その14
ちぃーちゃん、先輩と一緒で仲良さそうだったなぁ。笑顔がピクピクしてたのは気の所為気の所為♪
by美流九
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神話ゾーン:???:ステーション265墜落地点付近――
「はぁ……今日はなんか疲れたなあ……」
俺は大きく伸びをしながら仮想アバターの調子を確認しつつ、どんよりと言った。
すると、隣の古風なファッションだが、知的そうな青年が、はっはっはっと笑って言う。
「ログインして早々何を言ってるんだい。ちぃーちゃん君」
「『ちゃん』の後に『君』をつけるのは、文法的に間違ってますよ。後、ここではタタラって呼んで下さい。前にそのニックネームで個人特定されたんで。ホント頼みますよ、達宗せ……タッツー先輩」
「それはいいけど、なら思い切って無礼講でいかないかい? その方がお互い気楽じゃないか。男同士だろう?」
俺は思わず半身引く。
「男同士って……まさかあっち系の類の人じゃないよなあんた?」
タッツー先輩はン? と意外そうな表情で言った。
「なんだい、君はそういうのが興味あるのかい? 仕方ない。ここは僕が一肌脱いで」
「マジで脱ぎ始めんな!! そして何故脱げるんだCCO!?」
そうやってふざけあっていると、後ろかボカリと殴られて、俺は顎を青々と野草を茂らした草原に叩きつけた。
「私を無視して勝手にいちゃいちゃしないで。いい加減怒るわよ?」
「おまっ、拳が今本気だったていうか、もう怒ってんじゃねえかていうか」
顎をさすりながら、俺は後ろから後頭部を殴ってきた南嶺に反論をしていると、おーい、と墜落したステーションのほうから呼ぶ声が聞こえた。
そっちを見てみると、美流九が走ってくる姿が見える。
美流九はこっちまでやってくると、ぶーぶーと口角を尖らせて何故か俺の首を締めながら、南嶺のほうを見て文句を垂れた。
「ひどいよぉ、置いてくなんてぇ」
「それは、提出物を忘れたから、一度家に帰ってすぐプリントを持って、学校に戻って来なさい、と言われたあなたの自業自得よ」
「うう……それはそうだけどぉ」
「ちょ……首が、締まっ、て、HP、がっ」
「ところで、ちぃーちゃんの家の戸締りはした?」
俺の懸命な叫びは無視された。ちくしょぉうっ!!
「うん、完璧だよぉ」
「あれ? 君たち自室からログインしてるんじゃないの?」
タッツー先輩が、訳が分からなさそうに聞いた。まあ、普通は自室からのほうがいいに決まってるだろう。なにせ、ログインしている間は自分は無防備なのだ。最低限の用心はすべきだから、最低でも安心できる場所でログインしたほうがいい。
だが、この幼馴染達の場合事情がちょっと違う。
「何故か私たちの家族は厳しくて、ネットをつなげて貰えてないのよ。だから親の目を掻い潜ってちぃーちゃん家でネットを使わせてもらってるって訳」
「へえー。このデジタルの時代にアナログな思考だね。インターネットが悪影響を与えるという古風な考え方に拘っているのかな? 今の世の中インターネットがあったほうが何かと便利な時代なのにね」
「お母さん達が考えている事なんて分からないけどぉ、でもこうやってちぃーちゃんの家に行く理由が出来たから今はいいかなって思ってるよぉ」
ポジティブシンキングな心情なのか、美流九は嬉しいことを言ってくれた。
「で、いつまで駄弁っているの? ここまで呼び出したからには何か用事があるんでしょう?」
話を促す南嶺。確かに、折角のゲームを話だけで時間を潰していくのは勿体無い。
まま、焦らないでとタッツー先輩は南嶺を落ち着かせて、やがて話しだした。
「君たちの要求は、僕にここのステーションを襲わないようにこの地域のプレイヤーを説得してもらうという事だったね」
「ええ、でそれを頼んだら先輩が条件があるからとここに集まらせたのよ」
「そうだね。当然引き受けても良いんだけど、それじゃつまらないからね。だからクエストをこなしてもらうことにするよ」
「クエスト?」
「そう、私的なクエストさ。結構簡単だよ? ここが神話ゾーンのどの神の領域かは知ってる?」
「ぅ~ん?」
美流九はしばし辺りを見回す。
「えーと、イメージ的にオーディン?」
「北欧神話、ということだね。その通り。ここは北欧神話ゾーンだ。というかまあ、神話ゾーンで今最も領地が大きいのは北欧神話だね」
「何でぇ?」
「簡単よ。北欧神話は戦争の神話。武器や武力が他の神よりも豊富よ。オリンポス神話は基本平和ボケしているし、クトゥルー神話に至っては基本的に身を隠すから領地は広くなくてもいい。だから北欧神話が勝ってしまうのは自然なのよ」
「でも、そんな北欧神話も衰退してしまう事がある。それがラグナロクという訳さ」
「どうしてラグナロクの所為で衰退しちまうんだ?」
「ラグナロクはようは北欧神話の滅びだ。しかも内部からのね。当然ゲームの性質上オーディンは死なないけど、領土が自動的に3分の1削られてしまう」
「それは大きいな……」
「ラグナロクが起きる予兆は様々だ。永遠に続く冬、フィンブルヴェト。ギャラルホルン、フェンリル、ナグルファルの完成とかね」
「まさか……」
なんとなく依頼の予想がついて、俺は恐ろしくなった。
「うん。もうすぐナグルファルが完成しそうだから、それを妨害してもらおうかと思って」
「だが断――」
「分かった、やりましょう」「うん、やろぉ」
「え!? なんでそんなノリノリなの二人共!?」
逃げようとするが首が締まって動けない。なぜこんな時に限って役に立たないんだ俺の筋力値は!?
