その2
ちぃーちゃんは、リベロになりました。
でも、それって一体どういうこと?
そんなの、あったっけ?
by美流九
✚
「南嶺、関節はそっちに曲がらないって」
「へえ、これがCQCなの。中々使えるわね」
「ちょ、おま、幾らなんでもやり過ぎだって。いくらゲーム内の設定で痛みの感度が高くねえからって幾らなんでもこれは現実世界に支障が……出、ウッ!」
現状がどんな状況か分からない人が多いだろう。今俺は、南嶺たちに自分が科学ゾーンを選んでおらず、リベロにしたと説明し終わったところだ。だが、次の瞬間に俺は南嶺のスキル『CQC』によって瞬間的に拘束された。だめだ、もう関節の角度があああああああああああああああッ!!
「あら、腕がプランプランしてるわよ。大丈夫なの? これ」
「大丈夫な訳ねえだろ!! ……あ、自動的に治った」
「どうもここではオートヒーリングが働くみたいだねぇ。でもこれじゃあ一撃でやられたらゲームオーバーじゃない?」
確かに、と俺は美流久の言葉に頷く。通常、非戦闘エリアというものはPKをしてはいけないように、ダメージを受けないようになっている筈だ。だが、ここの世界ではPKをしようと思えば、誰だって不意打ちでできてしまうだろう。もしかしたらリアリティを求めるために、運営会社がそうしたのかもしれないが。
「それにしても、リベロねえ……」
「南嶺、お前リベロについての説明怠ったろ。ちゃんと説明してくれなきゃ困るんだけど」
だけど南嶺は、おかしいわねとでも言うように、難しい顔をした。
「リベロなんて聞いたこともないわよ。そんなゲームバランス崩壊しそうな能力を、運営会社が作るわけがないじゃない」
「わからねえぞ? お前らが知らない間に大型アップデートされたのかもしれねえし」
「ちぃーちゃん忘れちゃったのぉ? このゲームをやるのは私達も初めてなんだよぉ」
はぁ? と俺はわけが分からなくなる。
「いや、でもあったろ? 科学ゾーンと神話ゾーンを選ぶ時に。そのゾーンの間にでっかくリベロって」
しかし幼馴染二人は顔を見合わせて、肩を竦めた。どうやら二人共そんなもの見ていないらしい。
「バグなのか、これ?」
心配で仕方が無くなる俺は、幼馴染の中でも知恵がまわる南嶺のほうに困ったような視線を送ってみる。
「ちぃーちゃん、それって視界に出てる表示どうなってるの?」
「え? あ、ああ。えーと、信頼度、技術力、契約、スキル、S(ゲーム内のマネー)、HP……表示多いな。邪魔だし、幾つか表示消しとこうか?」
そこまで言って、俺は気付いた。信頼度は神話ゾーンのみのパラメーター、技術力は科学ゾーンだけのパラメーターの筈なのに、なぜかどちらも表示されているのだ。逆に言えば、リベロオリジナルのパラメーターが存在しない。
どういうことだろう? と首をしきりに捻っていると、美流九が無邪気な声で訊いてきた。
「そういえばぁ、さっきちぃーちゃんが言ってたリベロって、どんな特殊能力持ってるのー?」
「ああ、そういえば説明してなかったっけ? 確か武器を自由自在に変えたり、任意で空中を歩いたり、後基本アビリティで身体能力が大幅に強化だとかって……」
「武器を自由自在に変える? 他の二つの意味はなんとなく分かるわ。けど、武器を自由自在に変えるってどういう意味なの?」
南嶺の疑問に、俺もさぁ? と首をひねる。
正直、それは俺自身も引っかかっていた事なのだ。空中遊歩と身体能力は分かるけども。
一応、メニュー欄からアイテム欄を選び、そこに入っている武器を確認する。
「ありゃ、なんか青い羽根が入ってるぞ?」
ていうか、それしか入っていない。さらに今更ながらだが、この「クロス・クロス・オンライン」には職業のようなものはあっても、それは単なるスキルの違いや武器の操作の補正ぐらいなだけで、武器はどんなものでも良いのだ。だからは俺は、アイテム倉庫内に沢山武器が入っているもんだと勘違いしていたのだが――羽根ばっかしは、とても役に立ちそうにない。
「羽根かぁ……。まぁ、一応装備だけでもしておくか」
なんか武器アビリティがあるかもしれないし、と軽い気持ちで思い、俺はその羽根を軽い気持ちで装備した。
手にパン、と光がはじけて、一枚の青い羽根が生み出される。なにか変化があっただろうか、と俺はステータスを見てみるが、――残念、やはりそんな甘くはなく、アビリティどころか、攻撃力すら一ミリも上がっていなかった。
だが、それを横から覗いて美流九は、突然ぶっ、と女の子らしからぬ勢いで吹き出していた。
「美流九! いくらお前が下品だからってそういう下品な反応は……」
「そうじゃないってば! ちぃーちゃん、このステータス一体何なの!?」
美流九はぶりっ子ぶった口調をも忘れ、ステータス枠を指さしてわなわな震えている。そういえば枠のプライバシー保護設定付けてなかったなぁ、後で設定しとこ、などと思いつつ、自身のステータス枠を見てみる。
なんら記述に異様さは見当たらない。
「美流九、いくらちぃーちゃんがイレギュラーだからって、この上更にイレギュラーなんて――そんなッ!!」
