その10 後編
さあ、私達の大活躍を見ていってねぇっ!!
by美流九
五分後、南嶺が敵から奪い取ったレーザー拳銃を片手にカーボンナノチューブのパイプまで戻ってくると、美流九がでかいポンプを抱えて手をヒリヒリさせながらブルブル震えているのを見つけた。
「ずいぶん早いわね……。っていうか、そのタンクなに?」
見ると表面に「N」と書かれてある。もしかしてこれは窒素なのだろうか? もしそうだとしたら美流九を見くびりすぎたかもしれないと、南嶺が認識を改めようとすると、
「いやぁ、なんか適当な部屋行ったらデカイ機械の横に妙に冷気帯びてるタンクがあったからぁ、それなら使えるかなぁと思って」
南嶺は認識を改め戻した。
「南嶺ちゃん、その銃なにぃ?」
美流九は拳銃を指さして聞く。
「ああ、これはレーザー拳銃よ。『レーザー』っていうくらいなんだから、高熱を金属に帯びさせることだってできるでしょ。ちなみに敵から奪ってきたわ」
「南嶺ちゃん……それ、マナー違反だからね?」
「マナー違反上等よ。違反行為ではないんだからいいでしょ」
堂々とルール破り宣言をする南嶺に、美流九は実は自分よりも南嶺のほうが案外やばいと認識し直した。
「まあ、ちぃーちゃんもミサイルと追いかけっこしていて、注目を浴びているみたいだし」
「あ、本当だぁ。必死の形相だねぇ」
きっとちぃーちゃんが見ていたら決死の勢いでツッコミを入れたであろうのんびりのほほんな雰囲気の二人。
「時間はあまり掛けないほうが無難ね。さっさと行きましょう」
「レッツ、ゴォー!!」
元気よく二人は再びパイプを登りだした。
たどり着いた所で、南嶺はレーザー拳銃を構え直した。
「ようやくここまで来たわ。美流九、準備はいい?」
「ばっちぐーだよぉ!!」
美流九は背負っていた液体窒素の詰まったタンクを前に抱えて、栓を緩めた。開けると無意味に窒素が気化してしまうため気をつけなければならない、と南嶺に事前に念を押されていたのだ。
南嶺が慎重に拳銃の位置を定めて、カチリ、と引き金を引く。
細長い緑の線が銃口から照射され、こぶし大くらいの大きさのボルトに降り注ぐ。
これがもっとエネルギーが高ければ、レーザー単体でもボルトを切除できるのだが、それほど威力の高いものは大抵小型にはできない。そういうのが使われているのは大抵戦闘機だけである。流石に戦闘機までは持ってこれなかった。
ボルトが全体的に赤くなり、白熱しだした所でレーザーの照射を止める。素早く手を振って美流九に合図する。美流九は頷いて、予めある程度緩めていた蓋をボルトの付近で素早く外し、液体窒素を注ぎ込む。シュウウウ、とボルトは一気に冷却された。
まだ全部使い果たす訳にはいかないので、急いで蓋を閉める。これで準備はOK。南嶺の言うとおりなら多分これでボルトを破壊できる。
南嶺は口径の大きなオートマチック拳銃を取り出して、慎重に狙いを定める。ダムダム、ダムッ!! と大きな銃声が連続して、美流九は思わず耳を塞ぎたくなる。
というか――
「南嶺ちゃん、そんな拳銃持ってなかったよねぇ……?」
「? さっき戦闘中に落ちてた奴拾ったんだけど、見てなかったかしら?」
「南嶺ちゃん、さりげなく二回も敵の武器を奪取するのはやめといた方が良いと思うけどなぁ」
「いいの、気にしない」
南嶺はボルトが割れているのを確認すると、強引にナットから外して、ナットもグルグル回して引きぬいた。
その調子で、一個、二個、三個と同じ要領でナットを外していく。
半分くらいはずし終わった所で、美流九が気付いた。
「あれぇ、これってさぁ、……裏側の奴で届かないのはどうするのぉ?」
む、と南嶺が顔をしかめる。確かに裏側の作業が大変だ。特に手の届かない所なんかそもそも可能なのかどうか。
先の事を考えていても仕方ない、と南嶺達は作業を続ける。
ナットの残りが3分の1程度になったところで、ついに手が届かなくなって、作業のしようがなくなってしまう。
「うーん、もうそろそろ自重で外れても良いと思うんだけど――」
