原著者アナトール・フランスによる英訳版・序文
(※)1908年にフランスで初版発行。翌年にイギリスで英語版を発行するときに、原著者アナトール・フランス自身が寄せた序文です。英語版のみ収録。
————————————————————————————
序文・英語版発行に寄せて(Preface -To The English Edition-)
————————————————————————————
この本は学者の皆さんに注目され、多くの方から温かい評価をいただいた。これは、私が歴史研究と正確さの確立されたルールをすべて守って執筆したことを理解してくださったからに違いない。彼らの優しさに心から感謝している。特に、ガブリエル・モノド、ソロモン・ライナッハ、ジェルマン・ルフェーヴル=ポンタリスには格別に感謝している。彼らは本書にいくつかの誤りを発見されましたが、それらの誤りは今回の版では修正されている。
イングランドの批評家たちには、特別な感謝の気持ちを抱いている。彼らはジャンヌ・ダルクの記憶について敬虔な熱意を捧げている、それはほとんど贖罪の礼拝に近いほどだ。アンドリュー・ラング氏の私の参考文献に対する称賛すべき配慮のおかげで、私はいくつかを修正し、いくつかを追加することができた。
唯一、聖人伝(Hagiography)の作家だけが公然と敵対している。彼らは、事実を説明する方法ではなく、事実を説明したこと自体を非難している。私の説明が明確で、自然で、合理的で、もっとも権威ある資料に基づいているほど、彼らは不愉快になるようだ。彼らはジャンヌ・ダルクの歴史が神秘的で、完全に超自然的な現象であり続けることを望んでいる。
私は、乙女を命ある人間としてよみがえらせた。
それが私の罪である。
私の作品を非難することに熱心なこれらの異端審問官たちは、この本の中に重大な欠陥や明白な不正確さをひとつも見つけることができなかった。彼らの厳しさは、いくつかの誤字脱字と印刷ミスを指摘することで満足せざるを得なかった。「私の心の高慢な弱さ」をこれほど満足させてくれるお世辞があるだろうか?
1909年1月、パリにて。




