5.5 オルレアンの守護聖人:聖ユヴェルテと聖エニャンの伝説
オルレアンの住民は神を畏れていた。当時、神は大いに畏怖されるべき存在であり、まるでペリシテ人の時代のように恐ろしかった。
貧しい漁師たちは、苦難の中で神に直接訴えかけると拒絶されるのではないかと恐れ、聖母マリアや聖人たちの仲介を求めたほうがよいと考えていた。
神は母を敬い、あらゆる機会に彼女を喜ばせようとした。同様に、神は天国で左右に座っている聖人たちの願いを尊重し、彼らが捧げる嘆願に耳を傾けた。
したがって、危機が差し迫っていた場合は、聖人に祈りと供物を捧げて加護を求めるのが慣例だった。
それで、オルレアンの住民は、町の守護聖人である聖ユヴェルテと聖エニャン(サンテニャン)を思い出した。
非常に古い時代、聖ユヴェルテはオルレアンの司教座についていた。1428年現在、そこにはスコットランド出身のジャン・ド・ミシェルが座っているが、聖ユヴェルテは「使徒の徳」のすべての栄光に輝いていた。[499]
もうひとりの守護聖人である聖エニャンは、彼(聖ユヴェルテ)の後継者だ。
オルレアンが現在直面しているのと同じ危機に直面し、町を見守りながら神に祈りを捧げた。
以下は、オルレアンの人々に知られている彼の物語である。
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聖エニャンは若い頃、オルレアン近郊で孤独に隠棲していた。
そこで、当時、町の司教だった聖ユヴェルテが彼を見つけた。
聖ユヴェルは彼を司祭に叙任して、サン=ローラン=デ=オルジェリルの修道院長に任命し、信徒たちの統治を引き継ぐ後継者に選んだ。
聖ユヴェルテがこの世を去ると、祝福された聖エニャンは、オルレアンの人々の同意を得て、幼い子供の声によって司教に選ばれた。
なぜなら、神は幼子の口を通して賛美されるお方であり、乳飲み子として祭壇に運ばれた子供の一人に「エニャン、エニャンはこの町の司教として神に選ばれた」と言わせたからである。
司教に在職して60年目、フン族がガリアに侵攻した。
彼らを率いるアッティラ王は、「我が行くところは、どこであろうと星が落ち、大地が震える。我は世界の槌である」と豪語していた。
行軍の道中にある町はすべて破壊され、今やオルレアンに向かって進軍していた。
そこで、祝福されたエニャンは、ローマ軍を指揮する貴族アエティウスがいるアルル市へ行き、この大いなる危機に際して救援を要請した。
救援の約束を得て、聖エニャンは司教座に戻ったが、そこはすでに異民族の戦士たちに包囲されていた。
フン族は城壁に穴を開け、攻撃の準備をしていた。
祝福された聖人は城壁にのぼり、ひざまずいて祈りを捧げたあと、敵に向かって唾を吐いた。
神の意志により、唾液の一滴に続いて天空のすべての雨粒が降り注いだ。
嵐が起こり、激しい雨が異民族の野営地に降り注いだため、彼らの陣地は水浸しになった。テントは風の力でひっくり返され、多くの者が雷に打たれて命を落とした。
雨は3日間降り続いたが、その後、アッティラ王は強力な兵器で城壁を攻撃した。
住民は、城壁が崩れるのを見て恐怖におびえた。
抵抗の望みが尽き、聖アニャンは司教服を身につけるとフン族の王のもとへ行き、オルレアンの人々を憐れむよう懇願し、もし人々に過酷な仕打ちをするなら神の怒りが降りかかると脅した。
しかし、これらの祈りと脅しは、アッティラ王の心を和らげることはなかった。
司教は信徒たちのところに戻ると、「あとは神を信じる以外に何もできないが、救いは必ずあるだろう(神は見捨てない)」と警告した。
そしてまもなく、約束したとおりに、神はローマ人とフランク人によって町を救った。彼らは大いなる激戦でフン族に立ち向かった。
愛する町が奇跡的に救われた後、聖エニャンは主のもとで眠りについた。[500]
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それゆえに、イングランド軍によるこの大いなる危機に際し、オルレアン市民は聖ユヴェルテと聖エニャンに援助と救済を求めた。聖エニャンがこの世で成し遂げた奇跡に基づき、人々は彼が天国にいる今、奇跡を起こす力を推し測った。
この二人の懺悔者はそれぞれブルゴーニュ郊外に教会を持ち、そこで聖遺物が厳重に守られていた。[501]
当時、殉教者と懺悔者の遺体は熱心に崇拝されていた。
時には、遺体から徳を示す癒しの香りが漂うと言われていた。
宝石で飾られた金色の聖遺物箱に納められ、これらの聖なる遺物によって成し遂げられない奇跡はないと考えられていた。
1428年8月6日、オルレアンの聖職者たちは聖ユヴェルテの聖遺物箱がある教会に行き、城壁の加護を得るために聖遺物を城壁の周りに運びこんだ。聖遺物箱は町中を練り歩き、その恩恵に預かろうと、すべての人々があとに続いた。
9月8日には、重さ110リーブル[502]の「トルティス」が聖エニャンに捧げられた。
困った時は、聖人たちの恩恵を得るためにあらゆる種類の贈り物、衣服、宝石、貨幣、家屋、土地、森林、池が捧げられたが、天然の蜜蝋は特に喜ばれると考えられていた。
トルティスとは「蜜蝋の輪」のことで、その上にろうそくが置かれ、市の紋章を冠した2つの盾型紋章が刻まれた[503]。
こうしてオルレアンの人々は、自分たちの町を守るためにあらゆる策を講じ、尽力した。




