第2話 旅立ち後は前途多難
両親から送り出されてから5日、何事もなくカペル国の首都バルンの入り口にたどり着いた。オレは目の前に広がる風景に息を飲み込む。
「すごいな防壁の末端が見えないぞ、どれだけ広いんだ……。アンナ首都でくれぐれも変なことしないでくれよ」
「しないわよそんなこと、いつも私が変な事してる風にいうのやめてよね」
「してるだろ! オレに」
オレの声は虚しくも風に流された。それにしても、凄い、凄いぞ首都バルン。
「ねぇみて、門の正面になにか人の形をした像が建てられているみたい。王様かな? 誰だろう見てくる」
着いてそうそう何やっているんだ。アンナは凄く軽い足取りで像の方へと走っていった。取り残されたオレはというと、足に何かとりついているんじゃないかというぐらいおもい。とりあえずどこかで休みたい。
オレは休める場所を探そうかとバルン入り口から町並みを見ていた。中もオレの想像を遥かにこえるものだった。
入り口からどこまでも真っ直ぐ伸びているレンガ造りの街道がのびているのを見入る。そこをたくさんの人や馬車が行き来していた。街道の先には大きな建物らしきものがあり、お城だろうか周りに城壁とみられる物に囲まれている。
付近には街道を挟んで様々なものが売られているみたいだ。看板に“露店広場”と書かれているので首都以外の商人や他の人が各自物を持ち込み売っているのだろう。
「……~イ~~!」
ん?
「ルイ、ちょっと来て! 早く!」
すごい形相で戻ってきた! 腕をつかまれ半ば強引に像の正面まで引っ張られていった。
「ぶはぁ」
オレは飲んでいた物を噴出した。
目をパチパチとさせ、ふぅ~と深呼吸。
もう一度そこに記されていた文字を見た。
石像の名はこう書かれていた。
“ 世界とカペル国を救った英雄を称える
英雄 アレス・エルスター
英雄 ミリア・エルスター “
「これ父さん達だよね!?」
目の前には最近まで一緒にくらしていたよく似た顔が二つ並んでいた。
「……いや違うだろ」
――俺は現実逃避した……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
両親によく似た石像を後にすると、今日から暫らく生活するであろう宿を探している時だった。偶然にも! ギルドの前を通りかかってしまったのだ。アンナは立ち止まりこちらに視線を向ける。
「ルイ、ギルドがあるわ!」
「あぁ、そうだな」
オレはそっけない返事をし、再び宿がないか辺りの建物を見渡していた。
「ルイ、ギルドがあるのよ!?」
アンナは好きな食事を目の前に出され、それを今か今かと指を加えるようにまっているような状況なのだろうか。いつも以上に落ち着きがなかった。
「あぁ、あるな。オレは宿を探しておくから登録だけでもして来ていいぞ?」
アンナに俺は宿を探しておくから先に冒険者登録をしてくるよう伝えた。
すると、
「一人じゃ恥ずかしいじゃない……」
両手の指を絡ませ身体をモジモジと動かしていたのだ。
オレはその台詞に身震いした……。
「あはは、冗談だろっ、アンナが? 一人じゃ恥ずかしいって?」
そして腹のそこから笑いがでた。しかしこの言葉がまずかったらしい……。
オレは首元をつかまれギルドの方へと引きずられていた。
(尻が痛い)
ギルドに入るや否や……いっせいに視線を浴びた。
俺ではなく特にアンナ。それもそのはず格好が目立つ、他人には名は分からないかもしれないが白銀色の“聖天カチューシャ”、“聖天ビスチェ”、“聖天スカート”、“聖天ガントレット”、“聖天ブーツ”、腰には“聖天剣”、極めつけは金の腰まで伸ばしている真っ直ぐな髪に綺麗に整った顔立ち、時折装備から見える首、胸、太股などの白い肌、ここに来る途中でもすれ違う人達、男性に限らず女性、お年寄りの方達までもがこちらを振り返っていた。
『出来る限りの物は用意しておくからな』用意しすぎだ!
『すごく軽くて丈夫なのよ、それに女の子はおしゃれしなきゃね』限度超えてるよ!
