お馬鹿な勇者が世界平和を願った日
どうも、皆さん。勇者です。えぇ、RPGの主人公の代表格、勇者です。と言っても、今はいつもの様な鎧に身を包み、背中に肩凝りの天敵である大剣を背負ってはいなく、ユリクロで三百円だったTシャツに五百円のジーンズ姿です。そこ、貧乏とか言うな。
なんと言うか、魔導師の青年は故郷に帰ったり、女剣士の女性は合コンとか言ったきり音沙汰なし。
つまり、僕一人なのでこうして休暇を楽しんでいる訳です。え? あぁ、僕が今いるのは魔王城の手前の街のショッピングモールの眼鏡屋です。つい最近の魔導師君との会話なんですが、
『やったね、魔導師君。魔王の手下を殲滅出来たよ』
『アンタは柱の陰で震えてただけで倒したのは俺だけどな』
『おいおい、そんなに尊敬の眼差しを向けるなよ』
『蔑んだ眼差しを向けたんだよ! ……ったく。眼鏡でもかけろ』
『眼鏡? それをすればモテるのか?』
『あぁ? はいはい、そうだよ』
『よっしゃ、眼鏡買うぜ!』
そういう訳でここに来ているんです。いやあ、眼鏡って色んな種類があるんですね。
そう思って物色を開始しておよそ半日くらいです。すっかり眼鏡やコンタクトに精通した気がします。そしてふと隣を見ると、
魔王がコンタクトレンズに挑戦していらっしゃいました(笑)。
「店員さん、お願いします」
魔王はゴツゴツした顔を突き出して、店員がコンタクトレンズをはめるのを待った。
そうなんですよね、初めは店員さんとかお医者さんがやってくれるんですよね。さっき学びました。
「じゃあいきますよ。……はい、入れましたよ」
刹那、
「イギィヤァァアァアァアァアアアァアア!」
店内に響く魔王の大絶叫。僕は思わず手に持っていた眼鏡を鞄の中に突っ込んでから耳を塞ぎました。万引きではありません、不慮の事故です。
横を見ると、魔王は今まさに外したコンタクトレンズを持って、肩で息をしていました。そんなに痛いものでしょうか。
「す、すみません。お客様。こちらにもう一回り小さいものを用意致しました」
店員は魔王が外したコンタクトを受け取り、新しいものを渡していました。一回り小さいといっても、魔王は顔がデカイので大差ない気がしますが。
魔王は自分でコンタクトを入れるようです。人差し指の上に乗せて、目に近付け……っていけない! あのコンタクトは、向きが逆だ! いくら一回り小さくても、逆向きで入れたら痛いに変わりはない!
そして案の定、
「イギィヤァァアァアァアァアアアァアア!」
魔王は目を押さえてのたうちまわりました。今なら無装備で勝てる気がします。
やっとおさまり、魔王がコンタクトを外そうとしたその時、事態はさらに悪化しました。
「お客様、目を開けて下さらないと……」
魔王は痛みのせいで目が開けられなくなり、店員が困っていました。
「ぐぅぅ……。しばし待て。目が開かん」
魔王は目を押さえて俯くばかりです。店員が後ろ手に金属バットを持っていたのは、衝撃でコンタクトを外すためでしょう。決して魔王を倒すチャンスと踏んだのではないと信じて疑いません。
おっと、コンタクトを取れたようです。まったく、人騒がせな。しかし魔王は、店員に注文をつけていました。
「もっとオシャレなコンタクトはないのか」
コンタクトにオシャレもクソもあるのでしょうか。カラーコンタクトとかありますけど。
「それでしたら、こちらなどいかがでしょう」
そう言って店員が差し出したコンタクトのパッケージには、デカデカとこう書かれていました。
『カワイイ☆星型』
はい、分かってますとも。きっと店員もやけくそなんでしょう。そして魔王はおつむが弱いのですね。もう止めません。とことん見てやりましょう。
「星型か。なかなかオシャレな気配だな」
魔王は言って、中身を取り出しました。いったいどの辺りがオシャレな気配を醸し出すのでしょうか。苦痛の気配しかしません。
