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その19

 このやろぉーっ!

「ひぃっ、ゴメンなさぁぁあああい!!」

 ちっ、逃げたかあの遅筆。

 何が「気分がのらない」だよ……。


 あっ、クロス・クロス・オンライン、その19。始まるよぉー!


 by美流九

      ✚


神話ゾーン:北欧神話領域:火の国『ムスペルヘイム』――


 ムスペルが連れて行かれた。

 南嶺に。

「な、なんで連れてかれたんですか、ムスペルさんは」

「さぁ? 南嶺ちゃんの事だから、何か企んでるんじゃないのぉ?」

 メイの疑問に答える美流九の返答も随分と曖昧だ。

「悪いこととか、されてませんでしょうか?」

 メイが不安そうに答える。短期間で南嶺の性格の特徴を掴むとは流石だけど、少しばかり失礼のような。

 ――いや、ムスペルが悪いことするんじゃないか、とメイは心配したんじゃないか? ……そう考えると、やはり俺のほうが失礼なのか?

「タタラさんは何か知ってますか? 私、ちょっとあの時の記憶が曖昧で……」

「私もぉ。何があったのぉ?」

 やがて、当然のように俺の所へと疑問がまわって来た。

 ――いやあ、正直皆さんが危惧されている通りなのですがね。

「南嶺はな、ムスペルに――」

 そう、あれは五分前の事。



 ――五分前


「あのー、ここどこですかね?」

 そうやってやってきたムスペルの迫力は、さながら某巨人アニメの如く。

 突然の事に、俺達四人の思考は遠いどこかへ飛んでしまっていた。

「あの……」

 何よりも。

 あの巨躯であの敬語である。

 スルトも敬語を話していたが、あいつは見た目もそれほど尊厳無いし、敬語の使い方も少々チャラかった。対し、ムスペルはここムスペルヘイムの王。畏怖や畏敬を欲しいままにしてきた彼のその貫禄と、そのカリスマオーラは、スルトの比にならない。

 それが今言った一言はなんだ?

『あのー、ここどこですかね?』

 若干言葉に粗暴さが見られるものの、落ち着いた低い物腰に、自己主張は激しくなく、控えめな物言い。

 かつて(?)の威厳は、見る影……はあるが、態度には欠片も残っていなかった。

 流石の南嶺たちも困惑していたのか、しばらく口をぽっかりと開けていたが、やがて恐る恐るという風に声を出す。

「その……つまり、記憶がない、という事なの?」

 ムスペルは申し訳なさそうに答える。

「はい、多分そうです。名前とか、さっきまでやってた事とか、何一つ……思い出そうとすると、頭がっ」

 すると、唐突にムスペルは頭を抑え始めた。

 ――これは、まずい。

「ああっ、無理して思い出す必要なんかねえよ! ゆっくり、ゆっくりでいいから! まず深呼吸して!」

「ううっ、は、はい……。すー、はー」

 ムスペルは俺の意見に従って、深呼吸を開始する。吐く息はとても臭く、おまけに突風のような強さだったが、俺は一瞬息を止める事によって難を逃れる。南嶺も同じように対処していたが、他二人はノックダウンで地面に這いつくばっていた。

「おっ、ゴホオッ。……落ち着いたか?」

 改めて吸った空気の淀みにむせながら言うと、ムスペルはスッキリした顔で俺たちを見下ろす。

「はい、随分楽に……。あれ、そこのお二人方はどうなされたので?」

「あ、いや……二人とも睡眠不足だから、気にするな」

「はあ……?」

 どこか納得出来ない表情を浮かべつつ、ムスペルは頷いた。

「……さっきの質問だけど、ここはムスペルヘイムという島国よ。他に何か聞きたいこと、ある? ……例えば、貴方の記憶とか」

 今まで(淀んだ空気が換気されるまで)だんまりを決め込んでいた南嶺が、唐突に本題に攻め込んだ。

 まるで、今までのムスペルの行動を全て知っているかのような言い回し。

 すっかり退化(?)して純真無垢になったムスペルは、その言い回しに見事に嵌った。

「……僕の昔の事、知ってるんですかっ!?」

 ――『僕』って。そんな一人称が当てはまる風貌かよ……。

 南嶺は堂々たる態度で答える。

「そんなの、当然よ。それどころか、私達は知り合いなのよ?」

 そんなはっきりと言い切るなよ、というツッコミは、タブーだった。すごく言いたかったが。

「そうだったんですかっ! 僕は、一体どういう名前で、どういう事をしてきたんですか!? 教えてください!!」

 特に、南嶺の嘘を純真そのものの瞳で信じきるムスペルに、俺は同情を禁じえなかった。あんなにキッパリ言われたら、嘘と見破るのは難しいだろう。しかし、なんというか……心が痛む。