今から冒険者になろうという初心者では、絶対にありえないだろう装備。見かねたオレはアンナに目立ちすぎるからフードつきのコートか衣を着てほしいと頼んだが『嫌よ、動きづらいし』と一言。
格好が凄く目立つのは気にもせず、一人で冒険者登録するのは恥ずかしいと……。
ま、アンナだしな。
だが……このままでは何か起こるはずだよな。
それだけはなんとしてでも避けたい。格好はもうどうしようもないだろう。一度こうと決めたことは絶対ゆずらないアンナだし、下手に強引に変えようものならオレの身がある意味あぶない。
この先必ず起こるであろうもう一つの不安要素。
(あれだ…あれだけは)
オレはアンナに一つの提案をしてみることにした。
「アンナお願い、提案があるんだが聞いてくれないか?」
「なによ、服装なら変えないわよ?」
「いや服装はもういい、ギルドに冒険者登録するさいは名前だけにしないか?」
「なんでわざわざそんなことしなきゃいけないのよ」
思ったとおりの反応だ。
「父さんと母さんは冒険者で英雄だろう? オレ達は二人の子供だ。仮にその事が他人に知れたらすごく騒がれないか?」
「別にいいじゃない、私は父さんと母さんを尊敬してるし、誇りに思ってるわ」
よしここまでは予定通りと、
「オレだって尊敬してるし、誇りに思う。ただこの先冒険者としてオレ達が有名になったとしよう、そこで二人の子供だから強いのか、すごいのか、流石英雄二人の子供だと他人から思われるのは自分達の実力じゃないみたいで嫌じゃないか?」
「たしかにそれは嫌だわ、でもね他の人に嘘ついたりするのは好きじゃない。なんだか騙してるみたいで嫌。う~ん……」
アンナは表情を歪め考え込んでる。よし、ここまでくればあと一押しだな。
「別に両親がいないっていう訳じゃないんだ。オレ達から両親は英雄の子供ですっていわなければいい」
「そうね、そうしようかな」
「なら決まりだな」
ふっ、自分自身に拍手を送りたいな。
「これでオレの平穏な生活が少しはおくれる」
拳を握り締めアンナに聞き取られないよう小さく呟いた。
「アンナ様、騙されてはいけません!」
「えっ」
「へっ」
突如見知らぬ声が聞こえた。声がした方向へ視線をむけると、誰だこの三角形の耳がもふもふっと頭から出ている少女は……。アンナに知り合いはいるはずもないし、もちろんオレにもいない。
アンナのことを名前でよんだぞ?
「アンナ様その男はあなたを騙そうとしています。」
「どういうことなの?」
「その男は最後にアンナ様が聞き取れない程度の声で『これでオレの平穏な生活が少しはおくれる』といいました。それに英雄の子供だからなんだというのですか! あたしはどの程度アンナ様に力や能力があるか分かりませんがそれはアンナ様ご自身が今まで努力し、成長した証ではありませんか! それにこそこそする必要は断じてありません!」
「ルイが騙そうとしてるの?」
「はい」
「この私を?」
「はい」
「ルゥ~~イ~~~」
アンナは鬼の形相で一歩、また一歩あしを進め、
「と、とりあえず落ち着いてくれ」
オレは何とかアンナの気を治めようと両手を突き出し、こちらに向かってくる歩をとめようとした。
「私を騙したわね!」
瞬間、真横から顔に向かって綺麗な曲線を描きながら足先が迫っていた。しかも気力つきで! 避ける事は可能だがその後が考えただけでも恐ろしかった。一瞬で判断しオレは突き出した片方の腕で蹴りの衝撃に備えた。
「ぐっ」
足が床から離れ、吹き飛んだ。
「いったぁ~」
オレは痛みに耐えながらその場に立ち上がり、二人に視線を戻した。
「自業自得よ。斬られなかっただけましだと思いなさい、もうほんと嫌になるわ」
今のでも危なかったぞ。それに斬るって。
「アンナ様……ステキ」
おいっ、そこの少女それはない。
というか、人がいたらぶつかっていたぞ! いつもの事だがさすが手が出るのがはやい。この場合足だが。それにしても腕もだが、周りの視線も痛い……。
「おいっ……今の……見えたかお前達?」
「いや見えなかった……」
「私も……」
「俺も……」
周りからはヒソヒソと話し声が聞こえてくるのであった。
「では改めて当ギルドへようこそいらっしゃいましたアンナ様! あっあなたも、あたしは受付担当のミケ・ニャンコです、以後お見知りおきを」
