分からなかった数学の問のことを言ってる?」
居間で、父さんがハヤシライスをがっつく様に食らうのを眺め、そう聞けば。
「そう。……しかし美味いな」
そそくさと二杯目をよそいに行く。
「あれなら、参考書と先生に聞いたから解決済みだけど。……別に父さんの手を煩わせるまでも無いよ」