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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第六章 シノンのラ・ピュセル/予言

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6.16 美しいアランソン公

 ある日、ジャンヌと王が話をしていると、アランソン公爵が広間に入ってきた。

 彼はヴェルヌイユの戦いでイングランドに捕らえられ、クロトワ塔に5年間も幽閉されていた。[707]


 つい最近解放されたばかりで、サン・フロラン・レ・ソミュール近郊でウズラ狩りをしていたところ、「神がフランスからイングランドを追い払うために、王のもとへ乙女を遣わした」という知らせが届いた。[708]


 彼はオルレアン公爵の娘(シャルル七世の姪)と結婚していたので、この知らせに強く興味を引かれ、すぐに自分の目で確かめたくなってシノンに駆けつけた。


 アランソン公爵は、若い頃はその優雅さで人目を引いたが、賢明さで名声を得たことはなかった。

 気が弱いのに暴力的で、虚栄心が強く、嫉妬深く、自信過剰で騙されやすい人物だった。彼は、マウンテンヒースというハーブで女性の好意を思いのままにできるると信じており、後に、自分が魔法にかけられたと思った。

 彼は容姿に自信があったが、不快なだみ声の持ち主で、それを自覚して非常に悩んでいた。[709]


 ジャンヌは、彼を見るやいなや、「この高貴な人は誰ですか」と尋ねた。

 国王が「従兄弟のアランソン公だ」と答えると、彼女は公爵に一礼して言った。


「ようこそ。王家の血を引く人は、多くいればいるほどいいです」[710]


 これは完全に間違っていた。

 王はジャンヌの反応に苦笑いを浮かべた。

 アランソン公の血筋には、フランス王家の血はほとんど流れていなかった。


 翌日、ジャンヌは国王のミサに出席した。

 王に近づくと、ジャンヌは彼の前で頭を下げた。

 国王は彼女を部屋に連れて行き、ラ・トレモイユ卿とアランソン公爵以外の全員を退室させた。


 それから、ジャンヌは国王にいくつかの要求を伝えた。

 特に、彼の王国を天の王に譲るようにと頼み、「そうすれば……」と付け加えた。


「天の王は、あなたの先祖に対してなさったように、あなたのために働き、あなたを父祖と同じ身分に戻してくれるでしょう」[711]


 このように霊的な事柄について語り、改革と新しい人生の教訓を口にしながら、ジャンヌは聖職者たちに吹き込まれたことを何度も繰り返した。


 しかし、ジャンヌは決してこの教義に完全に染まっていたわけではなかった。


 それ(聖職者に吹き込まれた教え)は彼女にとってあまりにも難解で、やがてジャンヌの心から消え去り、より修道的ではなく、より騎士道的な情熱に取って代わられた。


 その日のうちに、ジャンヌは国王と連れ立って草原に出かけ、槍を投げるゲームをした。ジャンヌはとても上手で、その姿に驚嘆したアランソン公爵は、彼女に馬を贈った。[712]


 数日後、この若い貴族はジャンヌをサン・フロラン・レ・ソミュール修道院に連れていった。[713]

 その修道院にある教会は非常に美しく、ラ・ベル・ダンジュー(美しいアンジュー)と呼ばれていた。


 当時、この修道院には、アランソン公の母親と妻が住んでいた。

 彼女たちは、ジャンヌと対面して喜んだと言われている。

 しかし、彼女たちは戦いの結果にはあまり期待していなかった。

 若いアランソン公夫人は、ジャンヌに不安をこぼした。


「ジャンネット、私は夫のことが心配でたまりません。彼を幽閉先の牢から解放するために多額の身代金を支払ったばかりなのです。できれば、今後は家にいてほしいと願っています」


 それに対して、ジャンヌはこう答えた。


「マダム、心配しないでください。私が公爵さまを無事にあなたの元に連れて帰ってきます。今と同じか、今よりも立派な姿で」[714]


 ジャンヌはアランソン公を「美しい公爵」と呼び[715]、彼を愛した。

 なぜなら、彼がオルレアン公の娘と結婚していたからで、そうすることがオルレアン公のためになるからだ。また、他の人たちがジャンヌを疑ったり否定していたときにアランソン公が信じてくれたからでもあり、イングランド人が彼にひどい仕打ちをしたからでもあった。


(⚠️オルレアン公:シャルル六世の弟の息子で、シャルル七世の従兄。アジャンクールの戦いでイングランドに捕らわれ、幽閉中の身)


 ジャンヌがアランソン公を愛したのは、彼が戦う意志を持っていると知っていたからでもあった。


 ヴェルヌイユの戦いで捕虜になったとき、イングランド人は「味方になるなら自由と財産を与えよう」と取引を持ちかけたが、アランソン公は拒否したと伝わっている。[716]


 アランソン公は、ジャンヌと同じように若かった。

 だから、ジャンヌは、アランソン公も自分と同じように若くて誠実で高潔な人に違いないと思った。


 おそらく当時はそうだっただろう。このころのアランソン公はまだ、王を陥れるための薬を探し求めてはいなかった。[717]



 ジャンヌはポワティエに連れて行かれ、そこで神学者たちの審査を受けることになった。[718]

 ポワティエの町では高等法院が開かれていた。神学を学んだ多くの著名な聖職者、俗人、修道士が集まり[719]、厳格な学者や知識人たちも彼らに加わるよう召集された。


 ジャンヌに護衛がつけられ、シノンを出発した。

 最初、彼女はオルレアンに連れて行かれると思った。


 ジャンヌの信仰は、十字架を手にして旅立ち、近づく町はすべてエルサレムだと思っていた無知な人々の信仰によく似ていた。


 途中で、ジャンヌは案内人にどこに連れて行かれるのか尋ねた。

 行き先がポワティエだと聞いて、彼女は「神の名において!」と驚き、こう言った。


「そこでは大変な騒ぎになるでしょう。私にはわかっています。でも、私の神は私を助けてくれるでしょう。さあ、神の力を信じて進みましょう!」[720]





(⚠️ポワティエ(Poitiers)について:王太子(シャルル七世)がパリを追われて廃嫡された時代に、政府機関が置かれた中心的な都市。フランス最古の大学、パリ大学(ソルボンヌ)の総長ピエール・コーションはイングランドとブルゴーニュ派を支持していたため、王太子を廃嫡する陰謀やジャンヌの異端審問に深く関わっている。大勢の知識人がポワティエに身を寄せ、シャルル七世は彼らのために大学を創設。のちに、ルネ・デカルトらを輩出したポワティエ大学の誕生である。15世紀末で約4000人の学生を抱えていた)


(※)『上巻・第六章 シノンのラ・ピュセル/予言』完結。

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