美流九の様子に興味を惹かれた南嶺も俺のステータスを見るが、見た瞬間に膝を落としてがっくりうなだれた。
「おいおい、一体どうしたっていうんだよ。どこもおかしな所なんてねえだろ!?」
彼女たちの様子に、言葉では否定しつつも、内心では疑心暗鬼になる俺。
俺の懸命な叫びに、南嶺はがくっと項垂れながら、珍しく消沈した声で説明した。
「普通、攻撃力と守備力は100上下程度よ。でも、あなたはどっちも初期から1000を超えているわ。これって普通、ハイレベルなプレイヤーが一年半掛けてようやく手に入れるレベルの数値だわ……」
そうなの!? と慌ててステータスを再確認。防御は1357、攻撃は1476だった。……なんというか、地道に頑張っている人をすっごい馬鹿にした数値だった。
「ちぃーちゃん、――素手で、人殺せるよ?」
美流九が不吉な事を言ってきて、俺は思わず自分の腕を見つめた。これからはここの世界では下手に喧嘩もできない。
それにしても、リベロだなんて全く、良いのか悪いのか。
なにわともあれ、このまま武器を羽根だけもっていても、いざという時に何も使えない。何か武器を買わなくてはならない。
というわけで、三人で武器を作る事になった。
✚
この世界では、科学サイドは「ものは自分で作って自分で使う」のが基本ルールだ。ショップで買おうなんていう安易な考えに至ってはいけない。この世界にあるショップは、大抵がジャンクショップか生産用の機械の販売、生産する時に必要となる素材を売ってくれるぐらいしかない。このゲームを初めたばかりで、Sも少ない俺たちは、簡単な素材を見つけるしか無い。
「えーと、オートマチック拳銃の製造に必要なのは――」
リストを確認しながら、マップにしたがってステーション内を探索していく。ステーションは外縁部と内縁部と二重の円を作るように分かれていて、内縁部には人々が過ごす街が、外縁部には敵と迎え撃つ為に様々な兵器が常に配置されている。できれば行ってみたいが、武器もないし、行く必要も無い今は止めておこう。
さて、ちなみに今俺達が向かっているのはジャンクパーツショップだ。
ジャンクパーツならば、もうある程度加工されていて、大した生産用の機械もいらない。運さえ良ければ、パーツを全て揃えて、その場で組み立てることも可能だ。
あても無いので、大きな通りにあったジャンクパーツショップに立ち寄る。
「これと、これと、これと――」
「あ、ちぃーちゃん! これサプレッサーじゃないかなぁ!」
「馬鹿、暗殺するわけじゃないんだからサプレッサーつけても仕方ないだろ」
「それもそっか。真正面から堂々と殺すもんね」
……随分と物騒な会話だ。現実世界で行ったら確実に警察に職質されるだろう。
ある程度パーツが揃うと、アイテム欄で部品の一つをタッチ。すると表示が出てくる。
『部品組立が可能です。組立しますか?』
「ああ、頼む」
俺が言葉で返答すると、アイテム欄のパーツが幾つか中央に集まり、一瞬光を生んだかと思うと、パンとはじけて、黒光りする拳銃に様変わりする。
これはここのゲームでももっとも好評なシステムで、スマートフォンで使われていた機能をそのまま転換させたものらしい。
改めて、俺は実感せざるおえない。このVRMMOが、これまでに無いレベルでの、最高傑作だということを。
何より、グラフィックは美麗だし、世界観はしっかりと作りこまれている。自由度も高そうだし、正直、何故こんなゲームが全世界で広まっていない、マイナーなゲームなのか理解しかねた。
もっと不思議な事に、このゲームは公式配信されていない、非公式のゲームだということだ。誰かがプレイヤーにソフトを渡し、それをコピーしていくことによって広まっているようだが、どうしてこんな良いものが非公式なのか、全く分からなかった。
まあでも、そんなことはどうでもいいか。楽しければそれで――
『緊急警報発令。ステーション191が接近中。戦闘員は全員外縁部にて配置に着かれよ』
空からどこからともなく響いてくる音声に、俺は思わずびっくりしてしまう。
「な、なんだあ!!」
「戦闘が始まるみたいね。どうする? 私達も行く?」
南嶺の提案に俺は首を振った。
「止めておこう。まだ全然武器も揃ってないし――」
「だめだよちぃーちゃん!! お金稼ぐにはやっぱり戦闘に参加したほうが沢山貰えるんだよ!!」
美流九が俺の言葉を遮り、俺の意見を否定する。
「でもなあ美流九。ここのデスペナ知ってんだろ? やっぱりもっと別の事で稼いだほうが――」
「そうね、現実世界と同じように、バイトで稼いだほうが遥かに安全よ」
「……やっぱ、戦闘参加しよか」
俺はゲームの中でもバイトをする気には残念ながらなれなかった。
「さすがちぃーちゃん!! そうじゃないとねぇ!」
「さて、ついにやってきたわ」
美流九はノリノリだ。当然、南嶺も乗ってきた。
俺は思わずはぁと溜息を吐いてしまう。どうしてこうも好戦的なんだ、こいつらは。
でもまぁ、
「折角のゲームだ。やっぱ戦わねえと面白くねえよなあ!!」
結局俺も、似たようなもんだから仕方ない、か。
いよいよ戦闘が始まるわね。
さて、それにしてもあの青い羽根、一体何なのかしら……?
by南嶺