腕組みしてどうしようか考えこむ南嶺の肩が、ポンポン、と叩かれた。
当然、美流九だ。彼女はあんぐりと口を大きく開いて、一点を右手で指さしていた。
どうしたの、と問おうとした南嶺は、ゆっくり美流九の指差す先に視線を動かした。
巨人の脇から微かに見えた情景は、想像を絶するものだった。
なんとちぃーちゃんが、大量のミサイルを従えて真っ直ぐ飛んできたのだ。
「やば――――」
南嶺が何か言い切る前に、ミサイルは巨人の躰に直撃した。
莫大な爆風や閃光は、浴びさえしなかったものの、巨人の真後ろに居たために衝撃をもろに喰らってしまう。轟音が二人の耳が掻き毟り、全身を体当たりされたように強い衝撃が叩きつけられる。
パイプから大きく吹き飛ばされて、二人は路面に勢い良く叩きつけられた。
ついでに、衝撃と自重に耐え切れなかったのか、ボルトの中の楔が砕けて、バキン! とボルトが吹っ飛び、ナットも勢い良く飛び出した。その御蔭でパイプも無事、巨大ロボットのケツから外れる。
路面に叩きつけられた二人が、それを確認して、怒りの篭った表情で仰向けのまま上を見上げる。
そこは、焦ったような表情のちぃーちゃんがちょうど降りてくる所だった――
✚
科学ゾーン:ステーション265:アンテナ付近:現在――
「――という訳なのよ」
「おーい、南嶺さん。知らぬ間に俺を路面に叩きつけて踏むまくるのは止めてくださいません? あと、美流九が殺気をビンビンに放ってて、ホラーみたいで怖いんだけど?」
南嶺はもちろん、美流九やムジカも俺の言葉を無視した。どうやら最早すでにいない事、もしくはただのでくのぼうのような扱いになっている。
悲しいぞ―。俺、特になんも悪いことしていない筈なのに、すっげー悪いことしたみたいで、悲しいぞー。
――という思いは、どうやら誰にも届かなかったようだ。
『……やったことは、大体分かりました』
ムジカが口惜しそうに言う。
『ですが、残念です。あなたのような思慮深い人が、こんな愚かしい人と行動を共にするなんて』
「あら? 私は結構自分が愚かだと自覚しているけど」
南嶺が珍しく、自嘲した笑みで言い放った。
「そもそも、人間なんて生き物は愚かさを体現したようなものじゃない。神話に出てくるアダムはウソを吐いて自分も食べたくせにイブだけが食べたって言ったし、そのイブだって最初はヘビに唆されて、自制できずに誘惑に負けて木の実を食べた。太宰治の有名な『走れメロス』のメロスだって、一度は諦めそうになった。……どんな人間だって、聖人君子のような奴はいないわよ。どんなに思慮深い人間だって、愚かしい部分はちゃんとある。私が利益よりも友情を優先するようにね」
……失礼を言うようだが、利益よりも友情を優先することが愚かな事だっていうのは決定なんだな? と言う事は南嶺の理性的な部分では、友情の優先順位は低いわけだ。……はあ。
『だとしても、です』
ムジカはそんな弁などどうでもいいという風に吐き捨てる。
『そこの奴みたいに、誰にでも愛想を振りまいて、優しそうにする奴ですよ? 裏で何しているか分かったもんじゃないです。とても信用できません』
だが、相変わらず南嶺は笑みを浮かべたまま、
「ちぃーちゃんは誰にでも愛想を振りまいている訳じゃないわよ? 敢えて言うなら、逆向きに私は考えているわ。確かにちぃーちゃんはお人好しだし、傍から見るとそう見えるかもしれないけどね」
でも、
「私はちぃーちゃんとこれでも二年は一緒なのよ。ちぃーちゃんがどんな人間なのか、よくわかっているわ。ちぃーちゃんは、誰にでも尻を上げるような、軽い男じゃないってこと」
はたまた失礼を。これ、俺はなんと思えばいいのだろうか。評価されているのだろうか。蔑まれているんだろうか。
『でも――』
ムジカが納得できないと言った風に言葉を紡ぎ出そうとしたその時だ。
ガクン! と突如横から衝撃がかかり、俺、南嶺、美流九、ムジカ(が搭乗している機体)は、刹那の内に近くにあった壁にそれぞれ同一方向に叩きつけられる。
叩きつけられただけでは飽きたらず、じわじわと圧迫感が身を包む。これは一体――?
