3.7 ヴォークルール再訪:下宿先での暮らしぶり
この町でジャンヌは、いとこのラッソワの友人であるアンリ・ルロワイエとその妻カトリーヌという貧しい人のもとに滞在した。
善良な独身女性らしく、ジャンヌは糸紡ぎをして時間を費やし、ささやかな財産を貧しい人に与えた。また、カトリーヌと一緒に教区教会に通っていた。[391]
朝、特に敬虔な気分のときには、斜面に町の屋根がひしめいている丘を回り込み、サン・マリー=ド=ヴォークルール礼拝堂へ登っていった。
フィリップ六世の時代に建てられたこの参事会教会は、ヴォークルールの司令官が住む城に隣接していた。由緒ある石造りの身廊は、東に向かって堂々とそびえ立ち、そこから広大な丘と牧草地、そしてジャンヌが生まれ育った谷を見下ろしていた。
ジャンヌはミサに出席して、長い間祈りを捧げていた。[392]
礼拝堂の下にある地下室には、古くから深く崇拝されてきた「ノートルダム・ド・ラ・ヴォート(丸天井の聖母、Notre-Dame-de-la-Voûte)」と呼ばれる聖母マリア像があった。[393] この像は奇跡を起こし、特に貧しい人や困っている人のためにあらわれると信じられていた。
ジャンヌはこの暗く寂れた地下室に留まることを好んだ。聖女たちが喜んでよく訪れたからだ。
ある日、まだ子供といえるほど若い聖職者が、礼拝堂で聖女たちが現れるのを待ちながら、ジャンヌが動かずに手を握り、頭を後ろに反らし、涙でいっぱいの目を天に向けている姿を目撃した。
その恍惚とした光景は、彼の心に生涯刻み込まれた。[394]
ジャンヌは頻繁に告解(懺悔)をおこない、主にヴォークルール教区の司祭ジャン・フルニエに告白していた。[395]
下宿先の女主人であるカトリーヌは、ジャンヌの善良で優しい生き方に心を打たれていたが、ある日、ジャンヌが言ったこの話に、深く心を揺さぶられた。
「フランスは一人の女によって破滅し、ロレーヌ辺境の乙女によって救われると予言されているのを知らないの?」
この女主人(ルロワイエの妻)は、デュラン・ラッソワと同様に、ヘロディアと同じくらい邪悪な心を持ったイザボー王妃が、百合の王国フランスとカトリーヌ王女をイングランド王に譲り渡したことをよく知っていた。
それ以来、彼女は、ジャンヌが予言で告げられた乙女であると信じるようになった。[396]
この敬虔な乙女は、信心深い人々や高貴な身分の男性たちと会話を交わし、誰に対してもこう言った。
「私は優しい王太子の所へ行かなければなりません。これは天の王であるメシエの意志です。私は天の王に遣わされたのです。たとえ地を這ってでも行かなければなりません」[397]
ジャンヌはこのような性質の啓示を、ウルシュ領主のオベール卿に伝えた。
彼は善良なフランス人で、アルマニャック派(シャルル七世の味方)に属していたので、4年前からイングランドとブルゴーニュ人を相手に戦っていた。
ジャンヌは彼に、「自分は王太子のもとに行かなければならない」と言い、「王太子のところへ連れて行ってほしい」と頼み、そして「そうすることで彼には比類のない利益と名誉が与えられるだろう」と告げた。
ついに、ジャンヌの啓示と予言によって、彼女の名声は町中に広まり、彼女の言葉は良いものであると認められるようになった。[398]




