婚約破棄された悪役令嬢、平民商人に拾われて国一番の大富豪の右腕になります ~国を買えるレベルの金持ちと組んで、元婚約者と聖女に経済ざまぁします~
王城の大広間で、私は自分の人生が終わるはずの場面を、わりと冷めた目で眺めていた。
豪華なシャンデリア。きらきらのドレス。音楽。
そして、正面で胸を張っている第1王子アルベルト殿下。
ああ、来たな、って思う。
乙女ゲームで見た、あのシーンそのまんまだからだ。
そう、私は前世の記憶持ち。気がついたら、この国オルフェリア王国の悪役令嬢、エリス・フォン・グランツになっていた。
……で、今から婚約破棄される。
「公爵令嬢エリス・フォン・グランツ!」
殿下の声が大広間に響く。
貴族たちが一斉にこっちを見る。視線が痛い。けど、私はドレスの裾を指でつまみながら、心の中であくびをした。
「お前の数々の悪行、もはや見過ごせない!」
はいはい、テンプレ。
「アルベルト殿下、証拠もお持ちなのでしょうか」
私が静かに問い返すと、殿下は一瞬だけ言葉に詰まり、すぐに横に立つ少女を前に出した。
栗色の髪に、素朴なドレス。もとは平民だったけれど、聖女として見いだされた少女、マリア。
ゲーム本編のヒロインだ。
「証人はマリアだ! 彼女は見たと言っている!」
マリアが、うるんだ瞳で私をにらむ。
「エリス様は、わたくしにいじわるをして、侍女に冷たい言葉を……それに、平民を泥水をかけたとか……!」
それ、全部、事実は逆なんだけどね。
私が庇った侍女を、あなたが泣かせたんでしょうに。
でも、ここで必死に弁解するのは悪役ポジションとしては負けだ。
そもそも、この流れになることは、とっくに知っていた。
だから私は、すっと背筋を伸ばし、礼儀作法の教本通りに一礼した。
「殿下。お言葉はよく分かりました。では、婚約破棄を受け入れます」
大広間がざわついた。
「なっ……!?」
1番驚いているのは、殿下本人だ。
「エリス、お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか! これは、王国で1番の名門であるグランツ公爵家にとっても――」
「はい。よく分かっています。ですから、グランツ家の名誉に傷がつかぬよう、既に手は打ってあります」
「手、だと?」
殿下が眉をひそめる。
ここからが、私のアドリブタイムだ。
「まず、本日をもって、わたくしはグランツ公爵家の籍を抜きます。家からの援助も、爵位も、すべて返上いたします」
「はあっ!?」
今度は貴族たちが一斉に騒ぎ出した。
公爵令嬢が、自分から身分を捨てるなんて、普通ありえない。
「エリス、お前は正気か!?」
「いたって正気ですわ、殿下」
私は微笑む。
心臓はどきどきしているけれど、それなりに楽しくもある。
「わたくしには、既に新しい雇い主がいますから」
「……雇い主?」
「はい。辺境の小さな街で商会を営む、平民の方ですわ」
ざわ……っと、空気が変わる。
そう。私はこの1年、ゲームの筋書きが動き出す前から、こっそり準備していた。
前世の知識を使って、この世界にまだないお菓子を作ったり、保存のきく調味料や、簡単な文具を考案して、その商人に卸していたのだ。
その商人の名前は、ライル・クロス。
「エリス! お前、公爵令嬢の立場を捨てて、平民に仕える気か!」
「ええ。だって、わたくしの作った物を、いちばん素直に褒めてくれたのは、彼ですもの」
殿下は顔を真っ赤にして怒鳴る。
「物好きな男だな! エリス、お前のような冷酷な悪女を――」
「殿下」
私はそこで、わざと声を少しだけ冷やした。
「殿下は、わたくしがいつどこで、誰を傷つけたのか、ご存じで? 具体的に、日付と名前を挙げてくださいませ」
「そ、それは……マリアが……!」
「すべて『聞いた話』だけで、人を断罪なさるのですね?」
静かな沈黙。
殿下の視線が泳ぐ。
マリアが袖を引っ張る。
「殿下……エリス様を庇う必要なんて……」
「マリア……お前が言ったから……!」
……うん。そろそろ、いいかな。
「まあ、もうどうでもよろしいのです」
私はふっと笑った。
「殿下は、マリア様とお幸せに。王国の未来、期待しておりますわ。わたくしは明日には、荷物をまとめて王都を出ます」
「待て、まだ話は終わっていない!」
「いいえ、殿下。婚約破棄はもうお決めになったのでしょう? それなら、ここにこれ以上いる理由はありません」
私はドレスの裾を広げて、深々と一礼した。
「今まで、婚約者としてのふりをさせていただき、ありがとうございました」
それだけ告げて、くるりと背を向ける。
大広間の扉までの道が、自然と開いていく。
人々の視線の中を歩きながら、私は胸の奥でひそかに呟いた。
――さよなら、シナリオ通りの人生。
――ここからは、私の好きにさせてもらうから。
◇ ◇ ◇
それから、1年。
私は辺境の街、バルドの一角で、商会の店先に立っていた。
「エリスさん、新作プリン、今日も完売ですよ!」
店の看板娘のミーナが、満面の笑みで駆け寄ってくる。
「やったわね。じゃあ、明日は少し多めに仕込みましょうか」
「はーい!」
ここバルドは、王都から馬車で7日ほど離れた小さな街だ。