『――まさか、重力に捕まった!?』
ムジカがはっとしたように言う。
「……っ、どういうことだ!?」
どうやら緊急事態の模様だ。こうなったらYou are deadという表示を防ぐためにも敵とか忘れて情報収集を行おう。
『おかしい……。たしか、姿勢制御システムで重力に捕まらないようにステーションの位置を調整されているはずなんですが……」
状況は分かったが、質問事態は完全に無視された。なんだこれ、ここ数分で随分と俺は皆から仲間外れにされてないか!?
ムジカが外部スピーカーから音声を発していたせいか、ステーションにいた全てのプレイヤーが状況を悟ったらしく、その言葉に反応して、別の声がスピーカーから発せられる。
『ムジカ様!! 今コントロール室の姿勢制御システムを司るスパコンを見てきたのですが、どうやら冷却装置が何者かに取り外されているらしく、熱暴走を起こしているみたいです!!』
……え?
冷却装置が取り外された? そういえば、そういうスーパーコンピュータとかは熱暴走を起こさないように冷却装置が取り付けられているのを思い出す。ちょっと前にやった映画では、家にスパコンを持ち込んで緊急の応急措置として代わりに大きな氷を使っていたっけ。
でも、通常スパコンはわざわざ昔の冷蔵庫みたく氷で一々冷やしたりしていない。普通取り付けられているのは大抵、液体窒……素……。
そういえば、南嶺の話ではどうやってボルトを冷やしたって言ったっけ? 美流九が液体窒素のタンクを持ち込んで冷やしたんじゃなかったっけ?
……まさか。
俺は口の端を引き攣らせて美流九の方を向く。ガルルルッ! と途端に犬歯をむき出しにしてきたので二秒で顔を背けた。
美流九を追及するのは後にするとして、このまま墜落するという事実に今直面しているのだ。何か解決策はないかと俺はこの中でも(きっと)俺の言葉に耳を傾けてくれるであろう南嶺に問いかける。
「南嶺! このままじゃ墜落しちまう!! なんとかできないのか!?」
「うるさい黙って死んで」
「うっぎゃああああああああああああああああ!!!!」
ちょっと半狂乱になりかけて、落ち着け俺深呼吸しろと心に呼びかける。ス~、ハ~、ス~、ハ~。よし、落ち着いた。ショックは心の奥底に閉じ込めておこう。
南嶺はなにやら思案顔だったが、どうやら名案は思いついていないようだった。美流九はいわずもがなだし、ムジカだって当然この状況で何かできると言うわけでは無いらしく、
『急いでシステムを復旧させてください!!』
『無理です!! スパコンの根幹までやられちまっているらしくて、こいつもう使い物になりません!!』
『ならステーションの緊急離脱用のブースターがありますよね!? それを動かせば……!!』
『そいつも無理です!! そっちも制御や管理を全部同じスパコンにやらせていたので、使うことができません』
『なら手動で!!』
『その手動の命令経路も全部スパコンに一任ですよ!!』
『なら、システムを書き換えて、全部私の私用のスパコンにまわして下さい!! そこから動かします!!』
『それはいいですが二、三十分はかかりますよ!? とてもじゃないですが、墜落までに間に合いません!!』
という有様だった。
その必死な様子を見て、聞いてくれないと思いつつもムジカに話しかける。
「このステーションが落ちたら、ここにいるプレイヤーはどうなるんだ?」
どうやらムジカも焦っていたらしく、確執なんか一時的に忘れたのか声が返ってくる。
『大気圏内で溶けきる事は無いでしょうが、流石に神話ゾーンと衝突したら、全壊してしまうと思います!』
おお、やっとこさ返ってきた肝心な手応え。
いやいや、今考えるのはそこじゃない。神話ゾーンとの衝突。それがどれだけの被害を起こすか、目に見えて理解できた。
「せめて、あと一回でキャラデータをロストするプレイヤーだけでも別の場所にアンテナで移動できないか!?」