「どうやって妨害するのぉ?」
美流九が当然の疑問を発する。
「ナグルファルはムスペルっていう巨人が造ってる。ムスペルは南方の彼方の火の国――地球的に考えてハワイだね。そこに居る。あとは単純だ。彼を倒してナグルファルをぶっ壊してくれ」
南嶺達は単純でわかりやすいと納得した。だが俺はまだうんと言えない。
「簡単に言ってくれるけど、出来るわけないねえだろ!?」
「僕は君――いや、レグルスを期待してこの依頼頼んでるんだよ」
「!? なんでその単語を――」
「ちぃーちゃん、そうと決まったら即決即断よ。急ぐわよ!!」
「いや待て。俺はタッツーにまだ聞きたいことがッ、ア~レ~!!」
首を締められたまま連れ去られる俺。
こうして怒涛の勢いで、俺は神話ゾーンに関わることになったのである。
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神話ゾーン:北欧神話領域:上空――
いきなり過ぎて何がなんだか分からない人も多いだろう。
皆、心配するな。俺も分からん。
取り敢えず一連の話の流れを説明しておこう。達宗先輩は南嶺たちにゲームをコピらせた張本人で、ちょうど神話ゾーンのプレイヤーだった。いつの間にか神話ゾーンとの和睦の交渉役を任されて困った南嶺はちょうどいいと思って相談したらしい。当然昨日の一連の出来事も含めて話している。それを聞いた先輩は、奇跡的にもその地域の近くでプレイしていたらしく、なら自分が説得すると言ってくれた。その代わりの条件が前述の会話である。
そして現状は――
「おぅわぁあぁぁああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
「ちぃーちゃん五月蠅いわよ」
「いやちょっと待て!! 確かに俺の力で空飛んでくのはキツイからステーションから戦闘機借りようと提案したのは俺だけど、アクロバット飛行は認可してねえぇぇええええええええええええええええッッ!!」
南嶺の匠な操作技術により、Cー130 ハーキュリーズ(説明は後書きにて。ちなみに輸送機)が龍の如く回転しながら昇竜する。莫大なGに正直昼飯を吐くかと思った(当然吐けないが)。
ていうかそもそも輸送機でアクロバット飛行とか頭おかしいのかああああああああああああッッッ!!!!
その所為で俺たちが座席に縄で体を縛り付けるしかねえだろぉおおおおッッ!!
文句を言わせてもらえば、俺はCー130を購入させられた挙句、諸装備を『俺の金』で揃えさせられ、さらには俺にはフライトスーツも装着させて貰えないという……ふざけんなよっ、畜生!! と言いたかったが幼馴染達の笑みに俺は屈服してしまった。
「ちょっとは美流九を見習いなさい。ほら凄く静かじゃない」
いや……と俺は後部座席にいる美流九のほうを振り返る。
「もがががががががががががががががががが」
どっちかっていうと凄すぎて声がでないだけなんじゃ……と思ったが後で何言われるか分かったものではないので俺は特に言及しなかった。
「ほら、あれじゃない?」
南嶺の声に反応し、どれどれと窓に顔を近づける。
黒い蒸気がそこら中の山から吹き上げている島を見つけた。さらに海岸線を辿って行くと、遠くからでも分かるほど巨大な船が建造されているのが見える。近くでは半裸の髭ボーボーのおっさん巨人たちが大量の木材を運び入れたり、加工したりしているのも見えた。
「まんまハワイだな……」
常夏の島というよりかは灼熱の島といった印象だが。
「南嶺、どこに着陸するんだ?」
うーんと南嶺は暫く考える。
「まだちょっといい場所は見つからないわね。まだ高度が高いから気付かれていないようだけど、場所もきちんと考えないと。後で破壊されたら島で集団レ……リンチにされても困るし」
レ? なんだろう一体。何を言いかけたんだ?