 しかし、南嶺の表情には苦心の一つも見受けられなかった。それどころか、酷く嗜虐的な笑みを浮かべている。

 ――ああ、南嶺はやはり変わらない。

「良いわよ。でも、ここにいる人達は意地悪だから、嘘を吐くかもしれないわ」

「おい……南嶺……」

 いきなり何てことを言ってくれる。

 南嶺は俺を無視して、言葉を続けた。

「だから、正直者の私と、二人きりで話しましょう? ほら、あの岩の向こうなら邪魔も入らないでしょうし」

 ムスペルは、疑うということを知らなかった。

「は、はい……! 教えてください、僕の事!」

「じゃあ、いきましょうか」

 と、言って南嶺とムスペルは並んで歩いて行く。その後ろ姿は、酷くいびつでアンバランスだった――



――現在


「――と、いうわけなのですよ」

 ひと通り語り終えて、俺は二人の反応を見る。

「予想通りだねぇ」

 美流九は対して驚きもせずに言った。そりゃあ、南嶺の性格はよく知ってるんだし。

「というか、これ回想にする必要あったんですかね?」

「それは言ったらダメだ、メイ」

 ……それにしても、五分間もかけて一体何を南嶺は仕込んでいるのか――

 と、思って南嶺達が向かった岩のほうを眺めた視界の先。

 ムスペルが、勢いよく海に向かってジャンプをしていた。

 その元気のよさは、先ほどまでと打って変わって少年のよう。

 彼は、目一杯の笑顔を浮かべて、海へと飛び込んでいった――。

 俺があまりの出来事に口を大きく開けて唖然としていると、不敵な笑みを浮かべた南嶺が戻ってきた。

「お、お前、何をムスペルに仕込んだんだ」

 俺が慌てて問いただすと、南嶺は何を馬鹿な事をと蔑んだ表情で、

「彼はムスペルなんていう名前じゃないわ。チョウ・オコ・フンフン・マルよ。略してフンフンね」

「あれえ!? どっかで聞いた感じの名前の気がするんですけど!? ていうかフンフンじゃなくてチョウ君のほうがよくねえか!?」

「気にしたら、負けだと思うわ」

 いや、気にするべきだろ――

「南嶺ちゃん。五分掛けて、そんな事を仕込んだのぉ?」

 美流九の問いかけに、南嶺は首を振る。

「そんな訳ないじゃない。こういう事にしたのよ。『私達が仲良く遊んでいた所を、海賊が押し寄せてきた。フンフン君は私達を守るために戦っている最中に頭を打って、記憶を失くした』」

 フンフン君もといムスペルいいやつになった――!

「ちょっと待て。どうしてそういう風に記憶をすり替えたんだ? それに、フンフン君はどこへ行ったんだよ」

 俺の問に答えたのは、南嶺じゃなく、メイだった。

「わかりました。つまり、フンフン君を使って時間稼ぎをするんですね。フンフン君は優しいからその海賊船――つまり、ナグルファルを引き止めるために」

「そうよ。なかなか察しがいいわね。ちぃーちゃんはやっぱアホ」

「おい」

 南嶺は無視した。

「私達があのフェンリルを探して倒すのには、多少なりとも時間が掛かる可能性があるわ。もしかしたら、その前にナグルファルがラグナロクを起こしてしまうかもしれない。そう考えると、少しでも時間を稼げたほうがいいでしょう。まあ、確実に見つかる保証はないし、見つかったとしてもフンフン君はあまり時間を稼げないかもしれない。まあ、稼げるような作戦は彼に仕込んだけど」