『無理です!! そもそも引っ張ってきた電線はアンテナに伸ばされたものを強引に持ってきたものです!! アンテナが起動できません!!」
アンテナが起動できない、か。道理で南嶺や美流九がここにまだ居残っいる訳だ(後談だが、それは違う事が判明した)。
しかし、このままでは――
俺は刹那の内に決断すると、素早くアイテムボックスを呼び出し、ポップアップを目の前に表示させる。初期アイテムとして最初から入っている体力回復用のレーションをタッチして、オブジェクトを具現化。手にとって、ぱくりと食べる。このゲームは一々現実と変わらない動作が必要になるので面倒だが、今はそれを気にしている余裕は無かった。
体力が数秒の内に75%まで回復する。オンラインゲームの回復アイテムは回復し切るまでに時間が掛るものが多いが、このゲームではそれがないようだった。
壁に押し付けられている体を、筋力値にものを言わせて強引に動かす。一歩一歩が重い物を持っている時のようにズシンと重量感を感じる。少しずつ歩いてようやく一メートルに達した。
「!? ちぃーちゃん、何してるのぉ!?」
壁に押し付けられている間に正気を取り戻したのか、美流九が驚きの声を上げる。
「なに、ちょっとな……」
上からもやってくる圧迫感に歯を食いしばって耐えつつ、精一杯声を出すが、微妙に声が小さくなった。
一歩一歩が亀のように遅い。このままでは絶対に間に合わない。
「っ……お……!!」
俺は無理やり跳躍して、落ちてくる勢いそのままに空中で蹴りを繰り出す。目論見通り、多大な圧迫感にも影響されず、一気に飛び上がった。
「よし……」
これなら間に合いそうだ。俺は以前言った道を思い出して、空中を蹴り、一気に空を駆け出す。遠くで南嶺や美流九が俺を呼んだような気もしたが、俺はそれに答えることもなくそのまま進んでいった。
✚
科学ゾーン:ステーション265:外縁部:戦闘機離発着カタパルト――
空中で浮いたまま、俺は数多くの戦闘機が並ぶ風景を見下ろす。
感傷に浸っている猶予なんてない。事態は現在進行中だ。すでに外壁は表面が溶けて火の粉をあげていた。その残りカスが、窓枠から見えて、溶けて消え去る。
急がないと、間に合わない。
焦燥感に駆られ、俺は迷うこと無く窓枠から外へと飛び出した。
途端に体を溶かそうと熱風がじりじりと侵食してくる。叩きつけられる猛風が、俺を彼方へと吹き飛ばそうとしているかのようだった。
外からステーションを改めて見ると、その巨大さに足が竦む。途端に自分ができるのか不安に陥りそうになるが、首を振って振り払った。
何のためのチートだ? 肝心の時に役に立てなきゃあ、どれだけ強かろうがただの役立たずだ。
そう自分を叱咤して、俺は自身を阻もうとする全てに抗って、空を蹴って勢い良く下に落ちる。
じりじりとHPが消えていくのが目の端で確認できたが、怯えること無く下へ下へ。
やがてステーションの一番下まで潜り込むと、そこで下へ向かったのを一転して上へ。
ステーションの底に当たる部分を、両手で持ち上げるように触る。
そして、手が光になって霧散していくのも構わず、足で空を全力で蹴って、実際に持ち上げた。まるでスーパーマンのように。
当然、上からの圧力のほうが大きい。まるで天井を押しているかのような気分だ。
下を覗けば、広大な緑が起伏していて、水色の線を幾つも走らているのが見えた。ありがたいことに下は地表のようだ。あそこがどの神話が支配する領土かは俺には伺いしれないが、少なくともクトゥルー神話ではなさそうだ。少しだけ安心する。
「っ、おぉぉおおぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!!!」
ついに痛みが現実的にも激痛に近付いて来た。手足がヒリヒリして焼けるようだ。全身を炎で纏ったような錯覚を受ける。だが、俺はその全てを無視してただ一心不乱にステーションを上へ上へと押し上げようとする。
永遠にも思えるような苦痛が続いた。意識も朦朧とし始めた時――
