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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第十章 オルレアン包囲戦:1429年3月7日〜1429年4月28日

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10.6 オルレアンの戦況とラ・ピュセル派遣作戦

 それにもかかわらず、王の家臣たちによるジャンヌの利用は、神学者たちの助言に従いつつも、人間の慎重さ・賢明さによる方法のみを採用すると決意していたことを証明した。(翻訳要再考:Nevertheless, the use made of her by the King's men proved that, following the counsel of the theologians, they were determined to adopt only such methods as were prompted by human prudence.)


 ジャンヌは、食料の輸送隊とともにオルレアンの町に入ることになった。

 シチリア女王ヨランド・ダラゴンの助けを借り、王の命令によりブロワで準備されていた。[865]


 王に忠誠を誓うすべての地域で、勇敢なオルレアン市の救援と解放のために新たな努力がおこなわれていた。

 ジアン、ブールジュ、ブロワ、シャトーダン、トゥールは兵士と食料を提供し、アンジェ、ポワティエ、ラ・ロシェル、アルビ、ムーラン、モンペリエ、クレルモンは硫黄と硝石(火薬の原料)、鋼鉄、武器を送った。[866]


 トゥールーズの市民が何も出さかったのは、キャピトゥール(トゥールーズの最高行政官)[867]によって諮問された名士たちが「無い袖は振れない(non habebat de quibus)」と素直に宣言したように、この都市には提供できるものが何もなかったからだ。[868]



 国王の顧問官たち、特に王国の宰相であるルニョー・ド・シャルトル卿は、新しい軍隊を編成していた。

 オーヴェルニュの兵士(ニシンの戦いで失敗した)に成し遂げられなかったことを、今度はアンジューとル・マンの軍隊で試みるつもりだった。


 トゥーレーヌおよびアンジュー公夫人でもあるシチリア女王ヨランド・ダラゴンは、快く援助を申し出た。

 もしオルレアンが陥落すれば、彼女が大切にしている領地を失う危険にさらされる。そのため、人員、金銭、食料を惜しみなく投入した。


 4月中旬以降、アンジューの使者ジャン・ラングロワが手紙を持ってきて、ヨランド・ダラゴンが寄付した穀物がもうすぐ到着すると行政官に知らせた。町の人々はジャン・ラングロワにプレゼントを贈り、行政官たちはエク・サン・ジョルジュで夕食に招いた。


 この手紙に記されている「穀物」こそが、ジャンヌが同行することになっていた大規模な輸送隊の一部である。[869]


 4月末近くになると、「オルレアンの私生児」卿の命令で、ラ・ボースとガティネに駐屯するフランス軍守備隊の隊長たちは、ブロワ軍(ジャンヌを運ぶ輸送隊)を援護するために町に向かった。

 28日には、シャトーダンの総督であるフロラン・ディリエ卿[870]が、兵士400人を率いて町に入った。[871]


 オルレアンの戦況はどうなったのか?


 攻囲はうまくいかず、イングランド軍は最も悲惨な失望を味わっていた。

 さらに、イングランド軍の隊長たちは、町へ輸送される兵站——兵士、食料、弾薬——そのすべてを難なく通過させてしまうような堡塁では、町を占領することは絶対に不可能だと悟っていた。

 しかも、泥で作った小屋にみじめに駐屯し、疫病に侵され、相次ぐ脱走によって3000人、多くても3200人にまで減った軍隊で、一体何ができようか。


 彼らは、ほとんどの馬を失っていた。


 攻撃を続けるどころか、防衛を維持して、みじめな木造の塔で持ちこたえることさえ困難だった。『ル・ジュヴァンセル(Le Jouvencel)』で語られているように、この塔は、包囲するイングランドよりも包囲されるオルレアンにとって有益だった。[872]


(⚠️ル・ジュヴァンセル(Le Jouvencel):ジャンヌの戦友でもあるジャン・ド・ビュエイユが執筆した自叙伝)



 イングランド軍にとって唯一の希望は、不確実で遠いものであったが、摂政ベッドフォード公が多大な苦労をかけて集めていた増援部隊だった。[873]


 一方、包囲された町では、時間がゆっくりと流れているようだった。

 町を守る兵士たちは勇敢だったが、物資が尽きてしまい、これ以上何をすべきかわからなかった。市民は警戒を怠らなかったが、砲撃に耐えられなかった。


 オルレアンの人々は、包囲軍(イングランド軍)が悲惨な状態に陥っているとは考えもしなかった。


 苦難と不安、そして汚染された空気(雰囲気)が彼らの精神を蝕んでいた。すでにイングランド軍に町を襲撃され、殺戮と略奪と破壊を目撃して、常に「裏切られている」と感じていた。


 オルレアンの人々は、本当は自分たちが非常に有利な状況であると、冷静に落ち着いて認識することができなかった。


 外部との通信手段はひらかれており、援軍も物資もいくらでも補給できた。

 その上、イングランドの援軍よりもはるかに早く救援軍が到着しようとしていた。

 救援軍は、イングランド軍の要塞を数日で占領するのに十分な数の兵士と弾薬に加えて、大量の家畜を運んでいた。


 王はこの軍隊とともに、約束した「乙女ラ・ピュセル」を派遣していた。


(※)『上巻・第十章 オルレアン包囲戦:1429年3月7日〜1429年4月28日』完結。

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