「私はアンナ・エルスターよ、こっちはルイ・エルスターっていうの。こちらこそよろしくね」
「……よろしく」
「まあアレス様、ミリア様の!? さすがあたしのお姉様」
あれからオレ達はギルドの受付まで案内された。あたしのお姉様って。オレの思惑をぶち壊した少女の名前はミケ・ニャンコというらしい。耳にシッポか、おそらく獣族なんだろうな。それにしても……。
「でわ、アンナ様ギルドの説明を簡単にさせて頂きます。あっ、ついでにあなたも。ご存知の方もいらっしゃいますが規則ですのでお聞きください。説明後こちらの書類へ記入をお願いいたします。」
何だろうこのチクチクと心に刺さる言葉は。
「はいっ!」
「はい……」
俺は気のない返事をし、2枚の書類を受け取った。
「まずギルドとは国や町や村、また個人から仕事を依頼される組織です
コルネリウス帝国首都に総合本部があり、各国に本部、各町に支部といった形となります。
冒険者はギルドから依頼を請負い、遂行・達成することによって報酬を受け取れます。
依頼の内容につきましては、冒険者にはランクがあり、最上級ランクの黒、つづいて上級ランクの金・銀、中級ランクの銅・赤、最後に一般ランクの青・黄・緑といった順です。それぞれ収集・討伐・護衛など様々な依頼がランクごとに掲示板に張り出されているのでこちらに依頼書を持って登録を済ませてください。依頼完了時も受付で済ませてくださいね。
ランクが上がる基準としてポイント制となっておりますが、ご自身のランクより下の依頼につきましては、ポイントは入らず報酬のみとなっております。アンナ様、ここまでで何かご質問はありますか?」
「えぇ問題ないわ」
「あぁ……」
最後の台詞は流すとして、ここまでの話しは両親が話していたものとほとんど変わらないな。
それにしてもランクが上がる基準はポイント制?
「すまない、ポイント制って?」
「カード配布後で説明します。
でわ、注意事項と致しまして依頼は一般ランクはすべての冒険者方が受けれるようなっており、中級ランクからは一つ上のランクまでとなります。また達成できなかった場合ですが、違約金として報酬金額の2割をお支払いいただくことになり、ポイントも減少します。
なお、ランクは下がる場合もありますので十分気をつけて依頼を受けていただきますようお願いします。
最後にギルドは冒険者方々の生死は余程の事がない限り一切関与をいたしません予めご了承ください」
ミケという少女はそういうと2枚の書類を書くよう促す。
1枚目の書類は名前・種族・職業など。名前はルイ・エルスターと、種族は人種族と、職業? あの剣士だったり、戦士だったり、魔法士だったりするあれか? 少し聞いてみるか。
「職業とあるが、これは何でもいいのか?」
「職業はパーティを組む際にどの役割を果たすか、またその方がどんな冒険者なのかを表すものだと思われて結構です。魔法を使う方にも攻撃を得意とする方、治癒を得意とされている方など様々な方がいらっしゃいます。そのような方は魔攻士や治癒士と書かれる方もいらっしゃいますよ」
「パーティ?」
「パーティとは同じ依頼に対し複数であたる冒険者のチームの事ですね。パーティとは別にクランというギルドとは別の何十人単位の冒険者同士の組織もあります」
「なるほど、わかった。ありがとう」
「いえ常識です」
常識らしい……。アンナを見ると、うんうんと縦に首をふっている。
そんなアンナにオレは、
「アンナ、職業何にするんだ?」
「私? 私は魔法が使えないし、剣を使うから剣気士が妥当かな」
アンナは笑顔でそういうが、やるせない表情をしている。
そうアンナは魔法がつかえなかった。
魔法。自然の大気中にあるマナと呼ばれる魔素を自然に身体が吸収し、それを魔力として蓄える。それを何らかの形にし、放出することを魔法と呼ぶ。魔力だが生まれて備わっていないと魔法は一生使えないのだ。魔力量だがこれは人種、種族や個人によって質や量までも様々らしい。しかし魔法を使えるからといって決して強いとは限らないと両親はいっていた。
魔法とは別に気力というのも存在している。
気力。身体全身に流れる気の力のことをいう。その気を扱えるようになれば通常では考えられないような速度で走ったり、力を出したりできる。こちらも魔法と一緒で個人差があるらしい。また、魔力が備わっていない者にしか気力は扱えない。
