その6
ムジカによって(何故か)幼馴染二人を人質に取られるタタラ。
タタラは、果たして二人を救いだせるのか!?
by作者
あれ!? ちょっと私のコーナーなんだけど!?
by美流九
✚
科学ゾーン:ステーション265:内縁部:大通り:十五分前――
ボーン、と実に間抜けに男は飛んでいった。
バガーン、と破壊音がして、メキ、というリアルにやばそうな音ともに、店の壁面に男はマンガみたいにめり込む。
めり込んで動けなくなった男は、蹴り飛ばした少女達によって引き剥がされ、引き摺られて何処かへと消え去っていった。
唖然とする観衆の中、ただ一人の少女は俯いてさきほど少女達が少年に対して読んだ名前を気にしていた。
ちぃーちゃん。
タタラ。
まさか……蹈鞴千助?
そんな馬鹿な事がある訳がない。彼は確かにゲーマーかもしれないが、クオリティが低すぎる!! とかなんとか憤慨して以来、一切VRゲームに手を付けていなかった筈だ。なのにどうして――
「ムジカさん」
一人の恰幅のよさそうな男が、考えこむ少女に対して呼びかけた。
「どうしたんすか? そんな難しそうな顔して。もしかして、さっきの男――タタラって言ってましたっけ。そいつにした事、まだ悔やんでるんで?」
「そんなのじゃないですよ。ただ、少し引っかかることがありまして。まあ、とても私的な事なんですがね」
「そうですか。ならいいんすが。でも、ムジカさんってホント自分の事話さないっすよねー」
あはは、と愛想笑いを浮かべる男だったが、少女が完全に沈黙を守っているのを見て、段々とその笑いも萎んでいった。
ふと、少女のほうが言う。
「彼は、ここに残るでしょうか?」
「さあ、どうなんっすかね。でも、さっきの女の子達とも親しそうでしたし、意外にここに残ってくれるかもしれないっすよ?」
「でも、信用はできません」
少女はきっぱりと言う。まるで、あいつは必ず裏切ると断言するように。
しかし男の方はそうも思わないのか、首を振って言った。
「あっしはそうも思いませんがね。あいつはきっと、いいやつですよ」
何を根拠に断言するのだろうか、と少女は隣にいる男を見て思う。そういう偽善者ほど、嘘つきで、汚らわしく、信用ができないのに。
大切な時に限って、いつも裏切るのに。
「そうでしょうか? 私はそれでも彼を信用する気にはなれません。いや、彼ほど信用出来ない人間はいないと思います」
「ム、ムジカさん……?」
男は少女の様子がおかしい事に気付いたのか、少し不安げな声を出す。
だが、少女はそんな男の気遣いなど、気にしない。
「そうです。彼が本当に蹈鞴千助だというなら、きっと他人を裏切ることはできないと言って、善人ぶってくる筈。なら――それを利用して差し上げましょう」
「? ……どういう意味で」
「人質を取るのです」
今度こそ、男の顔が驚きに歪む。
「な、何を言ってるんですか? 人質?」
「そうです。人質です」
「そんな、人質だなんて……!? たかがゲームですよ!? そんな事する必要ないじゃないですか!?」
ああ、この人も知らないのか、と少女は少し男を心の中で蔑んだ。この世界はゲームだなんていう単純なものでは無いというのに。
このゲームから、真の意味でログアウトしたくば、そうしてでも彼をここに縛り付けなくてはならないのに。
やはり、理解はしてくれないのか。
それは仕方がないかもしれない。知らないのだから、理解もしようがないのかもしれない。
だが、例え真実を知らなかった所で、この行動を変える気は、少女にはさらさら無かっただろう。
特に、蹈鞴千助には。
あんな善人風情の、紛い物には。
絶対に。
「みなさん、聞いて頂けますか?」
少女が少し声を張り上げると、大通りに居た人々が一斉に少女のほうに振り向いた。
「これから――」
✚
科学ゾーン:ステーション265:内縁部:どこかの路地裏――
「断じて許容できねえッ!!」
俺は言葉をムジカに叩きつけた。
だが、ムジカはそれをまるで予想していたかのように、まるで下らない余興でも見るような目で、冷笑しただけだった。
悔しいが、その冷笑を打ち払える気は、全くしなかった。
何故なら、その瞳の中に、まるで底の無い沼のような深い闇があるように見て取れたからだ。
その瞳は、まるでこの世界の全てを知って、絶望しているような目だった。
ただのVRMMOだ。そんなに固執する必要なんてないだろう。それどころか、俺はここに残ると言ったんだ。それなのに、要求を呑んだのに、ムジカは人質を取るという。
ゲーマーだから、なんていう理由だけじゃあ、ここまでにはならない。
一体、何があるっていうんだよ――?