✚
神話ゾーン:ステーション265:内縁部:アンテナ付近――
「ちぃーちゃん……」
美流九は多少の後悔をにじませる声で言う。ちぃーちゃんの事だ。今頃何をしているのかは簡単に想像できた。
一方南嶺は、多少重力による圧迫感がなくなってきているのを感じた。ほんとうに微々たるものだったが、南嶺には敏感に感じ取られた。何故なら、
「ちぃーちゃん、やっぱりあなたなのね……」
少し顔を赤らめて、南嶺は彼の名を呟いた。どうやら惚れなおした模様だ。
しかしムジカのほうはと言えば、困惑しか無かった。
あの男が何をしているのか、何故か想像できたからだ。
普段のムジカなら、きっとまず逃げたんだと思う。何故なら、それが彼女の常識だったからだ。それこそが彼女の精神を形作る1端だったからだ。
だけど、何故かムジカにはそうは思えなかった。本当に、何故か。
その理由を、きっと彼女は後で嫌でも思い知るのだが。
その他の人々でも、思いはタタラに向いていた。
彼が決断し、迷いなく動き出していったその姿は、彼らの目に深く焼き付く。
何故なら、いくらチート能力を持っていたからといって、自己犠牲にも等しい行為を自らが迷いなく決断できたとは、どうしても思えなかったからだ。
だからこそ、まるで少年漫画の主人公のような彼の姿に、嫌でも感銘を受けていた。
そうして、人々の心が一点にタタラに向けられた。
✚
神話ゾーン:???領土:大気圏――
それを受け取ったタタラが、まるで少年漫画のように覚醒し、力を発揮する――なんてことは、当然起こらなかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
声を有らん限りだして、意識を保ちつつ延々と空を蹴り続ける。
もう手は溶けきっていて、手首で支えるような状態だ。その手首もじりじりと溶けて短くなっていた。
俺のHPはついに赤にまで達していた。リベロとか言うチート能力があった所でなんとかなるような話ではないのだ。
はっきり言って、自分でもなんでここまでしているのか疑問に思う。
だが、何か嫌な予感がするのだ。
そう、ムジカのあの様子を見てからずっと――
俺は直感が良いほうではないので、思いすごしだという可能性もある。それならば、せっかく手に入れたこのチート能力だ。たった一つしかない(らしい)チャンスを持ち続けるためにも、逃げたほうが合理的だし利己的だ。
でも、それをどこかで嫌がる自分がいる。
その選択は、逃げるという選択は間違っていると言っている自分がいる。
だから、俺は今もまだ何故かこうしてステーションの墜落を防ごうとしている。
でもこのままじゃあ――
と、俺が絶望にひれ伏しそうな時だった。
「へえ、なかなか珍しいやつもいるもんじゃないか」
透明な、明るい少年の声が聞こえた。
それは吹きすさぶ風による轟音のなかでも、貫くようにはっきりと聞こえた。
俺は、何故か自分でもわからないくらい顔を強ばらせて、ゆっくりとそちらを向く。
白い服を着た少年が、興味深そうな笑みを浮かべてそこに浮かんでいた。
「エ、」
俺が思わずこんな感想を漏らした。
「エ●ァン●リオンのな(著作権とか面倒なのでカット)!?」
それを聞いたなぎ……少年はぷくくっ、と笑った。
「僕の名前はそんなんじゃないよ。……僕の名前はケツアルコアトルっていうんだ」
け、ケツアルコアトル!?
あの、ケツァールとかじゃなくて!?
「んな馬鹿な……。ケツアルコアトルはアステカ神話だろ!? ここには出てこないはずじゃあ」
「まあ確かに、このVRMMOはクトゥルー、オリンポス、北欧神話がメインだけど」
チッチッチッ、と少年は一本指を立てて振った。
「別に、他の神話が出ないと言った訳ではないよ? まあ、残念ながらその権限は半分以下に落とされるけどね」
それにしても妙だ、と俺は思う。
考えるに、この少年は間違いなくAIで動いている筈だ。それなのに、妙に言動がナチュラルじゃないか?