アンナは魔法が使えない分、気力の扱いがすごかった。
しかし……例外はいるものである。
俺は両方つかえた。両親との訓練? の時つかった時の二人の表情ときたら今でも忘れられなかった。両親曰く、他言しないようにと誓いを立てられ、アンナですら知らない。
よし、オレは魔法士とだけ書き、続いて2枚目の書類を手にとった。
名前と職業とこれはさっきと一緒だな。なになに、好きな食べ物、好きな色に好きな種族、好みの女性に、ってなんだこれは! 冒険者とは全く関係ないことが書かれていた。
「あの、すまないが2枚目の書類は絶対書かなきゃいけないものなんだろうか?」
「いえ、絶対という訳ではありません。でも書いていただけるとあたしは助かります」
「ちなみに理由を聞いても?」
「趣味です」
「えっ」
「趣味です」
「……えーと」
「趣味です。あなたは何度同じ事を言われなければ分かられないのですか。バカですか? 理解に困ります」
この少女は……。どうも少女が言うには冒険者たちの情報を個人でも集めているらしい。
「ま、いいじゃないこれくらい」
横からアンナが言葉をさした。仕方なくオレは2枚目も書き渡した。
ミケという少女は何か手元でやっている。
「こちらの水晶に手をあててください。それで登録完了となります」
オレ達は水晶に手をあてた。
「完了しました。こちらがアンナ様、こちらが貴方のカードです。初回は無料ですが紛失された場合の再発行は料金が掛かります」
オレは緑色のカードを手に取り、アンナに目を向けた。すごい歓喜に満ちた表情をしている。余程うれしいんだな。オレはもうとことん疲れたけど。これでようやく宿を探せるわけだな、随分時間がかかったが。
「でわ、カードの説明とポイントの説明をさせて頂きます」
そんな声が聞こえた。そういえば後で説明をするっていってたな。
「お願いするわ」
「分かった」
「手元のカードを手にとり、提示と言葉を発してください」
ミケという少女の言葉にしたがい、オレ達は『提示』と言葉をだす。するとカードが光、オレの手の平くらいの大きさだろうかオレの姿をした立体的なものが現れた。
これにはオレも動揺した。
アンナの方を見てみると、アンナの形をしたものが出ていた。おそるおそるそれに触れようとしている、アンナの手がすり抜けた。アンナはすごい、すごい、といってはしゃいでいた。
「アンナ様、驚かれてるみたいですね」
「もうびっくりよ! これなんなの?」
興奮がおさまってないのかアンナは息をあらげている。
「ギルドのカードには身分証の代わりにもなるので他人に悪用されないよう光の魔法が施されています。幻覚をみせているわけではないのですが、それにちかい映像というものらしいですよ。ちなみに本人にしか映像はだせなくなっておりますのでご安心ください」
「これ本当にすごいわね」
「そうだな」
「次に情報提示と言ってみてください」
オレは『情報提示』と言葉を発すると同時にまたまた驚いた。今度は立体的な文字が浮かびあがってきたのだ。その文字にはこう書かれていた。
【冒険者】
【名前 ルイ・エルスター】
【ランク 緑】
【職業 魔法士】
【装備表示 未定】
【クラン なし】
【0P】
【依頼履歴 0件】
アンナの方はというと、
【冒険者】
【名前 アンナ・エルスター】
【ランク 緑】
【職業 剣気士】
【装備表示 未定】
【クラン なし】
【0P】
【依頼履歴 0件】
と書かれてあった。
「何これも面白い!」
「あぁ……」
「それは本人の情報となります。職業や装備表示は変更できるようになってますよ」
ミケという少女はしてやったりといった顔をしていた。しかし本当に驚きだ。
「後はポイントの説明ですね。ポイントは各依頼書に記載されてますので依頼完了後カードに貯まっていくといった形になります」
「分かったわ」
「分かった」
「これで説明を終了させて頂きます。アンナ様頑張ってくださいね! あっついでにルイもね。何かありましたら私にいつでもご相談ください。でわ、良い冒険者の旅を」
「こちらからもお願いするわ」
「よろしく頼む」
何か疑問に感じたがそう言葉を告げられると、返事を返しオレ達は受付を放れるのであった。