「あたし」の話
「一ノ瀬、テストどうだった?」
奴は問うてくる。
奴とは勿論、大原のことだ。
本日最後の授業の時に返されたテストのことだろう。
俺達以外には誰もいない、放課後の教室で俺は答えた。
「まぁまぁ、良かったよ。そっちは?」
答えなど分かりきっているくせに、俺は聞き返した。
「俺も良かったよー」
やっぱり。
奴は自分の点数が良い時しか、話し掛けて来ないもんな。
「でも、君には叶わないねぇ」
俺はふざけて言った。
奴は勉強は元より、スポーツ万能、音楽性もある。
……まぁ、美術的感性の悪さが、玉に瑕だが。
「まぁな」
若干、上から目線な言い方がムカつく。
「あたしだって、結構頑張った方なんだけれどな……今回は」
俺はふてくされて言った。
俺は奴の前では、自分のことを「あたし」と呼ぶ。
ほんの少しの抵抗と努力。
だが、奴の前では少しでも「可愛い」俺でいたかった。
「じゃあ。問題用紙、貸せよ」
「問題用紙……?」
奴の意図も分からないまま、俺は渡す。
奴は二等辺三角形の三角定規を取り出し、その問題用紙を折り始めた。
「ほら、三角定規を使うと綺麗に折れるんだぜ」
そう言って、奴は見事な紙飛行機を作ってくれた。
奴は手先も器用なのだと、関心してしまう。
やはり、俺のような凡人とは釣り合わないか……。
「嫌なことは、紙飛行機にして飛ばすんだな」
そう言って、奴は窓から紙飛行機を飛ばした。
何処までも、真っ直ぐ、真っ直ぐ伸びていく。
俺達は紙飛行機が見えなくなるまで眺めた。
いつまでも、こうしていたかった。
あの紙飛行機のように、長く長く傍にいたい。
そう思うのは何故だろう。
そこで、俺は気づいた。
「ねぇ、君……あたし、今回はテスト良かったって言ってるじゃん。忘れる必要、ないじゃん」
「あ、そうだっけ? もう投げちまった」
悪びれる様子もなく、奴は言った。
「しかも、問題用紙がないと困る」
「何で?」
聞き返してきた奴を、半分睨むようにして俺は答える。
「あたし、答えの見直しが出来ない」
「……悪い」
しばらくの沈黙の後、奴は謝った。
まぁ、普段からテストの見直しなんてしないのだけれど。
ちょっとだけ、奴を困らせてみたくて。
「あーぁ、どうしようっかなー。君の問題用紙、ちょっと借りるね」
「おう」
奴に貸し出しを拒否する権利など無く、俺は奴の問題用紙で勝手に間違い直しを始めた。
その間中、押し黙る二人の空間。
時々サッカー部の声が聞こえる位か。
無言で窓の外に近付き、奴は部活観賞を始めた。
……見事な横顔だった。
俺は時々、その横顔を盗み見ていた。奴は鈍感だから、そのことには全く気づかない。
男の人は誰しも、横顔は格好良いと聞く。
縦半分しか見えていないのなら、左右対称を気にせずに済むからだろうか。
よく分からないけれど、男性の横顔は格好良い。
それが俺の持論である。
……だが俺にとっては、奴の横顔が一番格好良かった。
「お、神崎がシュート決めた」
奴は誰に言うともなく呟いた。
奴の声も、好きだ。
何だかほっとする。
もっと、もっと聞いていたい。
そんな欲に飲み込まれそうになる程。
俺は奴に、のめり込んでいるのかな。
奴に、依存しているのかな。
ぼんやり考えていたら、奴が俺を見ていた。
目が合うと、奴は微笑んだ。
どうしようもなく、嬉しさが胸に込み上げて来るのが分かった。
「ん。ありがと」
答え合わせの終わった俺は、問題用紙を渡す。
「放課後、暇?」
俺は聞いてみた。
奴は今の所、暇だから俺と一緒に教室にいるのだろうけれど。
「何で?」
奴は聞き返す。
当然か。
「問題用紙のお詫びとして、ちょっと付き合って」
俺はデートの申し出をした。
「断る」
「早っ!! 即答かよ……」
あまりの返答の早さに、ちょっと驚く。
胸が、痛んだ気がする。
「お前のために使う時間など一秒もない。勿体無い」
奴は言い切った。
では何故、今は傍にいるのだろう。
「……で、ゲームだろ?」
どうせ、と小さく付け足した。
「あぁ。よく分かったな」
奴は悪びれもなく言った。
「あたしはゲームに負けたのか……」
俺はふてくされた。
奴は一度たりとも、俺とのデートに付き合ってくれたことはない。
「……仕方ないな、ほら」
そう言って、奴は三角定規を差し出した。
「代わりに、やるから」
「え?」
俺は驚いた。
「不器用なお前には必要だろ」
そう言って、奴は俺に三角定規を手渡す。
綺麗な二等辺三角形。
透かして見ると、向こう側に奴の顔があった。
「……ありがとう」
何故か照れそうになる俺。
「大事にするね」
俺は笑うことが苦手だったが、この時は精一杯笑った。
「いいよ、別に……そんな大袈裟な物じゃねぇし」
奴も小さく笑った。
一体──あとどれ位、残されているのだろう。
こうして、二人で笑い合える日々は。
今回のノンフィクション──より、今回はフィクションで。
今回のフィクションは、校庭の部活がサッカー部である点です。
普通は野球部ですが、野球が好きではない江角はサッカー部にしました(笑)
金属バットは、武器だあぁ!!!