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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第九章 トゥールのラ・ピュセル

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9.1 トゥールの街の近況

 トゥールで、ジャンヌはラポーと呼ばれる女性の家に滞在していた。[799]

 彼女はエレオノール・ド・ポールという名のアンジュー出身の女性で、マリー・ダンジュー王妃の侍女だった。シチリア女王ヨランド・ダラゴン(マリー・ダンジューの母)の顧問官でラ・ロッシュ=サン=カンタン領主のジャン・デュ・ピュイと結婚してからも、フランス王妃に仕え続けた。[800]


 トゥールの町はヨランド・ダラゴンが所有していた。義理の息子(シャルル七世)がますます貧しくなる一方で、ヨランドはますます裕福になっていった。ヨランドは金銭と土地でシャルル七世を援助していた。


 1424年には、シノン城代領を除き、トゥーレーヌ公領とその従属地はすべてヨランド・ダラゴンの所有地となっていた。[801]


 トゥールの市民と庶民は、心から平和を望んでいた。

 その一方で、彼らは武装兵士による略奪から逃れるためにあらゆる努力をした。

 シャルル王もヨランド・ダラゴンも彼らを守ることができなかったため、彼らは自衛しなければならなかった。[802]


 町の番兵が「トゥーレーヌとアンジューを荒らしていた略奪隊のひとりが近づいてきた」と告げると、市民は門を閉め、大砲が所定の位置にあることを確認した。

 それから交渉が行われた。略奪隊の隊長は堀の端までやってくると、「自分は王に仕えており、イングランド軍と戦っている途中だ」と主張し、「自分と部下のために町で一晩休ませてほしい」と頼んだ。

 市民は、城壁の高みから「ここから立ち去るように」と丁重に求めたが、もし、無理やり侵入しようとしてきた場合は、金銭を提供した。[803]


 市民は略奪を恐れて、自分たちから金を差し出した。


 ジャンヌが来るわずか数日前にも、トゥール近郊を荒らしていたスコットランド人のケネディという男に、ここから立ち去ってもらうための旅費として200リーブルを渡したばかりだった。


 (自分たちの守護者になったかもしれない)守備隊を追い払った後、彼らの次の懸念はイングランド軍に対する防御を固めることだった。


 同じく1429年2月29日、トゥールの市民は、当時オルレアンのために最善を尽くしていたラ・イル隊長に100クローネを貸した。


 イングランド軍が接近してきたときでさえ、彼らはジャン・ド・ビュエイユ卿の部隊に所属する弓兵40人を受け入れることに同意したが、「①ビュエイユ卿と兵士20人はともに城に宿泊し、②残りの兵士は宿屋に宿泊するが、③代金を支払わなければ何も与えない」という条件付きだった。


 このように、町の対応は状況次第で、よくいえば柔軟で臨機応変、悪くいえば一貫性がなく曖昧だった。ビュエイユ卿はトゥールの町で一服すると、オルレアンを守るために出発した。[804]


(⚠️ジャン・ド・ビュエイユ(Jean de Bueil):ジャンヌの戦友の一人。二つ名「イングランドの天罰」と呼ばれた。晩年、百年戦争に従軍した経験をもとに半自叙伝『Le Jouvencel』を執筆した)


(⚠️トゥールの街(Tours):ようするに、オルレアンに向かうルートの中継地点)

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