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0.01秒の距離  作者: 桜田門外
1年生編
5/6

疑念

トラックを半周ほど流して、スタート位置に戻る途中だった。

ふと、視線を感じる。


視線の方に目を向けてみる。

校舎の壁は、ところところ塗装が剥がれていた。

真っ白だったはずの外壁は、日に焼けて薄い灰色になっている。

窓枠の金属は少し錆びていて、ガラスには細かい傷がついている。


やっぱり総凌の校舎は綺麗とは言い難い。

でも古いなりに整備はされていて、「使われている場所」特有の匂いがあった。


そんな校舎の1階。

運動場方面にある靴箱前に彼女は立っていた。


……宮瀬だ。

腕を組んで、こっちを見ている。誰かと喋っているわけでもなく、スマホを触っているわけでもない。ただ、じっと。


「……?」


気づいた瞬間、目が合った。と思ったら、すぐ逸らされた。

なんだ今の。


もう一度スタートラインに立つ。ブロックの前で、軽く足首を回す。

……いや、待て。

さっきから、何本か走ってるけど。そのたびに見える。あの位置にいないか?


校舎の影。フェンス際。微妙に距離があって、見てるかどうか分からない場所。


――もしかして。

「……俺のこと、好きとか?」


前も突然話しかけてきたしな。確かに俺はイケメンとまでは行かないが顔は悪くないはずだし、有り得なくは。。。


そんなことを思った瞬間、恥ずかしさが一気に来た。

何考えてんだ。自意識過剰すぎる。

スタートの合図がかかる。


「オン・ユア・マーク」


構える。余計なことを考えるな。


号砲。


一歩目。

二歩目。


地面を押す感覚が、少し遅れる。

上体が早く起きる。腕が先に振れて、脚が追いつかない。


――固い。

自分でも分かる。

スピードに乗る前に、力を使いすぎている。加速に入るまでが、どうしても重い。

50メートルを過ぎてから、ようやく流れが合う。ピッチとストライドが噛み合ってくる。


遅いわけじゃない。でも、強くもない。

ゴールして、惰性で数歩流す。

久我先輩が、少しだけ顎を上げた。


「今の、出だし」


「……はい」


「脚より、先に気持ちが行ってる」


それだけ言って、目を逸らす。

難しいことを言われているのは分かる。でも、少しだけ、分かる気もした。


――焦ってる。

誰かに追いつきたいとか。置いていかれたくないとか。

そういうのが、全部、最初の一歩に出ている。


ふと、フェンスの方を見る。

また、宮瀬がいた。

今度は、こっちを見ていない。でも、なぜか、さっきより近く感じた。

……いや、集中しろ。


全体練習が終わり、トラックに集合がかかった。

監督が、いつもより少しだけ前に出る。


「来週、記録会をやる」


ざわっと空気が動く。


「市内大会のメンバーを決める」


それだけで、十分だった。

「全員、条件は同じだ。 自己ベストも立場も関係ない。 “今、走れるやつ”を出す」


視線が、自然と短距離組に集まる。

茶南先輩と庵原先輩は、いつも通りだ。変わらない。


今の俺は久我先輩に勝てるのだろうか。

走ってみたら意外と大丈夫なのかもしれない。


でも――

俺は、さっきの一歩を思い出していた。

固いスタート。遅れた加速。

走りは、正直だ。

見てる人は、ちゃんと見ている。

フェンスの向こうに、宮瀬がいる気がして、でも、振り返らなかった。


次に見るときは、走ってる最中でいい。

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