その13
あれえ、まだ終わってないのぉ? 本当に面倒くさいなぁ。
え? 今回は新キャラ登場ぅ?
それってもしかしてぇ――
by美流九
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現実世界:〇〇高校:一年二組――
退屈な授業に俺は図らずも大きく欠伸をしてしまった。
ふぁ~という声に物理の教師が一瞬こちらを煩わしそうに見たが、俺が無視を決め込んでいると、やがてやれやれといった感じで黒板のほうに視線を戻した。
クスッ、と笑う声が聞こえて、誰だ? と俺が声のしたほうを向くと、美流九が俺の斜め後ろの咳で小さく俺に手を振りながら、ニヤニヤしていた。
振り返して視線を前に戻し、ふと先程和海さんに言われた事を思い出す。
確かに衝撃的なことばかりだったが、最後のは特にいただけなかった。
あれは、本当の事のなんだろうか?
俺はそんな疑いからか、事細かにその事を思い出そうとした――
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『人格を……破壊する?』
『正確には、その精神を破壊し、誘導して自殺に追い込むというだけの話です』
いやいやいや。
いくらなんでもそれは無い。どうしたらそんな事が出来るか検討もつかない。というかあり得ない。
俺の様子に、和海さんはむっとした様子で言った。
『信じられていないみたいですね』
『当たり前だろ!! そんな根拠の無いこと言われて、信じられるか!! そもそも、そんな事どうやってやるんだよ!?』
『簡単なことですよ』
和海さんは、それこそ物分りの悪い生徒でも相手するかのような態度で懇切丁寧に教えて下さった。……いや、俺の趣味は女教師じゃないよ? 比喩的表現な? 比喩的表現。
そんな頭の軽いことを考えている余裕もなくなるような、恐ろしい話を和海さんは始めた。
『ヘッドバイザーは、というかVRゲームというものは、どうやって映像をプレイヤーに見せているのか知ってますよね?』
『え? ……まあそりゃ知ってるけど、それがどうs』
しかし和海さんに見事に俺の言葉は遮られた。最近無視されたりするの多いなー俺。
『知ってるなら話は早いですね。VRゲームは映像を脳に直接流しこむ事で、現実に近い感覚の映像をプレイヤーに見せているんです。それだけじゃありません。触覚、嗅覚、味覚、聴覚――その全てが、ヘッドバイザーから流れてくる情報によって脳に錯覚を起こさせ、感じたように「思わせている」んです。本来はただの数字の羅列のはずなのに。……もし、そんな状態で催眠でもして、自己暗示や強迫観念を抱かせようと思えば、やりたい放題ですよね?」
俺はその説明を聞いて、思わず背筋が寒くなった。その説明の意味を、気付いてしまったからだ。
自分でもあり得ないと思いつつも、それでも俺は口に出した。
『つまり……ゲームオーバーと同時に『自殺しろ』と催眠を掛けてしまえば、自らの手を汚すこと無くプレイヤーを殺すことができる――?』
『理解が早くて助かります。……実際は、もっと酷いですが』
和海さんの表情が自然と暗くなる。まさしく暗い話って感じだ。自然に俺の気分も少し暗くなった。
しばらく和海さんは何も言わなかった。どうやら、言うまでに随分と決心がいるような事らしかった。
やがて和海さんは息を大きく吸うと、ようやく語りだす。
『実際には――すでに私たちは、「クロス・クロス・オンライン」に初めてログインした時点で、催眠を掛けられています』
………………………………は?
『い、いやいやそりゃねえだろ。だってログインの時には、特にこれといって何かされた覚えはないぜ?』
『その手法は私にも分かりません。ですが、推測はできます。催眠術というものは、言葉だけで行うものでは無いと思います。例えば映像。例えば音楽。そういったものでも、催眠術は掛けられるんじゃないでしょうか? それにもしかしたら――催眠術によって、その記憶のみを消しているのかもしれません』
なんて恐ろしいことなんだろう、と俺は薄気味悪い感覚を拭い去れなかった。知らない間に他人に頭を操作されている。それに俺だけじゃない――南嶺や美流九だって、同様に催眠術を掛けられている可能性があるかもしれない。
だが、まだ信用した訳ではない。
『ちょっと待てよ。そうだとしても、その催眠をログイン時にどうしてする必要があるんだ? その催眠っていうのは、一体何なんだよ?』
ん? あれなんか俺ちょっと信じかけてない?