取り出したそれは、至って普通の『星型』でした。魔王は五ヶ所の凶器に気付いていない様子で、それを自らの目に近付けました。
僕は安全を期すために指を耳に入れて破壊力抜群の大音量に備えました。
そしてお分かりの通り、
『イギィヤァァアァアァアァアアアァアア!』
魔王は上体をのけ反らせて、荒川●香もビックリなイナバウアーを披露しました。
「お、お客様、おぉお落ち着いてください!」
店員が魔王に駆け寄ってコンタクトを外そうと必死になっていました。ちなみに店員の台詞の荒れは、驚きや焦燥からではなく、笑いを堪える力からきていました。ちなみに僕も笑いを堪えるのが辛いです。
「あ、外れましたよ」
店員は何とかしてコンタクトを外すことに成功しました。魔王は痛みで目を開けていられないようですが。僕は面白いので隣に行って会話をしようとしました。魔王は目が痛くてこちらを目視出来ないでしょうし。
「大変でしたねぇ」
あくまで平静を装い、魔王の隣に座りながら話しかけます。今にも吹き出しそうです。
「あぁ……大変だったよ」
魔王は気が動転しているのか、会話に普通に乗ってくれました。
「どうして今日はコンタクトを作りに?」
まさかゲームのやり過ぎで視力低下なんて馬鹿はしないでしょう。そう思っていると、意外な答えを受けました。
「先月の一日になるな……。美人の女剣士とイケメンの魔導師が城に……あぁ、変な勇者っぽいのもいたな」
先月の一日……。思い切り僕達です。いけません、今の弱り切った魔王を殴り倒したくなってきました。
僕が握った拳を抑えていると、魔王は目を摩りながら話を続けました。
「その時、女剣士と魔導師とはかなり接戦でな。あ、勇者っぽいのは隅にいたけど。その時なんだよ……!」
魔王は歯を食いしばり、目元が手で隠れているにも関わらず怒りが満ち溢れた表情を浮かべました。
「勇者っぽいのが目眩ましの術を使いやがってなぁ……。俺の部下だけてなく、自分達も被害を受けて逃げて行ったよ」
なるほど。それで魔導師君はしばらく口をきいてくれなかったんですね。女剣士さんも逃げるようにどこかへ消えてしまいましたし。
ちなみに目眩ましの術とは、原子レベルで拡散、集合を行う光を周囲に撒き散らすという、自らも防ぎようのない技です。僕はもう慣れました。
「その術のせいで、地球の裏まで見えた視力は半分以下だ……」
魔王は食いしばった歯をギリギリと鳴らし、その口からは魔族特有のエネルギーが漏れていました。そのエネルギーは起爆すると周囲を殲滅します。
そして魔王の視力は低下という言葉では済まないくらい弱ったようです。目眩ましの術はヤバいので封印します。
「あの勇者っぽいのに会ったら……」
突如、周りの空気がピンと張り詰めた気がします。魔王の身体からは何やら闘気が溢れ出ています。
「そういえば、近くにあの勇者っぽいのの気を感じるな……。ん? 横か?」
そう言って魔王は、なんだかビリビリしてらっしゃいます手をこちらに向けてきました。あぁ、なるほど。僕を殺す気満々ですね。見えないのに的確に僕の方に手を向けるなんて。僕は安全を期して手の向かない方へ行きました。
「……はぁっ!」
魔王が叫ぶと、差し出した手の平から直径が一メートルはあろう黒い光球を射出して……
ズドーンッ(光球が眼鏡屋の壁を破壊する音)
ドゴゴゴッ(光球が町を破壊しながら進む音)
バガァァン(光球が山にぶつかり共々砕け散った音)
「むぅ、見えないと力が出せんなぁ……」
これだけのことをしておいて全力ではないようです。僕は何か起こる前に眼鏡屋を出て行きました。
「……地球を壊せばあの勇者っぽいのも壊れるか……?」
後ろから聞こえてきた内容は、どこか別の勇者様御一行がなんとかしてくれると信じて疑わない所存です。
世界に平和を! ラブアンドピース!