「それで、どうするの?」
「え?」
思考に耽っていた俺は、ケツアルコアトルの呼びかけにふと我に返った。いまさらだがこんな状況にもまだちゃんとステーションを支えている自分を褒めてあげたいと思う。
「契約、するのかい?」
「契約……ねえ」
確かに、リベロは契約もできるようだが。
「あんたと契約して、俺に何かリスクがあんのか?」
ケツアルコアトルの神話に詳しい訳ではない俺は、こいつがいかに凄いやつだとは知っていても、その力が現状役に立たないものならば意味はない、とよく分かっていた。
ケツアルコアトルはまた楽しそうに嗤い、
「そうだね。人間が利己的な所は本当に好きだ。文化だってそうやって栄えているしね。ふふ、いいよ教えてあげる。きっと今の君にはとっても役に立つ」
「さっさと、……しろ!!」
もう限界だ。地表まであと二千メートルもない。
「本当に面白いね、君は。物怖じしない」
……幼馴染のみは例外だけど、という言葉は、何故か屈服してしまったような気がして思わず飲み込んだ。
「僕は太陽神だ。だから、それに相当する力を持つ。例えば――岩を持ち上げると岩が凹み、投げると森が平地になるほどの怪力、とか」
「のったぁあああああっ!!」
それを聞いた瞬間、俺は迷いなく言っていた。
「ふふ、その決断力は素晴らしいね。これで契約完了だ」
それだけ言うと、ケツアルコアトルは俺に手を差し伸べる。
「甲にキスをするんだ」
それってナイトなんじゃあ……? と不審がるも、待ちきれずに飛びつくようにキスをする。
「契約、完了だ」
その瞬間、体中から力が沸き起こった。
四肢を包んでいた熱気は、痺れるような痛みから心地良い暖かさに変わる。
「僕はさっきも言ったとおり太陽神だからね。多少の熱は逆に心地いいくらいさ」
さあ、とケツアルコアトルは囁く。
「頭の中で力をイメージするんだ。それがこの世界では『技』へのトリガーになる」
湧き上がる泉のように力が湧いてくる、俺はそんなイメージをした。
すると―――
「お、おおおおおっ!?」
全身をビクン、と快感が走り、そしてまるで無限に湧き上がる泉のような力が全身に漲った。
これなら―――いける気がする!!
絶対的な確信と共に力を入れようとして、今気付く。
このままステーションを持ち上げていったとして、結局はまだ制御システムは壊れたままだ。また同じように重力に摑まるだけではないか?
このステーションを、陸地に着地させよう。
そう決意した俺は、ググッと力を抑えつけてスピードを緩和させるのみにする。緩やかなスピードのほうが、衝撃は少ない。
俺の選択に気付いたのか、空中に浮かんだままのケツアルコアトルは嬉しそうに破顔した。
「それが正しいかどうかは別として、中々面白い選択をするね、君は。やっぱり契約をしたのは間違ってなかった」
「そーかい!!」
ぞんざいな返答をしつつ、下までの距離を測る。後ざっと五百メートルといったところだろうか。
序々に序々に近付いてくる地面を見やりつつ、力の加減を調節していく。
ケツアルコアトルが意外そうな顔で言った。
「案外力のコントロールがうまいんだね。もっと不器用かと思った」
――人が一生懸命やっているなか、コイツは。
さっきからちょっかいばかりかけてくるケツアルコアトルに、俺は苛立ちを覚えて、思わず吠える。
「ちょっと!! 邪魔しかするつもりがねえなら、せめて黙ってもらえるか!!」
その言葉を聞いたケツアルコアトルは、はいはい、と特に気にした様子もなく押し黙った。
――あと百メートル!!
力を少しづつ加えて、ブレーキのようにスピードを段々と緩めさせる。
数秒もしない内に、地面に足がついた。
「ん……んぎっ……!!」
歯を食いしばって、衝撃に耐える。多大な重量が俺の二本の足に収束しているせいか、圧力が増してぬかるんだ地面にズブズブと足がめり込んでいく。
――イメージしろ、力が沸き起こるイメージを!!
耐える事で精一杯の思考に、叱咤して想像力を働かせる。一度試しにしたイメージだ。今度は容易くイメージできる。
全身を心地よさが走り、次の瞬間無制限に力が全身から溢れかえった。
「う、ぉおおおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉっ!!」
雄叫びを上げつつ、重量挙げの選手のように、ステーションを空へ掲げていく。
………こっからどうしよ?