なんというか、和海さんの説得力は本当に恐ろしい。ありえない事だと分かっていても、思わず信じそうになる。デスゲーム? ある訳ないだろ。
だが、和美さんは嘘など微塵もなさそうな、真剣な表情で答える。
『それは単純です。プレイヤーが掛けられた催眠に気付いた場合に、クロス・クロス・オンラインから逃げ出さないようにする為ですよ。だから、こういう催眠が掛けられてあります。ログインしてから一週間以内に再ログインしないと、狂ってしまうという内容の。麻薬みたいなものです。時間が経つにつれて段々クロス・クロス・オンラインに入りたいという衝動が起きる。その衝動は更に時間が経つと、もっともっと大きくなるんです。そうしてプレイヤーの心を蝕みそしてその精神を確実に破壊していきます。昨日言った通り、クロス・クロス・オンラインではプレイヤーキャラはキルされたと同時にそのデータを抹消され、プレイヤーは二度とゲームにログインできませんから、同じように衝動に精神を壊されることになります。……これが、クロス・クロス・オンラインに仕組まれた「デスゲーム」の形です』
『…………いや、それなら気付いた時に医者にでも頼んで催眠を解いてもらえばいいんじゃねえのか? 精神が狂ったって、ほら、カウンセリングとかで直せるだろうし――』
『そんな方法では解決出来ないんです!!』
唐突に放たれた和美さんの怒声が、妙に俺の心に響いた。そこにはとてつもなく切迫した『何か』があるような気がして、俺は声を完全に失ってしまった。
はっとしたように和美さんは素早く表情を引き締め、平静を装った。だがそこに垣間見えたように思えた。その少女の『弱さ』が。
『この催眠というものが、自己の潜在意識に潜んでいる時はどうしようもないんです。それに、例えそれが表層化した所で、その時点ではもうその人の精神は壊されていると考えた方がいい。即ちもう手遅れです。その後からいくらカウンセリングを施した所で、現代の医学では壊れた精神を治す事は絶対に不可能なんです!!』
隠した筈の『弱さ』が、こぼれ落ちていると俺は思った。
この少女に何があったのか、どうしてそんなにも冷たくなってしまったのか、彼女が隠している『弱さ』は何なのか。俺はそれを思わず口に出しそうだった。だけど言えない。その選択は俺自身が傷つくと同時に、少女も傷つくと思ったから、何一ついうことが出来ない。
『……どうすれば、デスゲームは終わるんだ?』
だから俺は、そんな風に疑問を返すことしか出来なかった。
『信じて、くれるんですか?』
再び問いかけられた問は以前の問とは違い、まるで希望に縋るような思いがあった気がして、俺は思わず頷いてしまった。
本当は、信じてなんかいないくせに。
『本当ですか!?』
まるで闇の中で光を見つけたような、希望に満ち溢れたかのような声になっている和美さんに、俺はどうしても背徳感に苛まれてしまう。だが、俺は嘘を貫き通してしまった。
『ああ、だから教えてくれ。デスゲームを終わらすためには、俺はどうしたら良い?』
だけど問うた瞬間、表情は一変して暗くなってしまった。
『……すみませんが、それは私にも分からないんです。でも、ここまで信じろって言った癖に、こういう確証のない事を話すのはいけないとは思いますが、それでも推測はあります』
『推測?』
『そうです。私が思うに、プレイヤーを「クロス・クロス・オンライン」から解放するには、やはりゲームクリアしかないと思うんです』
またベターな。わかりやすい目標だな。
『どうしてそう思うんだ?』
『これもまた推測ですが……多分、「クロス・クロス・オンライン」の催眠を解くには、その催眠をする必要をなくせばいいのだと思います。だから――』
俺は言葉を自然と紡いでいた。
『ゲームをクリアすれば、ゲームをする目的が無くなるから、ゲームに縛り付けられる必要も無くなる――そう言いたいんだろ?』
『はい』
『でもなあ、話を聞く限りじゃどっちのサイドも攻略不可能って話だぞ?』
現在は一応科学サイド側に付いているつもりなので、どっちの攻略をするという話はふっ飛ばした。
『「レグルス」なら、可能だと私は思うんですが』
『レグルス』という単語に、俺は少し顔を顰めた。
『前も思ったんけど、その「レグルス」って一体何なんだ? 俺のリベロとどういう関係があるんだよ』
他にも『イラ』とかいう単語もあった気がする。
『この世界で、あなたのようなイレギュラー因子は「レグルス」――ラテン語で「小さな王」という意味のこの言葉が使われています。大抵彼らは科学ゾーンにも神話ゾーンにも属せず、独自に目的を持って動いています』
『つまり、俺みたいなチートがまだ沢山居るって訳か』
うんと頷く和海さん。
俺は正直うんざりといった気分になる。なんだ、俺だけが特別って訳じゃないんだな。
『じゃあ、そうと決まれば早速計画を――』
と和海さんが切り出そうとした所で、授業が始まるチャイム。俺と和海さんは背中をビクっとさせて顔を見合わせ、一目散に駆け出す。
次の物理の担任教師、授業に遅れるといつも怒鳴るので大変面倒なのだ。急いでいかなくてはと、俺達は途中で言葉を交わすこと無く、一目散に駆けていった――
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やはり俺には、どうも今ひとつ実感が湧かなかった。
信用出来ない自分と、信用している自分。頭の中で二つがごっちゃになっていて、正直頭がどうにかなりそうだ。やはり一人じゃなんの確証も持てない。南嶺や美流九に相談すべきか――?
