走っていない時間
「ほんとになんの曲なんだこれ」
うちの高校は誰の意向なのか分からないが、練習中にデカめのスピーカーから陽気な音楽が流れている。
今流れているのは多分、KーPOPなのか?
多分茶南さんとかが考えたんだろうな。
今日の放課後練習もいつもと変わらずジョグからドリル、スタート、リレー。
なんのためにこの練習をするのか、常に考えながら行動しろ。と言われても中々できないもので、なんの曲なのか予想を頭の中で楽しんでいるところだ。
今日は全体練習のあと、各自調整になった。あの監督、実は放任主義なだけなのではなかろうか。
今日もトラックの外では、他の種目の奴らが騒いでいる。
笑顔でハンマーを振ってるやつ。助走で叫んでる走幅跳の先輩。ジョグしながらずっと喋ってる中長距離。
同じ陸上部でも、やってることは本当にバラバラだ。
それにしても笑顔でハンマー振ってるのは本当に怖いからやめて欲しいものだ。
俺は久我先輩と一緒に軽くスタートの確認をしていた。
「全体的に、まだ固いな」
やっぱりなんとなく言いたいことは分かるんだけどなぁ。なかなか難しい。
「……はい」
どう直せばいいのか、正直まだ分からない。でも、聞き返すタイミングも掴めない。
久我先輩は、しばらく俺の走りを見てから言った。
「焦るな。固いってのは、悪い意味だけじゃない」
それだけ言って、水を飲みに行ってしまった。
――やっぱり、口数は少ない。
放課後、少し夕焼けの色が移っている教室に戻ると、まだ何人か残っていた。俺は机に座るのはよくないと思うタイプだ。
「おっ白井じゃん 部活終わり?」
後ろの席の方で話していたクラスメイトに話しかけられる。
「そうだよ」
「おつかれー」
クラスの奴らは気さくな奴らが結構多くて、よく話しかけてくれる。
でもなんて返したらいいか微妙にわからずいつも冷たくなってしまうのだ。
「久我先輩もそうなのかなぁ。」
俺はそんなことを呟きつつも、鞄を整理する。
いや、あの人ほど無愛想ではない。はずだ
「ねえ」
唐突に、横から声をかけられた。
身長が俺より同じくら…いや俺より少し小さい茶髪ボブのクラスメイト。
宮瀬絵間だった。
「白井ってさ、足速いんでしょ」
「……まあ、普通」
いつも通り、曖昧に返す。
初めて話す人のはずなのに呼び捨て。怖い。
「普通の人はあんなに速く走れないと思うんだけどなー?」
見られてたのか。校舎の窓から。
「宮瀬さんには見ても速さはわかんないでしょ」
「速いが遅いかくらいは分かるよ! なんか走ってる時は別人みたい?」
別人。
その言葉が、少し引っかかった。
「普段は静かなのに」
宮瀬さんは少しニヤッとしながら言ってくる。指で素早くワニを作り速いでしょ!と言わんばかりにこちらを見てくる。今度は口をパクパクさせている。
……煽られてるのか?
「褒めてる?」
「どうだろ。事実言ってるだけ」
そう言って、鞄を肩にかけた。
「じゃ、お疲れ」
会話はそれだけ。
変に踏み込んできたな。でも、ちゃんと俺のこと見てくれた…のか?
なんか不思議な距離感な人だな。
翌日。
トラックでは、またリレー練習が始まっていた。
庵原先輩と茶南先輩が、相変わらず二人で動いている。
庵原先輩に無駄な会話はない。
茶南先輩は無駄な会話しかしていない。
その横で、女子の短距離組がスタート練習をしていた。
「白井」
声をかけてきたのは、朝比奈先輩だった。
「やぁっぱ1走向いてるね」
「え、あ。いきなりですね」
「理由?」
いや、俺は聞いてないんだけど。
手を顎に当て首を傾けながら、わざとらしく考えたあと、先輩は言った。
「スタート見れば分かるでしょ」
それだけ言って、すぐ自分の練習に戻っていった。
突撃も退散も速い人だ。茶南さんにちょっと似てるな。
放課後、部活用のカバンを背負い、靴を普段履き用のものに履き替え、校舎に戻る途中。
ふと、宮瀬の言葉を思い出した。
走ってる時だけ、別人。
部活じゃないところで、自分の名前が出るのは、少し不思議だった。
走ってない時間の方が、長い。
でも、この場所で走る理由は、少しずつ、増えている気がした。




