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教皇庁に禁書指定されたジャンヌ・ダルク伝  作者: しんの(C.Clarté)
上巻・第一章 幼少期

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1.7 村の防衛対策

 1419年、ある男爵がサンディエの兄弟、ディディエとデュランに戦争を仕掛けた。理由はどうでもいい。


 この戦争も他の戦争と同じように、村人たちが犠牲を払わなければならなかった。

 兵士たちがヴォークルールの領地全体で戦っていたため、ドンレミ村の住民は安全を確保する対策を考え始めた。


 ドンレミ村には、川が二股に分かれて形成された中州の角にある草地に城があった。二股の支流のひとつ、東側の流れはずいぶん前に埋め立てられていた。[224]


 この城には、聖母マリアの礼拝堂、防衛設備の整った中庭、幅が広くて深い堀に囲まれた大きな庭園があった。


 この城は、かつてブールレモン領主の住居だったが、一般に「島の要塞」と呼ばれていた。

 最後の領主は子供を残さずに亡くなったため、その財産は姪のジャンヌ・ド・ジョアンヴィルに相続された。

 しかしジャンヌが生まれた直後、領主の姪はロレーヌの男爵アンリ・ド・オジヴィリエと結婚し、オジヴィリエの城とナンシー公爵の宮廷に住むようになった。彼女が去って以来、島の要塞は無人のままだった。


 村人たちはこの要塞を借りて、略奪者の手の届かないところに道具や家畜を安全に保管しようと決めた。賃貸は競売にかけられた。


 ドンレミ村のジャン・ビジェとジャンヌの父ジャック・ダルクが最高額の入札者となり、十分な担保を用意したので、彼らとオジヴィリエ夫人(亡き城主の姪)の代理人の間で賃貸契約が結ばれた。

 要塞、庭園、中庭、そして領地に属する草地は、1419年の「洗礼者ヨハネの日」から9年間、ジャン・ビジェとジャック・ダルクに貸し出され、その対価として年間14リーブル・トゥルノワ[225]と小麦3イモー[226]が支払われた。

 2人の主要な賃借人のほかに、5人の副賃借人がおり、その中で最初に挙げられたのはジャック・ダルクの長男であるジャックマンだった[227]。




 この対策は役に立った。

 まさにその年、1419年、ロベール・ド・ザールブルック(コメルシーの貴公子)とその仲間たちは、マクセ村でディディエとデュラン兄弟の手下と遭遇した。マクセ村の茅葺き屋根は、ムーズ川の対岸、グルー村の向こうにある樹木が生い茂る丘のふもとに見えた。


 両軍はここで戦闘を繰り広げ、勝利したコメルシーの貴公子は35人の捕虜を捕らえた後、いつものように高額の身代金と引き換えに解放した。


 これらの捕虜の中に、地主のティエセラン・ド・ヴィッテルがいた。彼の妻はジャック・ダルクのジャンヌを洗礼式で抱いた名付け親のひとりだ。

 ジャンヌは当時7歳かそれより少し上だったが、村の丘のひとつから、彼女の名付け親の夫が捕虜になった戦闘を見ていた。[228]


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