暫く考えて、俺は首を振った。
駄目だ。下手なこと言って、心配させたくはない。それに、ウソかどうか知らないがきっと二人はこう答えるはずだ。――「嘘だ」と。
だが言える筈なかった。そんな事してしまえば、信用してくれ始めている和海さんを裏切るか、幼馴染二人を裏切るか、どっちかしか無いからだ。
結局は、どっちかを斬り捨てる事もできない自分に嫌悪感を抱き、俺が授業もそっちのけで頭を抱えていると、
「おい蹈鞴」
「はい? ――グプアッ!!」
教師に声を掛けられ顔を上げた瞬間、眼前にチョークが弾丸のように回転し後ろに残像を残しながら迫ってきていた。視認して僅か0.2秒で避ける暇も無く眉間に赤チョークが叩き込まれる。
俺はきれいに頭をふっとばされて、そのまま後頭部を後ろの席の机にしたたかに打ち付ける。
「はがっ……」
声も出ないほどの激痛が走って、俺は瞳から涙を零した。
「妄想するなら家でパソコン相手にハアハアするんだな」
ち、違うんです先生!! 俺はいかにしてヒロインを幸せなルートに導いていくか考えていただけで――駄目だ。何も変わらない気がして俺は反論できなかった。
それを肯定とみたクラスメイト達がクスクスと笑いを広げていく。
俺は後ろの席で俺の間抜け面を見ながら腹を抱えて笑っている野郎をいーっと睨んだ後で、視界の端で同じようにクスクスと笑っている和海さんを確認した。
――なんだ、あんな楽しそうに笑えるんじゃねえか。
そう思うと、なんとなく俺も笑みを零してしまった。
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チャイムが鳴り終わり、放課後。
和海さんは集まりがあるとかでさっさと荷物をまとめて教室を出ていく。
俺は今日彼女がログインするのかどうか聞いてみようと、その姿を追うために席を立とうとして、バン!! と机を叩かれびっくりして正面を向く。
「私を無視するとはいい度胸ねちぃーちゃん………」
拳をワナワナと震わせて怒りに打ち震えている南嶺様がそこに居た。
「わ、悪い南嶺。ちょっとボーっとしてたっつーか……」
「その割には、急いでいたように見えるけど? 大方女子にでも見とれてたんでしょう変態妄想ちぃーちゃん」
多分南嶺の言っている意味とは違うと思うものの、しかし当たっているといえば当たっているので、否定できずに俺は顔を背けた。
「へえ。ちぃーちゃんの癖にやってくれるじゃない……」
南嶺がブチ切れかけている事に気付き全身が総毛立った。なんとか死亡フラグを回避するために弁明を開始する。
「ひ、否定はしねえけど多分南嶺の考えている事とは違うんじゃないか……って思う」
南嶺の威圧的な眼差しに圧倒されて、俺は少しづつトーンを落としてしまう。
それが決定的だった。
南嶺は鎖を外された、獲物を何日も食べていない猛獣のように俺に飛びかかる。
こうして、俺の死亡フラグは見事回収されたのであった。
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十分後――
「南嶺君、美流九君。いるかい?」
ガラガラ、と言う音ともに一年二組の教室が開け放たれて、知的な印象のメガネを掛けた優男が顔を出した。
うわぁ、とそれに気付いてクラスに残っていた生徒間に大きく動揺が走る。
「あ、ありゃあ三年の達宗蒼甫先輩じゃないか……?」
クラスに居た一人の男子が、その姿を見て思わず呟いた。
動揺も仕方がない。
達宗蒼甫と言えば、この学校で言えばいわばトリックスターだからだ。天才的なロボットプログラマーで、先日行われたロボコンの全国大会で圧倒的に優勝。その結果何十社からのオファーを受けて、その内のラティオー社と契約。卒業と同時に自動的に就職だ。しかも性格、容姿共に良く後輩の面倒見もいいので、学校内でも彼を慕う人は多かった。