 ペラペラと説明を続ける南嶺。あの一分もない時間に、こんな事を考えているとは流石は南嶺というべきか。

「まあ、なんにせよ、布石は打っておいたわ。次は私達が行動する番ね」

 南嶺はきっぱりと言い放つ。

「フェンリルを狩りに行きましょう」

 俺達は頷いた。とっくにわかりきった事だ。南嶺に改めて言われるまでもない。

「じゃあ、早速行こうか――」

 と俺が輸送機に向かって歩き出すと、「待って下さい」とメイが引き止めた。

「えーと、どうした?」

 思い返せば、フェンリルを倒そうと言い出したのはメイである。もしかしたら、出発前に何か留意すべきことがあるのかも知れない。

 ところが、メイは俺たちの考えていることの斜め上をいった。

「今日はもう遅いので、帰りません?」

「……え?」

 言われて思い返すように、視界右下のリアル時刻表示を見る。

 午後八時だった。

「め、飯の時間を過ぎてる……」

 VRゲームというのは、体の信号をまるごとカットされるため、空腹というのに少々気づきにくい。ある程度危険になると強制シャットダウンされるように設定されているのだが、それも特に役立つわけではないし。

「確かに……そろそろ帰らなきゃねぇ」

 美流九の顔が心なしか引き攣っていた。そういえば、この女は明日再試があるのであった。そんなんでゲームしてんじゃねえよと言いたい。もう遅いけど。

「そうね……。帰らないのは、流石にまずいわ」

 南嶺は勉強に関しては何一つ問題ないだろうが……まあ、気分的なものもあるだろう。

 そして俺も、流石にこのまま空腹の体を放っておこうとは思わなかった。

「じゃあ、明日の午後五時にここにもう一度集合するか。今日は解散としよう」

 全員が頷いて、俺達はそれぞれログアウトをした。


      ✚


翌日:現実世界:○○高校――


「和海さんは今日は休み、か」

 俺は和海さんの座る席をぼうっと眺めて呟いた。先生の話では、彼女は今年の流行病に掛かって一週間は学校に出てこれないそうだ。

 聞きたいことは、山ほどある。

 しかし、少しだけ安堵している自分も居た。

 だって聞ける訳ないだろう。

 もしあの話が本当だとしたら、何故和海さんは、俺達を殺そうとしたのか――なんて。

「おお、ちぃーちゃん。委員長に対して恋でも患ってんのか?」

「なわけねーだろ、馬鹿」

 冷やかしにやってきて友人を軽く受け流しつつ、それでも思った。

 殺人衝動というのは、一体どこから沸き上がってくるものなんだろうか?