「やっぱり、あなたは何も知らないんですね?」
「? 何がだ?」
「――そうですか。蹈鞴千助さん。やっぱりあなたは、本当に偽善者だ」
少女は、知らないはずの俺の名前を――言った。
それだけ言って、退散しようとする。
「おい待て!! なんでてめえが俺の名前を知ってるんだ!?」
俺は問いかけるが、少女は答えない。
いやいや、そんな事はいまどうでもいいだろう、俺。
問題なのは名前なんかよりも美流九と南嶺だ。わけの分からん理由で人質に取られたとはいえ、このままでは折角ここに楽しみでやってきたのに、あいつらに自由を奪われて終わりだなんて、そんなのおかしい。
何とかして、助け出さないと。
でも、一体どうやって――?
せめて、あいつらの注意を一瞬でも別に逸らせたら――
だが、次の瞬間、俺の懸念は無駄なものとなる。
目の端に映る小石がフルフル、と動き始めたのだ。
それだけで、誰が何をしているか思い当たり、俺は努めてそちらを意識しないようにする。
無視して退散する彼らを、俺は引き止める。
「おい、ふざけんなよお前ら。大体、俺はここに居るって言ってんのに、どうして人質が必要なんだよ。どうしてそんな無駄な事しようとする?」
それに、ムジカは振り向いて答える。
「あなたが全く信用ならないからですよ。タタラさん」
「信用ない、ねえ。……俺はあんたに会った事でもあるのか? さっきの名前を知っているという事といいさ。あんた、俺になんか恨みでもあんのかよ?」
「ええ、ありますよ」
少女は少し表情を憎々しげにして答えた。そのあいだに、静かにゆっくりと石は転がっていく。
……さて、恨みを買ったことがないといえば間違い無くウソになるが、一体誰なのだろうか? 一度転校している事もあるし、もしかしたらそっちのほうのお知り合いなのだろうか?
「俺がなんの恨みを買ったていうんだよ」
受け答えしつつ、目線を動かさずに小石を見る。だいぶ裏側まで回ってきたようだ。
「その偽善者面が、ですよ。敢えて言うなら、存在そのもです」
……やべえ、存在全否定。これはイラつく以前に少しショックかもしれない。
「言ってくれるじゃねえか。でも、そいつらを巻き込む必要は無かった筈だろ。そいつらには全く関係の無いことだぜ?」
「いいえ。あなたと接触している時点で、私にとっては十分攻撃対象なんです」
接触もダメってか。俺は新手のウイルス感染者かなんかかよ。俺は別に健康体だし、ここVRだからあんまし関係無いけど。
「あんたにとっては攻撃対象ってか。でも、あんたらは違うだろ?」
俺は、呼びかける相手を変えた。民衆感情で流してみる作戦だ。
「ムジカ様のやることは、絶対なのだ!!」
……なんか、昔の封建社会でもみている気分だ。でも、この役立たずども。どうしてこういう時に使命感をみなぎらせてやがるんだ。……あ、単純に女子に触れるのがいいのか。なんとも厭らしい奴らめ。
――だが、そんな絶対的優位に、俺の幼馴染が屈服すると思うなよ?
「っぐわぁ!?」
「がぁっ!?」
突然、美流九と南嶺を拘束していた男二人が、何かに頭をぶつけたように頭を大きく振り、頭を押さえるようにして二人の拘束を解いた。
――当然、二人はその隙を逃がさない。
南嶺は頭を抑えている男の腕をすかさず掴んで、素早く背負投げ。そして服に忍ばせていたのか拳銃を取り出し、容赦なくパァン! と撃った。頭を穿たれた男は即座に光の塵と化す。
一方の美流九は頭を抑える男にハイキック。路面に叩きつけられた男に、同じく拳銃を取り出し、容赦なく弾丸を男の頭部にめり込ませた。
「おいおい、やりすぎだろ……」
幼馴染二人の容赦の無さに思わず呻いてしまうが、それでも二人が無事なのはありがたい。
しかし敵はたった二人なんかじゃない。何人だって居る。
だがそれはどうした。
俺はチート能力保持者だぜ?
