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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第四章 ナンシー/ヴォークルール/聖カトリーヌ・ド・フィエルボワ

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4.5 聖カトリーヌ・ド・フィエルボワの聖域

 ジアンの町から、小さな一行はベリー公領(ベリー公は王太子が保有する称号のひとつ)の北の境界線に沿って進み、ブレゾワ地方に入り、おそらくセル=シュル=シェールとサン=テニャンを経由してトゥーレーヌ地方に入ったあと、フィエルボワの緑豊かな斜面に到達した。[461]


 そこには、農民の少女ジャンヌと毎日親しく語り合った二人の聖女うちのひとり、聖カタリナ(カトリーヌ)のもっとも有名な聖域があった。フィエルボワは多くの巡礼者を受け入れ、偉大な奇跡を起こした場所だった。


 この地で、聖カタリナの信仰に関する起源は、王国の武断と護国に関わるフランス史初期までさかのぼる。


 シャルル・マルテル(メロヴィング朝フランク王国の宮宰)は、ポワティエでサラセン人(異教徒のこと)に勝利した後、聖カタリナの礼拝堂に剣を奉納したことで知られている。[462]

 しかし、それ以来、フィエルボワの聖域は長い間ずっと放置され、人々に忘れられて荒廃していたことは認めざるを得ない。


 ドンレミの乙女が訪れる40年以上も前、森の奥深くにあるその聖域の壁は、イバラのやぶに覆われていた。


 当時、男女を問わず聖人たちは、不敬な扱いを受けていた場合、信心深い人のもとへ現れて、地上で自分が受けている行為について訴えることは珍しくなかった。

 聖人たちは修道士や農民や市民の前に現れて、信者の不敬について激しい言葉で非難し、自分への礼拝を再開して聖域を修復するよう命じた。


 そして、この地で、聖カタリナはまさにこれをやった。


 1375年、フィエルボワ近郊に住む騎士ジャン・ゴドフロワのもとに聖カタリナが現れ、彼女の礼拝堂にかつての輝きと名声を取り戻すように訴えた。騎士は盲目で、手足の麻痺に苦しんでいたが、聖カタリナは「シャルル・マルテルが剣を奉納した場所で9日間祈りを捧げれば、体を治す」と約束した。


 ジャン・ゴドフロワは、人々に運ばれて寂れた礼拝堂に向かおうとしたが、その前に、彼の召使いたちが斧でイバラの茂みを切り開いて道を作らなければならなかった。


 聖カタリナは約束通り、ジャン・ゴドフロワの目と手足の機能を回復させた。

 この奇跡によって、トゥレーヌ地方の人たちが軽視していた聖女の栄光を思い出させた。礼拝堂は修復され、信者たちが再び巡礼するようになり、奇跡がいくつも起こった。


 最初、聖カタリナの奇跡は病人を癒すことだった。

 その後、この地が戦争で荒廃すると、聖カタリナの奇跡にすがる捕虜をイングランド人の手から解放することが、彼女のご利益となった。


 ある時は、捕虜を衛兵から見えなくし、またある時は、ロープや鎖や錠前などの拘束具を壊した。例えば、1418年にボーモン=シュル=オワーズの守備隊に捕らえられたカザン・デュ・ボワという貴族の場合がそうだ。

 ロープでかたく縛られて鉄製の檻に監禁され、見張りのブルゴーニュ人が居眠りしているときに、彼は聖カタリナのことを思い出し、栄光ある乙女に身を捧げた。すると、すぐに檻が開いた。


 時には、イングランド人を拘束して捕虜の鎖を外し、身代金なしで解放させることもあった。それは偉大な奇跡だった。


 ルザルシュ近郊にあるサン=ソヴールのペロ・シャポンにも大いなる奇跡が起こった。ペロは1カ月間、イングランドの牢獄に拘束されていたが、聖カタリナに身を捧げて眠りについた。目覚めた時には、拘束されたまま自分の家に帰ってきていたという。


 一般的に、聖カタリナは「自分自身を助ける人」を助けた。

 1429年にベレーム城に囚われていたソミュール市民のジャン・デュクドレーの場合がそうだ。

 彼は、自分の魂を聖カタリナに敬虔に捧げると、自力で脱獄して、看守の首を絞め、城壁をよじ登り、槍2本分の高さから飛び降り、自由の身となって田舎へ逃れた。[463]


 おそらく、イングランド軍がフランスでもっと大きな勢力を持っていたら、こうした奇跡はそれほど頻繁には起こらなかっただろう。

 しかし、イングランド軍の兵力は少なく、支配下のノルマンディー地方で町に立てこもり、ひらけた平野を傭兵に明け渡した。傭兵はその地域を通過する輸送隊を襲って捕らえることが多かったため、聖カタリナの介入が大いに促進された。[464]


 聖カタリナの信者となり、彼女に救出された捕虜たちは、フィエルボワの聖地へ巡礼して誓いを果たした。彼女の礼拝堂に、捕虜たちを縛っていたロープや鎖などの拘束具、彼ら自身が身につけていた甲冑、そして特別な時には敵の甲冑を吊るした。


 ジャンヌがフィエルボワに来る9カ月前、ジャン・デュ・シャステルという騎士がまさにそうだ。


 デュ・シャステルはある隊長から逃れて自由になったが、隊長は「名誉にかけて宣誓したのに、誓いを破った」と主張して反逆罪で訴えた。デュ・シャステルは「宣誓していない」と主張して、隊長に一騎打ちの決闘を挑んだ。


 戦いの結果、フランスの騎士が正しいと証明された。

 聖カタリナの助けで、デュ・シャステルが勝利したのだ。


 その見返りに、彼はフィエルボワにやって来て、彼の主人である「オルレアンの私生児」とラ・イル隊長、その他数名の貴族の前で、打ち負かしたイングランド人の鎧を聖なる守護者に捧げた。[465]


 ジャンヌは、このような奇跡やそれに類する話を聞いたり、礼拝堂の壁にたくさんの武器がぶら下がっているのを見て、喜んだに違いない。


 いつもジャンヌのもとを訪れて助言を与えてくれた聖女が、ガッデム人(イングランド人)によって拘束されて、檻や穴に閉じ込められたり、木に吊るされた哀れな兵士や農民の友であると、これほど明白に示されたことを、きっととても喜んだだろう。


 ジャンヌは礼拝堂で祈りを捧げ、ミサを2回聞いた。[466]


(※)『上巻・第四章 ナンシー/ヴォークルール/聖カトリーヌ・ド・フィエルボワ』完結。

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