07. ≪ネザヤ玻璃の青皿≫とは
「わたしはゼファンのために、すべてを捨てるんです。……彼に恋をして、わたしは幸せだから」
ふ~……!!
ものすごく真剣に言ったオルスカの言葉に、オードは盛大なため息をついた。
その表情が……なんだかしょぼついている。眉間にしわを寄せて、唇をすぼめて。
オードの様子を見て、オルスカの胸中に反発が湧いた。
――なによッ!
「……いくつか、細かいことを聞こう。オルスカ、ジルゼリー卿は割れたお皿を自宅に持ち帰ってきたの? すり替えたという複製品は、はじめにきみが言ったように、ジルゼリー邸にあったものなのかな」
「え? ……いいえ、」
馬鹿なことを言うもんじゃない、小娘が恋を語るな! ……そんな風に小言を言われるのだと思って、身構えていたのに。オルスカはオードの意外な質問に、少々面食らう。
「ゼファンは……。ジルゼリー様は、実際には≪ネザヤ玻璃の青皿≫を、お屋敷に持って帰りませんでした。別の宝品を自宅で修復する、ということは時々あったようですけれど」
ジルゼリー卿の工房兼書斎や寝室を清掃するのは、男性執事の役目だった。自分は共用部分の掃除と洗濯、炊事手伝いを担当していたと告げるオルスカに、オードはこくこくとうなづく。
「筋書きの中で、ジルゼリー卿は修復作業のため自宅に国宝を持ち帰り、そこでオルスカがすり替えたという話になっているけれど……」
明るい褐色の瞳を光らせながら、オードはゆっくり確かめるように言った。
「ジルゼリー卿はきみにお皿を見せて、こんなことになってしまったー、と説明したわけではないのだね?」
「そうです」
「オルスカは、問題のお皿を見ていない。つまり、全然知らない」
音なく静かに、オードは立ち上がる。食器棚の戸を開けて、そこから皿を一枚取り出した。
「だからさっき、このお皿に盛られた卵やぱん、果物を見ても、別に何とも思わなかったろう?」
「……は?」
オードは一枚の皿を両手に支えて、オルスカを見下ろしていた。
それは確かに、先ほど朝ごはんがのっていた皿……。
ごく淡い、水色無地の軽い平皿だ。
「実はこれも、ネザヤ玻璃なんだな」
「……!」
オルスカは目を丸くした。
≪青皿≫と言うからには、夏の朝の空みたいに濃い青だろうと想像していたのに。こんなぼんやりした水色だったなんて!?
オードの背後、食器棚の中には、同じ薄い水色の皿が大小いくつも重ねられている。
「わたしの母が、筋金入りのネザヤ好きでね。特別公開展の機会に、見に行ったことがある。国宝≪ネザヤ玻璃の青皿≫十枚組のすがたも、はっきりおぼえているよ……。この量産品と違って、内側ふちのところに金の文様装飾がたくさん入っていた」
かたん。軽い音をたてて、オードは皿をしまった。
「……盗んだ、ということにするのであれば。国宝≪ネザヤ玻璃の青皿≫がどんなものなのか、オルスカは実物を詳しく見ておく必要があった、と思う。しかしジルゼリー卿は、きみに壊れたお皿を見せなかった。屋敷にあったという複製品も、やはり見せられたことはなかったんだろう?」
「それは、重要なことなんですか?」
オルスカは罪をかぶって、どうせ水死してしまうはずだったのだ。身体が見つかったとしても死人に口なし、盗品についてはっきり知らなくても別に支障はないのに。オードの言い方を、オルスカはいぶかしく思った。
「いや、全然どうでもいいことなのかもしれないよね。ジルゼリー卿が、割れてしまった国宝をどう処分したのか、だなんて」
「……」
「それと。イガラマ街に盗品を買い取る悪徳業者がいる、と言ったね。それは、どういう筋で知ったんだい?」
平坦なるオードの問いに、オルスカは言葉を詰まらせた。
「……よく聞く話じゃないですか。どろぼう達の巣窟があって、裏で闇の取引があって、外国へ流れていくって……みんな言っています」
「ふむ。みんな知っている話、か」
オードの言葉に、非難めいた響きはない。
しかしオルスカは自分自身の弁解の中に、小さな針のようなちくちくした痛みを感じていた。