      ✚


クロス・クロス・オンライン:神話ゾーン:北欧神話領域:火の国『ムスペルヘイム』――


 昨日の場所には、早すでにメイが来ていた。

 昨夜とは違い、髪型をツインテールにまとめて、やはり露出度の高い服を着ている。

「な、何あれぇ」

「何か、昨日と雰囲気違うわねえ」

 驚きを隠せない南嶺と美流九だったが、俺は昨日の出来事を思い返して納得していた。

 そういえば、南嶺と美流九は知らないんだっけか――

 メイは気楽に片手を上げると、俺達のほうへ歩いてきた。

「こんにちわ。――ええっと、そっちの短髪がミルクで、こっちの長髪がナミネ。合ってるわよね? 新人レグルスさん」

 新人レグルスって……。レグルスに新人もクソもあるのだろうか。

「ああ、合ってるよ。あと、俺の名前はタタラって言うんだけど」

「知ってるよ。『もう一人の私』がメモを残してくれたから。フェンリルを倒しに行くんでしょ? 無茶するわねえ」

 すっかり順応する俺に、ちょんちょんと美流九が服を引っ張った。

「ねぇ。『もう一人の私』ってどういう――」

 美流九の問いがメイにも聞こえていたのか、メイは笑って言った。

「なんだ。あっちは私の事あなた達に言ってないのね。どうやらタタラは知ってるみたいだけど」

「……? どういうこと、ちぃーちゃん」

 南嶺が不服そうに言う。こういう性格だから、自分が会話の主導権を握れていないのが癪に触っているのかもしれない。

「ああ、それは」と言い出そうとする俺を、メイが制止した。

「これは私の事だから、私に言わせて。私はね――実は、二重人格なの」


 果たして、このあと南嶺達の反応は実にテンプレの通りというか、冷めていたというか。何にせよ、ここに書き記すことではないので割愛しよう。でないと南嶺が怒る。


 さて、俺達は浜に打ち捨てられた輸送機に乗り込むと、メイの道案内でメイ自身が所属するギルドへと向かう事になった。

 メイ達がギルドを構える場所は、俺達のステーションの場所から五〇〇キロほど離れたリアス式海岸にある、大きな街の一角に構えられているという話だった。正直輸送機の燃料がギリギリだったが、今後しばらく海を越えてどこか行こうという予定は無いし、元の場所に戻る為に使う簡易ワープ装置もあるので、大した問題にはならない。

 ただ、一番の問題は。

「どこに輸送機を停めようかしらね……」

 俺たちが降りる場所だった。

 ここは神話ゾーン。ゲーム上の設定とはいえ、科学ゾーンの兵器が街にたたずめば、流石にいろいろと問題がある。

 ヘタに近づけないのが確かだった。

 すると、コクピットに居た南嶺が航空機内の無線を通じて、こんな提案を発議したのだ。

『ちぃーちゃんの能力を利用しましょう』


 輸送機のハッチが開く。

 台風のような風が吹きすさんで、俺は思わず目をつむりそうになった。

 ――まさか、同じ事を二度やる羽目になるとは。

 しかし、今度は一人じゃない。

 女三人が、一斉に俺に抱きついているのだ。

 ……これがもし通常時なら、死ぬほど興奮してるんだろうが、そうはいかない。

 俺は、三人も引き摺ってテイクオフしなくてはいけないのだ。

 しかも、失敗は許されない。

 俺は興奮よりも緊張によって、心臓の鼓動が早まっていたのだった。

「……大丈夫? ちぃーちゃん」

 美流九が心配そうに見上げる。こういう時に心配してくれるのは、こいつだけなのだ。

「あんまり大丈夫じゃないけど、やるっきゃなさそうだし」

「まあ、ちぃーちゃんに拒否権は無いわね」

「拒否されても強制にやらせるし」

 メイと南嶺は相変わらず酷かった。

 すごく、気が進まない。

「どうしても、やらなきゃダメか? 他に案があるんじゃないか?」

「「ない」」

 はあ……。

「じゃあ、――行くぞ」

 俺はMPが満タンなのを確認すると、怪力を解放する。体に掛かる重圧がふっと軽くなり、俺は体を沈ませて、勢い良く空中へと飛び出した。


 脳裏に浮かぶのは、たった一日だけど、とても懐かしい思い出。

 あのフォルムを見た時、あまりのクールさに興奮をしていた。南嶺は無茶苦茶な運転をしたが、それなりに楽しかった。ムスペルがケツについた時は、殴り飛ばして助けたりした。そうした事の積み重ねが、俺とあいつの友情を育んでいたのかも知れない。


 さようなら、俺の心の友。Cー130 ハーキュリーズ。


 あの世でも、元気にやれよ――。


 後で聞いた話だが、その時俺は軽く涙を流していたという。


 俺達は大事な大事な盟友を犠牲にして、メイのギルドへと向かっていった。

――Cー130 ハーキュリーズ追悼――


ナ「ちなみに作戦に関しては次回説明よ」

ミ「ギルドだすとか言ってたのに、結局でてないじゃぁん」

ち「んなもん、どうでもいいだろ! ……っ。優しい奴だったのに」

ナ&ミ「ちぃーちゃん……(引き気味)」

ち「引くなよ! 男の浪漫だろ! それに皆泣くに決まってる!」

ナ「残念だけど、たかが兵器に感情移入はちょっと……」

ミ「良い精神病院、知ってるよぉ?」

ち「別に病んでねぇ!」

ハ『タタラさん、そんなに思って貰えて、自分感激っす!(号泣)』

ち「Cー130 ハーキュリーズ! お前、幽霊になってまでっ……」

ち&ハ「「うわぁあぁあぁああああ」」

ナ&ミ「「はぁ……」」

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