勝負下着の選び方
生理は重いほうだ。
お姉ちゃんは、「あたしも二十二、三のときまでは重かったけどいまはけっこう平気になったから、なつきももうちょっとしたら体質変わるよ」との推測というか根拠のない当てずっぽうな見解を示してくれたが、二十一歳のわたしはいまだに生理日はかなりしんどい。正確に云うと生理前の数日間がしんどい。
もう十二月も下旬にもなると、寒さはホント容赦がなくなってきて、葛根湯を二日おきには飲んでいるような病弱な私としてはすこぶる嫌な季節である。
生理が来たのはおとといだった。今日も、下腹部の重い痛みは自己主張を繰り返す。
(でも、……よかった。あと三日もあればじゅうぶん大丈夫だろう)
わたしはしっかり肌着をウォームビズ仕様にして、いつものようにお徳用あったかカイロをひとつお腹にセットすると、完全防寒で街へ買い物に出かけた。
わたしにも友だちはいる。特に最近はじめたアルバイトの仲間とはよく遊びにも行くし買い物にも行く。でも、今日は一人で出かけた。
だって今日は、しあさってに迫った対クリスマスイブ用の“勝負下着”の買い出しだからだ。あまり友人の目とか気にせず選びたい気分だったのだ。
外は寒かった。掃除してない歩道には街路樹の葉っぱが北風に吹かれてかさかさ流れていく。テレビで云ってた「西高東低の冬型の気圧配置」は本当だ。寒い。嫌がらせだ。
こんなときは細身な自分の身体が恨めしい。だって細いと寒さはホントに骨身にしみるのだ。
地下鉄に乗って繁華街へ。そのあと徒歩で、いつもはあまり来ない大きなデパートの前までやって来た。
スタバでコーヒーを飲んでいる三十歳くらいの女の人がとっても素敵なソバージュなのが目に入る。
長い髪。
いいなぁ、わたしもあんな風にしたかったのに。
十月になっても暑かったから我慢できずに切っちゃったときには、まさかあいつとこんな感じになるなんて思ってなかったんだもん。
九月にあった同窓会で再会した中学の時のクラスメイト。
むかしの面影は確かにあったし、だから別にときめかなかった。
むかし気があったわけでもなかったし。
だけど、――世の中なにが恋のスイッチを押すかわかったもんじゃない。
祥子から、「元原くん、なつきの髪形かわいいってさっきほめてたよ」と聞いたときは嬉しかったけど「へぇ……」としか思わなかった。
そのあとの二次会で斜め前の席になった。
あいづちは上手で聞き上手だった。爪の形がきれいだった。
でも、(あっ、この人いいかも)って思ったのは別の理由。
料理を、とってもおいしそうに食べていたから。
豚足も上手に骨だけにしてたし、焼き魚だってそう。ゴーヤの天ぷらも、私は苦くって食べれなかったけど、彼はぱくぱく食べてた。
「やせの大食いねぇ」って云ったら彼は嬉しそうに照れた。
とっても可愛くて、……とてもセクシーだと感じたのだ。別に、おかしいことではないよね。
三次会にカラオケに行った。空気を読んだ選曲が好印象だったのは覚えてるが、歌が上手かどうかはよく覚えていない。
ただ、これまた例によって大食いの彼は、真っ白なレアチーズケーキを注文しておいしそうに食べていた。それが、目に焼き付いている。
んでもって、メアドは「念のため」といって交換しておいて、その日の晩メールがあり、次の日に「電話番号教えて」というメールが来た。彼の番号も書いてあった。
返信してしばらく待ってると、その番号がディスプレイに出て……。
いろいろ話したのち、デートの約束をしたのだった。
クリスマスイブに会う約束はしてある。そのデートは三回目のデートとなる。告白は、まだしてもらってない。
どんな展開になるかわからないし、備えあれば憂いなしの教えのとおり、準備は万端に整えておこうではないか。
中世の騎士は鎧かぶとを身に纏う。
年頃のオンナは、愛くるしい下着を身にまとって戦地に赴くのだ。
デパートの中の吹き抜けの空間には、大きなクリスマスツリーが点滅する電飾と、金色の星や赤い靴下やハートで飾り付けられている。
このツリー同様、クリスマスの女はボディを綺麗に飾りつけるのだ!
テンションが上がってきた。わたしは勢い込んで下着売り場のコーナーまでやって来る。
色とりどりのブラとショーツが咲き並ぶ。ここは下着のお花畑だ。
白ベースで黒の縁取りのヤツがちょっと雪っぽくてかわいい。
むらさき色のボーイレングスショーツと紫がかった黒に近い色をベースに薄いむらさきの花柄が入った三角ブラのセットも、なかなかセクシーだ。
着たら色白に見えそうな、黒とグレーのスリップドレス。後ろにリボンがついてる。これは可愛いかも。裾にはレースの縁取り。うん、キュートだ。……わたしには可愛すぎかな。
この半カップブラ、形は可愛いけど……あんまりいい色がないなぁ。ベージュか。サイズもあんまりないし、……却下。
くすんだ赤の、大きな薔薇が二つついたキャミソール。華やかというより派手か、これは。
甘さ――清らかさ――華やかさ――気品――蠱惑的な感じ――。
さて、どれをチョイスしたものか。
当たり前だが上下は揃えて買うべきだ。
お姉ちゃんは、「最初の夜んときはあえて上下バラバラのをつけるのよ。そして、『こんなことになるんだったらちゃんと可愛いのをつけてくればよかったぁ』とかなんとか云って清純さをアピールすんの」などと助言をくれたが、少なくともクリスマスイブの夜に限ってはかえってしらじらしいだろう。
迷いに迷った。
ピンクに黒の水玉?
リボンの可愛いオレンジ?
水色のシンプルなヤツ?
店内を、他の女性客のことはまったく気にせずガンガン捜索する。
店内は空調が効いてて暑いほどだった。お腹のカイロが暑苦しい。
(貼るカイロじゃなくてよかった)
外では頼もしく、中ではうっとうしがられる発熱剤をわたしはコートのポケットに放り込んだ。
「あ……っ」
おもわず声が出ていた。
可愛いブラとショーツが目に入ったのだ。
(きれいだな……)
つけてみたいと思ったその下着は、“あたたかい粉雪の下着” と銘打った新作だった。
真っ白だ。この冬新調した真っ白のコートのことも思い浮かんだ。
……よおし! 今年のクリスマスの私のコンセプトは、“雪の妖精”だぁ!!
可憐に。でも決して下品にならないように白を着こなそう。
わたしはこの下着を“勝負下着”に認定した。
帰りも寒かった。空は曇天模様だ。
どうせなら、もっともっと寒くなれ。そして、イブの夜には雪が降ればいい。
白い雪に、白いコート。
そして身体にまとう最後の鎧も、白い綿菓子のようなブラとショーツ。
(あの人はわたしのことをおいしそうに食べてくれるだろうか……)
などと、ちょっとエロいことを考えてしまうのだった。