困ったことになった。このままステーションを落とすと自分が潰れてしまう。それは避けたい。なんとしても避けたい。
段々力が全身から抜けつつあるのが分かった。このままではステーションごと潰されてしまう。
果たしてどうしたもんかと、俺は現実逃避気味に、周りを見渡した。
そこで思わず目を見張る。
『おおおおおおおおおっ!!』
『やあああああああああッ!!』
『はああああああああああッ!!』
『おんどりゃあああああああッ!!』
『湯麺んんんんんんんんんんんっ!!』
一名を除き、巨大ロボット軍団がたくましい雄叫びを上げて、ステーションの縁を必死に支えていた。
『俺、さっきのあんたの覚悟みて、マジで感動したっす!!』
『私も、凄く感動しました!!』
『吾輩も痛く感動したぞ!!』
『おであんたのために頑張る!!』
『湯麺食いてええええええええええええええええええっ!!(作者、心の叫び)』
再び一名を除き、どうも俺の行動に感銘を抱いたもの達が、自分の意思でここまできたようだ。
「よし! 二秒だけ、頼んだ!!」
俺は完全に力の抜けた両腕を放す。途端にガクン、とステーションが数センチ落ちるが、ロボットがプルプル震えながらステーションを支えた。まるで任●堂●4のゼ●ダの●説ムジ●ラの●面の、巨人が月を支えているシーンのようだ(このネタ分かる人どれだけいるだろうか?)。
ズボッと足を引きぬいて、俺は転がるように(実際は空中遊歩の力を利用して飛んで)ステーションの影から飛び出る。
それを確認した巨大ロボット達は、そっとステーションを落とした。ズズウン、とステーションがついに陸上に着地した。
ふう、と俺が額の汗を(でてないけど)拭うと、HPを確認する。見ると、部位欠損に熱によって肌がやけどしている(当然そう表記されているだけで、実際に再現はしていない)ようだった。残り数ドットしかないHPは、最早風前の灯火だ。
一応アイテム欄から戦闘糧食をよびだして、口にする。味覚というものは中々抽象的で再現しにくいものらしく、味は付けられていなかった。唯一ある触覚だけがレーションを噛み砕く再現をしているが、正直気持ち悪いったらこの上ない。
そんなふうに非常に嫌そうな顔でHPを回復していると、遠くからおーい、と呼ぶ声がした。
蒼い芝の遠方に影を確認して、よく目を凝らす。巫女や透視能力者じゃないので、流石に遠方を存分に見渡せはしない。だからその影が随分と近づいた所で、ようやくそれが誰か確認できた。
「おーい、南嶺、美流九!! 無事だったかー!!」
言わなくても分かり切っている事なのだが、それでも心配するのが人間というものだ。
南嶺、美流九が嬉しそうに走ってくる。だが、その後ろにいる人物を見て、俺は目を疑った。
「ありゃあ、ムジカか……?」
ムジカが二人の後から剣呑とした顔で付いてきていた。明らかにお礼とか謝罪とか言う雰囲気ではない。だが、俺を殺しに来たような感じでもなかった。一体何のようだ。
まあいい、俺は二人と無事生還できたという喜びを分かち合おう。さあ、この胸に飛び込んで来べぶらばぼひぶへらぁあああぁぁああああああ!?
下腹部と顔面に飛び込むハイキックは、正確を俺を穿って吹き飛ばした。
口許を拭って立ち上がる。
「えええっ!? ここは喜び合っていい雰囲気になる所でしょうがぁぁあああああ!!」
「何ほざいてるのぉ? たかがVRゲームなのに何マジになっているのぉ?」
うう、美流九が冷たい!! 正気に戻ったはいいが、まだ怒っていらっしゃる!!
「ちぃーちゃんも随分と無茶したものね」
嘲るように南嶺は冷たい線で俺を見上げる形で見下した視線を浴びせる。さすがはドSだ。浴びせる視線すら高等技術で蔑みの色が伺える。
俺が半分くらいステーションを救った事を後悔し始めた時、厳しい視線でムジカが俺の前に一歩出た。
「ステーションを救ってくれたことには、感謝します」
これまで高圧的な態度をとってきたムジカが、意外にも少しだけ低頭した。コンマ数秒で頭を上げたが。
「ですが、責任を取って貰います」
「は? 責任?」
これが顔を赤らめて言われたものならば、途端に顔がデレレとしてしまうだろうが、ムジカの剣呑な雰囲気に、俺は薄ら寒いものしか感じない。
「はい、そうです。ここは敵地のど真ん中なんですよ? こんな所に警護もなしにステーションを置いてくなんてありえません。ここで守ってもらいます」
身勝手にも自分で引き起こした惨事のくせに、他人に責任を押し付けるらしい。
「ステーションの修復が完了して、宇宙に再び戻るまでは私も攻撃を命じません。それまでの間、守ってもらいます」
そう言って、ムジカは返答を待つ。タタラという人物ならば、可と答えてくれるはずだ。
だが、ムジカは、二重の意味でタタラという人物を見誤っていた。
「いやだね」
な、と表情には出さず、ムジカは少し狼狽える。
何故、お人好しのくせに断る?