さらに二人に襲いかかろうと、二人を囲む陣形で奴らは二人に迫っている。
「何をするつもりです!?」
ムジカがそれなりに口径の大きそうな拳銃を取り出して俺に向けるが、
「そんなチャチな銃にやられっかよ!!」
言うだけ言って、敢えてムジカの前に飛び出す。
意表を突かれたのかムジカは対応に慌てた。どうやら弾の装填すらまだできていないらしい。咄嗟に取り出したんだから仕方ないかもしれない。
俺はムジカが突き出す腕を蹴りあげて、拳銃を上空へふっ飛ばした。
「あ…!!」
「へっ、さっきまでの余裕はどうした!!」
驚きと悔しさで表情を歪ませるムジカを馬鹿にしながら、地面に足の裏を思いっきり叩きつけた。もちろん空を飛ぶ意識で。
弾き飛ばされるように上空へ。空をクルクルと回転する拳銃をついでに掴んで貰いつつ、今度は円陣の中心の中にいる南嶺と美流九の所に降りる。
タンッ!! と落ちてきた俺に意表を突かれたのか、男達が数歩後退った。
「「ちぃーちゃんっ!!」」
二人の声に俺は、
「二人共、俺にしっかりと捕まれよ!!」
と二人を寄せて、腰の辺りを掴ませる。
――これがリアルなら、こんな何かが当たるような感覚だけじゃなくて、もっと色々柔らかい感触が――
「ガフッ!! いきなりアッパーカットは酷いぞお前ら!!」
「いやぁ、ちぃーちゃん少しでへっとした顔してたからついぃ」
そんなアホなやり取りやってる場合じゃない。
「行くぞ!!」
思い切り地面を蹴って、二人と一緒に飛び上がった。
同時に男達も飛びかかってくるが、ギリギリの所でなんとか避けて躱す。
空中に飛び上がって、一時的な避難。だが、
「うおっ! あぶねえ下から弾丸が飛んでくる!?」
「ちぃーちゃん!! 一度どこか別の場所へ逃げて潜伏したほうがいいわ!! このままじゃあ格好の的よ!!」
「分かった!!」
南嶺の提案にあっさり頷く。こういう時は無駄に頭脳を発揮する南嶺の指示に従っておいた方がいい。
射線から逃れるように、さらに空を蹴って上空へ。このステーション、中々どうして大きいし高い。お陰で銃弾の飛距離からは逃れることはできたみたいだ。
「ちぃーちゃん急いで!! スナイパーライフルなら、この高さでも十分狙えるわっ!!」
南嶺の忠告と同時に赤いレーザーポインタが俺の右胸あたりに。
「ぎゃぁぁああああああああッ!!」
俺が咄嗟に右に蹴ってレーザーポインタから逃れると、その瞬間にビュン! と何かがその辺りに飛来した。恐らく例のスナイパーライフルの銃弾だろう。ひゅー、危ない危ない。
「南嶺!! どこに逃げたらいいんだよ!!」
このままじゃいつか撃ち落される。だからって、具体的にどこに潜伏するべきか分からない俺は、取り敢えず南嶺の指示を仰ぐことにした。
「そうね……あそこなんかどうかしら?」
南嶺の指さした先には、まるでスカイツリーのような巨大な塔がある。なるほど、あそこのむき出しになっている鉄骨の中に紛れる事ができれば、射線をいくらか防ぐことはできるかもしれない。高さもあるし、登ってくることも難儀だろうから、一時的な避難場所としては非常に有効だと思える。
「あい分かった!! かっ飛ばすから、二人共捕まっててくれよ!!」
俺は二人がしっかりと自分の腰を掴んだのを確認する後、空中を思い切り蹴って巨大な尖塔へと飛び出した。
ふぅ……。なんとか助かったわね。
ちなみに、男達が頭を抑えた時に何があったのかというと、美流九が念動力を使って男たちの頭に小石を思い切りぶつけたのよ。小石でも、それなりに大きければダメージもでかいわ。
それにしても、あのムジカという女。なんでこんな事をしたのかしら?何が目的なのかいまいち分からないわね……。
それに、ちぃーちゃんと知り合いというのも気になるわ。……はっ、まさかちぃーちゃん、幼い頃にあの女を泣かせて……。
後でしっかり弁明を聞かないといけないわねえ。