第一話
桂浜の波は銀の布のように眩しく鮮やかな光を放つ。波と波が当たり、砕けていく。無限にそれが繰り返される。砂浜は太陽から受けた熱を帯び、夏を躰に感じさせる。海翔が最後にここに来たのは、たしか5年前だ。その時は、歴史の授業で習ったばかりの坂本龍馬に影響され、砂浜に立ち、遥か彼方の水平線を見ては『自分も大人になったら大きなことをする』そう信じていた。抽象的な夢は年月とともに少しずつ現実味を増す。『大きなこと』は海翔のなかで『海の向こうの国で働く』というものとなっていた。その夢を叶えるために、中学3年生の受験期に必死の思いで勉強し、国際人の育成を校訓とする高校に入学した。週に6時間の英語、国際的観点を養うことを目的とした授業。海翔は自分の夢に少し近づけた、という思いと、充実した友人関係から高校を楽しんでいる。
海翔は今年入学した新高校生だ。高校は高知市内にあるが、海翔が住んでいるのは須崎市。土讃線という、高知県と香川県とを結ぶ汽車で通学している。海翔の住む須崎市から3つか4つの市町を越えて、約1時間ほどかけて通っている。各駅停車のため、高校には車で行ったほうが早い。しかし、父親は地元の漁師で『しらさ』を取っている。このしらさは、縮緬雑魚として出回ることが多いが、海翔を含め須崎に住む人の多くは、『どろめ』として食べることもある。どろめは、水から揚がったしらさをそのまま食べる、というより何も加工していないしらさのことだといえるかも知れない。母は、地元の老人ホームで働いている。両親とも忙しいため定期券を使って通っている。通学の道程で通る道は、山の中を通っており、山から出ると開けた田畑が広がっている。海翔はこの景色が好きだ。この広い高知県の中で、視界に山が入らない場所はない。どこを見ても山だらけである。しかし、海翔にとって高知のこの景色には自慢できるほどの誇りがあった。昔から変わらない自然との共存、今、最も必要とされる力がここにはある。国際の授業を受けるようなって、より強くそう感じていた。高校生になってからの感性の変化はとても多い。
最も身近で分かりやすい例を挙げるとするならば、女の子に対する感性の変化だ。中学生のときとは変わって『女の子に興味がある』のではなく『女の子とかかわることに興味がある』のである。高校生は思春期を極めている。周りを見ればカップルは山のようにいる。中には、人に仲の良さを見せつけるような輩もいる。しかし、海翔にも仲の良い女子がいないわけではない。女子が多いこの学校で女の子と仲良くなれない者はいないのではないだろうか。入学してから気づいたことだが、クラスの3分の2は女子だ。須崎市の中でも生徒数の多い(県下で見れば少ないが)中学校であったため、この環境にはなかなか慣れなかった。カップルが多いということは、恋愛についての話も多いということだ。先日も
「知っちゅう?中村のやつ、別れたんやって。」
「まぁ、だいたい予想はできちょったけどね。」
「そうかや?結構、仲良さそうやったやん。彼女かわいいし。」
「かわいかったけど、あんまり仲良すぎるのも考え物やろ。」
という会話が班内であった。海翔は聞きながら憐憫の情を隠せなかった。見たこともない中村という人に対してというより、自分の知らないところで話の種とされていることに対してだ。もし、その人がここにいたとして中村さんは反駁ができるであろうか。気まずい空気の中、魂の抜け殻のようにじっとして涙をこらえるのではないか。たとえ、笑い話にすることができたとしても、それは、彼の精神の強さであり、本心ではない。海翔はこんな話が厭だ。誰が分かれて誰が付き合う、第三者には関係のないこと。黙って見守ってやるのが友人なのだと考えている。
世界史の授業は海翔の楽しみの一つだ。就中、まだ見ぬ海の向こうに冒険心をおこし、航海に出たコロンブスやヴァスコ=ダ=ガマらの話は興味深い。『大航海時代』というのであろうか。海翔のは、この時代の航海士たちの志こそ、龍馬につながるものだと感じていた。江戸時代、他国との協力という考えが謬見であったとしても、それを覆す。当たり前に対する革命である。現代では、他国との関係を切るということは『日本を滅ぼす』という事と捉えられるのではないだろうか。そういった考えが、現代と直結していると海翔はふと思った。
6時限目の世界史が終わると掃除が始まる。同じ掃除場所の女子、紗那に話しかけられた。以前から少しなら話す機会があった。汽車に乗る駅が同じだ。中学校は違うが出身地は一緒なのだろう。
「海翔くんの家って漁師かね?」
「うん。言うても、どろめ漁やけど。」
予想外の質問に困ってしまったが、詰まるほど悩む質問でもあるまい。
「そっか。私の家も漁師家族やった。たいへんでね。早起きやし。」
「うん。5時起きとかね、眼ぇ開いてないきね。」
共通点があったおかげか、会話がとても楽しい。
「うん。お父さんも同じこと言いよった。辛いけどやりがいあるって。」
「漁師のオンちゃんなんて、みんな海に生きちゅうみたいなもんやきね。」
海翔は口ではこういったが、漁師が嫌いである。漁師が、といえば誤りがあるかもしれないが、釣りは嫌いだ。漁師は、海を荒らしている。魚のいる街を壊している。そんな気がしてならなかった。
「紗那ちゃんとこは何漁なが?」
会話は膨らませてこそ意味がある。
「えっと、鰹を・・・。」
俯き気味に、か細い声で放った声は違和感とともに海翔の心に届いた。それは、紗那に対する興味を掻き立てた。