「もうしばらく周回してみるわね」
南嶺は言葉と共にぐるりと島の上空を海岸線をなぞるように旋回していく。
ふと気になる事があって、尋ねる。
「そういえば、どうしてお前ら達宗先輩と知り合ったんだ?」
「簡単よ。私一度飛び級させられた事があったでしょう?」
ああ、と思い出す。南嶺の成績は学内では異常で、なぜこんな片田舎の学校に居るのか分からないぐらい頭がいい。その所為で、学校が特例として彼女を飛び級させた。当然しばらくして本人が合わないと拒否したが。
「その時に意気投合したんだな」
「ええ。その時にはもうコピーを先輩から受け取ってたんだけど、中々興味持てなくてしなかったのよ。しばらくしてふと思い立ったと言うわけ」
へぇーと俺は適当に相槌を返しながら、眼下の光景を見渡した。
ずっと考えまいとしていた事が、ついに逃れられずに頭に過ぎる。
デスゲーム。
確かにムジカ――和海さんはそう言った。だが確証もない。確かめようもない。だけど――
もしそうだとしたら、あの時ムジカは何故俺を――
――殺そうとしたんだ?
考え過ぎかもしれないと首を振った。
どうすべきなのかは分からない。だが、今は気にする必要は無いだろう。南嶺も美流九もまだ一度も死んでいないようだし、これからだって殺させない。
恐ろしい想像が脳味噌ン中を駆け巡るが、俺は振り切るように今一度首を振る。
「め、面倒くさいからこのままCー130で船を破壊するっていうのはどうかなぁ」
重力の加圧に慣れてゆうやく喋れるようになったらしい美流九が、もっともらしい提案をした。
「確かにそのほうが確実に破壊できるわね。だけど……」
南嶺は遥か下にいても遺憾なく存在感を発揮する巨人たちを鬱陶しそうに見た。
「至近距離まで近づく必要があるから、巨人たちの気を引くけど……とても安全とは言えないわね……」
「大丈夫だよぉ。ここでキルされたってキャラクターデータ削除される訳じゃないんだしぃ」
キャラクターデータ削除。つまりは死。
連想ゲームのように浮かんだ言葉に、俺は思わず背筋が凍った。
もし、和海さんの言葉が嘘だったとしても、
だからと言って、どうしたほうがいいかは明白じゃないか?
「……俺が敵を引きつけるよ」
「ちぃーちゃんが? 確かにそのほうがこっちの安全性は増すけど……でも、ちぃーちゃんもしかしたら一回やられるだけでキャラクターデータを削除されるかもしれないんじゃないの?」
南嶺は素直に懸念を示してくれた。こちらの危険性は抜群に高まると言いたいらしい。
「大丈夫だろ。俺はチート能力保持者だぜ? ちょっとぐらい攻撃受けたって死にはしねえよ。それに……」
「? それにぃ?」
「ちょっと巨人と力比べしてみたい気分でもあるもんで」
それを言った瞬間、前後でぶっ、と吹き出す音が聞こえた。
「ちぃーちゃん正気? ちょっと精神病院行ってきたほうが良いんじゃない?」
「ひでえ言い様だなおい!! 間違いなく正気だよ!! 大体ステーション支えたの俺じゃねえか!!」
「そうだよぉ南嶺ちゃん!! ちぃーちゃんはさいっしょからおかしいんだから言っても意味ないよぉ!!」
「どっちかって言うと美流九のフォローは俺をさらに悲惨な状況に追い込んでると思うんだけど!?」
そんなこんなで行動方針は決まったのである。
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「ちぃーちゃんホントにやるの?」
俺は持ち手をしっかり握って答える。
「やるって言ってるだろ? それに秘策があるんだ」
「その秘策ってなんなのぉ?」
俺は思わず視線を下に落とした。まさかケツアルとの契約で得た怪力を使って大暴れしようという安直な考えだとは言えない。
「さて、そろそろ行くかな」
「ちなみに――これ壊れたら生きてても帰れないわよ?」
「うわっ、責任重大だなあ」
こうなったら意地でも敵を引きつけなければならない。こんな所に一人取り残されるなんてゴメンだ。
「じゃあ、行ってくる!!」
持ち手をしっかり握ってレバーを跳ね上げる。
カーゴドアが開き、すかさず風が入り込んできて、耳に轟々と鳴り響いた。
片手を上げて親指を立てる。よし、これで決まった。
「ちぃーちゃん映画の真似ぇ? 少し引くかもぉ?」
あははははは。聞こえない聞こえない風の音で聞こえない。だから目から流れ出す熱い物体もきっと汗なんだあはははは。
俺は逃げ出すようにカーゴから飛び降りた。
ついに新たな戦いの幕開けね!!
それにしても、無茶するわねちぃーちゃん……。
by南嶺