彼はおもむろに教室内を見渡し、それから近くに居た女子生徒に声を掛けた。
「ねえ。このクラスに南嶺っていう子と美流九っていう子はいるかい?」
びっくりした女子生徒はおろおろするが、しばらくして笑顔を強引に作り出して応対する。
「ふ、二人なら……」
女子生徒の困ったような声を不思議に思い、達宗はもう一度教室を見渡す。
すると、教室の一角で不自然に人が集まって輪になっているいる場所があった。
なんとなく予想がついて、達宗は「ごめん、ちょっと失礼するよ」と断りを入れて教室に入り、その集団を掻き分ける。どうやら別の事に夢中だったのか、生徒達は「ごめんよ」と言って押しのけてくる達宗を見て目を丸くしてしまう。
ようやく輪の中心に辿り着き、達宗がそこで見た光景はやはり予想通りのものだった。
いけーやっちまえーという歓声の中心で、南嶺が一人の童顔の男子生徒を羽交い絞めにしていたのだ。
男子生徒は顔を真っ赤にしてギブ!! ギブ!! と床に手を打ち付けていたが、やがて勢いが小さくなっていった。
「わああああ。南嶺君止めるんだ」
男子生徒が事切れそうなので、やむなく達宗は介入しようと声を掛ける。
だが、目の前の事に夢中なのか南嶺が止める気配は全く無かった。
これではいけないと、しばし周りを見た達宗は、やがて彼女を止められそうな人間の姿を発見し、「ちぃーちゃんなんかぁ、やっちゃえぇー!!」と興奮気味に叫ぶ彼女の肩を掴んだ。
「ぅん? なぁにぃ?」と煩わしそうに振り向いた彼女は、やがて達宗の姿を視認して驚いた。
「達宗先輩ぃ? どうしてこんな所にぃ――あっ」
合点がいった美流九は、慌てて南嶺の所に駆け出していく。
「南嶺ちゃん、南嶺ちゃん。達宗先輩が来たよぉ」
「? ……ああ、そういえば約束があったわね……」
南嶺はしばし周囲を見回して、やがて達宗を見つけて挨拶をした。
「こんにちは、達宗先輩。すみません約束忘れてて」
「ああ、こんにちは南嶺君。――とりあえず、そこの彼を放してあげたらどうだい?」
南嶺はゆっくりと羽交い締めを解いた。締められていた男子生徒がぐったりと力なく倒れる。
達宗は駆け寄って脈を測り、やがて悲しそうな顔で言う。
「残念だ……。この子はもう……クッ!」
それにつられて、周りに居た生徒たちもヒックと悲しそうな顔を浮かべた。
「もう少し早ければ……」
「い、いや、俺ちゃんと生きてますけど……」
男子生徒が力無く言うが、達宗は聞かなかった事にした。
「彼にご冥福を……アーメン」
「十字切らないでくださいっ!! 縁起でもない!!」
「神よ。彼の体に祝福を……」
「だから生きてるっつってんだろぉぉおおおぉぉおおおおおおおおおおッッッ!!」
耐え切れないというように男子生徒はシャウトした。
「あ、生きてたんだ。よかったね」
「そんなあっさり!?」
男子生徒は少しさみしそうな顔した。
「何? もっと弄って欲しいの? どMだね~」
達宗は優しげな声で、男子生徒に語りかける。
「どうせ羽交い絞められながらも南嶺君の柔らかい感触を楽しんでいたんだろう? 自分が死にそうだっていうのにそんな事考えているなんて……変態だねッ」
男子生徒はみるみる内に顔が青ざめていく。
ちなみに、達宗蒼甫の学校内でのあだ名は『言葉使いのドS』(中二っぽいあだ名を考えられなくてごめんなさい)。南嶺の『ヤンデレドS』と並んで恐れられている二大ドSの一人なのであった。
南嶺はこう思う。
「ごめんなさいちぃーちゃん。だけど――これは報いだと思ってね♪」
そのどす黒い笑みに一般生徒は愚か美流九ですら、思わず背筋が凍ったことは、学校の伝説として未来永劫語り継がれていくのである――
達宗先輩、まさしくドSの体現者ね。
……というか、このままじゃちぃーちゃんMからドMに?
……それ、すごくいいわぁ!!
by『ヤンデレドS』南嶺