だが、次の彼の言葉は、想像以上のものだった。
「このままアンタに従って、いい方向に繋がるとは思えないね俺は。ゲームで縛り付けられるなんて、まっぴらごめんだ。まあ、一応宇宙に戻るときは多少は協力してもいいけど……そんな条件は絶対に呑めない」
それに、と彼は続ける。
「あんた、随分と俺を嫌っているけど、それって単なる腹いせに見えるのは俺の勘違いか? どうも俺には、あんたが体の良い偶像崇拝のように、俺に向かって誰に向けたでもない悪意を向けているように見えるんだけど」
何を知ったかぶりを、という言葉を、ムジカは言うことが出来なかった。まさにその通りだからだ。彼の言うとおり、ムジカはあの男に向けるべき悪意を、腹いせのように振りかざしていただけなのだ。
ムジカが何も言わないのを見て、「もしかして図星……だったり?」とタタラは図々しく訊いてくる。そのデリカシーの無い所に、ようやくムジカは、タタラが思ったような人物じゃないと気付いた。
「全く、あなたが誰にせよ、ちぃーちゃんを誤解してそういう人間に見るのは、よくない事だと思うわよ」
横からやってきたロングヘアの少女の声に、ムジカは思わず振り向いた。
タタラもなんだ? といった様子で首を傾げた。どうやらいまの言葉の意味に合点がいかないらしい。
「ちぃーちゃん……自分で気付いたような事言っておいて、結局気づいてないって……。はあ、取り敢えずプライバシーに関わるから、向こう行ってて」
ズバシ! とタタラの横腹に少女の蹴りが叩きこまれ、タタラは遠くへ吹っ飛んでいった。
「ふう、これでようやく落ち着いて話せるわね。護堂和海さん」
「……!? どうして名前を……!?」
ムジカは本名を言われて、思わず動揺する。
「どうしてって……。あなたがちぃーちゃんの名前を言い当てたのと同じことよ。あなたのその性格と、ユーザーネームから推察しただけよ。まあ、プライバシーに関わることだから、言いふらしはしなかったけど」
しまった、とムジカは心の中で舌打ちした。タタラの傍にいる人間なのだから、同じく自分に親しい人間である可能性もあるというのを、すっかり失念していた。
「さっきもちぃーちゃんが言ってたと思うけど……あなたはどうもちぃーちゃんを勘違いしているわよ」
少女は蔑むような目でムジカを見つめる。
「彼はあなたの思うような善人じゃない。むしろ酷い人間だと思うわよ?」
「どうしてです? あんな、誰にでもいい顔向けて、善行を平然とやってのける人間を、どうして善人じゃないと、嘘つきのお人好しじゃないと言い切れるんです?」
これにはムジカも反論せざるおえなかった。だが、その言葉に少女はまゆ一つ動かさなかった。
「きっと、彼と深く付き合えば理解できるわ」
南嶺が意味有りげな笑みを浮かべていると、唐突にタタラの声がした。
「二人共!! やべえ、もう夕飯の時間だぞ!! そろそろログアウトしねえと!!」
「じゃあ、ご飯食べてからもう一回やろぉ」
「馬鹿言ってんじゃねえ!! 明日は数学の単元テストだろ! 南嶺はともかく、俺とお前はやばいんだからな!!」
……自分で言ってて悲しくないんだろうか、とムジカは素直にそう思った。
「南嶺も早く!! ステーションの宿行くぞ!! ここじゃあ危ないからログアウトできないからな、急いで!!」
南嶺は額に手を当てて溜息を吐いた。
「はあ……。仕方ないわね」
南嶺は背を向けてタタラの方へ歩く。だが、最後に振り返って、
「また明日」
と笑いかけた。
そして、そのまま歩いて行ってしまった。
そんな彼らの背中を見ながら、呆然とムジカは思う。
もしかしたら、彼らなら、彼なら。
この世界も、自分も、変えてくれるんじゃないか。
そんな偶像崇拝にも似た思いが、ムジカの中を渦巻いていた。
ふう、これで一日もようやく終わりね……。
さて、明日あの子はどうするつもりかしら?
by南嶺
作者より:クロス・クロス・オンライン!の休載について――
個人的に受験勉強で忙しくなってきたという事もあって、しばらく休載をしたいとおもいます。
多分、3月の終わりには復活するのでそれまではご容赦をお願いします。
あと、完全な休載ではなく、気まぐれで続きを投稿する予定なので、時たま更新されているか、チェックしてみて下さい。




