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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第六章 シノンのラ・ピュセル/予言

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6.5 シノン城の外観、イングランドの守護者・聖ジョージとフランスの守護者・聖ミカエル

(※)今回の前半部分、建築・軍事用語だらけでわかりにくいかも。

同じところで悩み続けても進まないのでひとまず公開しますが、あとでリライトします。

 ジャンヌの目の前には、武装した城と長い城壁があった。主塔、小塔、(やぐら)、カーテンウォール、ファサード、見張り塔などの長い城壁の塊がそびえていた。城は大きく3区画に分かれ、堤防(堀)、障壁、裏門(小門)、落とし格子によって隔てられていた。


 ジャンヌの左側、日没の方角(西)には、クードレイの「8つの塔」が他の塔の背後に並んでいた。そのうちのひとつは、かつてはプランタジネット家のイングランド王のために作られたもので、もっとも新しいものでも200年以上は経っていた。


 ジャンヌの右側(東)には、古びた城壁と、銃眼マチコレートがいくつも施された塔を持つ「中央の城」がはっきりと見えた。そこには聖王ルイの居室と王の居室、ジャンヌが「優しい王太子さま」と呼ぶシャルル七世の居室があった。


 使者のための控え室の近くには、ジャンヌを迎える大広間があった。

 大広間の位置は、町に向かって四角い古塔が隣接していることで示されていた。


 右側には、広大なベイリー(城郭内庭)と要塞があり、守備隊の宿舎として、また城の中央部の防衛のために使われていた。


 そばに大きな礼拝堂があり、逆さまの竜骨(キール)型の屋根が城壁の上に突き出ていた。


 イングランド王ヘンリー二世によって建てられたこの礼拝堂は、聖ゲオルギウスの庇護下にあったため、「聖ゲオルギウスの砦」と名づけられていた。[633]


 当時、勇敢な騎士・聖ゲオルギウス(聖ジョージ)の伝説は誰もが知っていた。

 槍でドラゴンと戦って王女を救出したが、のちにローマ皇帝に捕らわれて棄教を迫られ、信仰を捨てずに殉教した。

 アレクサンドリアの乙女・聖カタリナと同じく、聖ゲオルギウスも鋭いスパイクのついた車輪に縛られたが奇跡が起きて壊れ、斧で斬首され、偉大な聖人であることを証明した。[634]


 しかし、ただひとつ、聖カタリナと違う点がある。

 イングランドでは聖ゲオルギウスを聖ジョージと呼んで崇拝し、300年以上前から聖ジョージの祝日を盛大に祝ってきたため、ゴドン人(イングランド人に対する蔑称)に属しているも同然だった。


 彼らは、聖ジョージを自分たちの守護聖人と考え、他のすべての聖人よりも真っ先に彼を呼び出して祈った。ガーター騎士団の騎士も、ウェールズの卑劣な射手も、いつも聖ジョージの名を唱えた。


 実際、聖ゲオルギウス本人がどう考えているのか、悪しき大義のために戦っている略奪者たちを非難していないのか、誰にも分からない。


 だが、イングランドにおける大いなる崇拝が、英仏間の戦況に影響を与えるのではないかと心配されていた。楽園の聖人は、もっとも信心深く呼びかける者に味方するからである。



 結局のところ、聖ミカエルをフランス人と関連付けるのと同じく、聖ジョージはイングランド人であった。


 フランス王国の守護聖人である聖ドニが、自身の名を冠した修道院(サンドニ大聖堂)が敵に占領されるのを許して以来、栄光の大天使(聖ミカエル)は百合の王国のもっとも用心深い守護者として現れていた。


 ジャンヌもそのことをよく知っていた。


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