でも今や、毎日のように人が出入りしている。
理由は簡単。
うちの店でしか買えない、お菓子と調味料と、便利グッズが大人気だからだ。
「エリス、こっちの在庫表、確認してくれるか」
低く落ち着いた声に振り向くと、カウンターの向こうから、彼が手を振っていた。
ライル・クロス。
一見普通の、少し地味な黒髪の青年商人。
でも、私にとっては命の恩人であり、雇い主であり……最近は、それ以上の何かになりつつある人だ。
「ライルさん、この数字、塩キャラメルの在庫、もう少し多めに見ておいた方がいいです。次のキャラバンで、東側の領地にも出したいんでしょう?」
「お、さすがエリス。考えてたこと、先に言われたな」
「なんとなく、顔に書いてあったので」
「書いてたか?」
ふふ、と笑うと、ライルさんも少し照れくさそうに笑い返す。
こんなふうにして、私の日常は穏やかに、だけど忙しく過ぎていく。
王都のきらびやかな生活は、もう遠い昔のことみたいだ。
……あ、ちゃんと王都の貴族から、めちゃくちゃ噂されてるらしいけど。
『公爵令嬢が平民に落ちた』とかなんとか。
落ちてないけどね? むしろ人生の満足度は上がってる。
そんなある日のことだった。
昼下がり。
店の前に、見慣れない紋章の馬車が止まった。
「お客様かな?」
「紋章……王都の直轄の使者だな」
ライルさんの表情が、わずかに硬くなる。
扉が開き、立派な服を着た役人風の男が降りてきた。
「クロス商会の主はどなたかな」
「私ですが」
ライルさんが一歩前に出る。
私は少しうしろで様子をうかがう。
「王都よりの使者である。国王陛下からの書状を持参した」
国王陛下。
その言葉に、周囲の客たちもざわついた。
王都と、ここバルド。
今の私の生活は、ほとんど接点がないはずなのに……。
役人は、1通の封筒をライルさんに差し出した。
王家の紋章入り。確かに本物だ。
「中身を確認しても?」
「もちろんだ」
ライルさんが封を切る。
すぐ隣までにじり寄って、私も一緒に文字を追った。
そこには、簡潔にこう書かれていた。
『王都の財政が逼迫している。クロス商会の協力を請う。特に、グランツ公爵家の代わりとなる財政支援と、新規事業の提案について――』
私は目を瞬かせた。
「……は?」
グランツ公爵家は、この王国の財政を支えてきた大商家でもある。
でも、私が縁を切ったあと、父が王都のやり方に嫌気がさして、税の優遇や援助をほぼ止めた、って噂は聞いていた。
そこへ追い打ちをかけるように、王子様と聖女様の浪費と失敗。
商人たちが次々と見切りをつけて、王都から引き上げているらしい。
――ゲームには、そんな展開、なかったんだけど。
「エリス」
名前を呼ばれて、顔を上げる。
ライルさんが、いつもの柔らかい笑顔ではなく、どこか真面目な目をしていた。
「少し、裏で話せるか?」
「……はい」
私は役人と客たちに軽く頭を下げ、店の奥の事務室に入った。
扉を閉めると、外のざわめきが少し遠のく。
「王都の財政がやばいって話は、前から噂で聞いてた。けど、わざわざ直々に書状を寄越してくるってことは、本当に首が回らなくなってる」
「そこまで酷いんですね」
「ああ。で、エリス」
ライルさんは、書状を机の上に置き、まっすぐ私を見た。
「俺はたぶん、協力を求められる側として、この国と向き合うことになる」
「……求められる側?」
その言い方に、少し違和感を覚える。
ライルさんは、苦笑した。
「そろそろ、ちゃんと話しておくべきだと思ってた。エリス、お前に隠してたことがある」
心臓が跳ねる。
隠しごと。しかもこのタイミングで。
「隠しごと、ですか」
「俺は、ただの一商人じゃない。クロス商会は、王都どころか、この大陸全体に支店を持ってる。現当主は、俺だ」
「……え?」
「簡単に言えばだな。今のクロス商会の資金力なら、この国1つくらい、かなり本気を出せば買える」
ぽかん、と口が開きっぱなしになった。
え、ちょっと待って。
「国を、買える……?」
「比喩だけどな。でも、それくらいの立場ってことだ」
ずっと、辺境の商会支店の主、くらいに思っていた。
でも本当は、大陸最大級の商会の、総帥。
身分差、逆じゃない?
「なんで、それを隠してたんですか……?」
「お前が、公爵令嬢だったからだ」
ライルさんは、少しだけ目を細めて笑った。
「いろんな貴族が、俺のところに娘を押し付けに来る。そのたびに、面倒だなって思ってた。だから辺境に出てきて、身分を伏せて、こぢんまり商売してたんだ」
「……それで、たまたま、そこに落ちてきたのが、身分を捨てた元公爵令嬢だった、と」
「そういうこと」
なんだそれ、運命ってやつなの?
「で、本題だ」
ライルさんの声が、少し真剣味を増す。
「国王陛下は、クロス商会に助けを求めてきた。でも、ここで俺が何も条件を出さずに助けたら、また同じことを繰り返すだけだ」
「……そうですね」
「だから、条件を提示する。財政の立て直しを任せること。それから――」
そこで、ライルさんは一瞬、言葉を切った。
「エリス。お前と一緒に、その仕事をやりたい」
「え?」
「前にも言ったよな。お前の考える商品は、いつも面白くて、ちゃんと数字になる。誰かを傷つけるんじゃなく、誰かを喜ばせるやり方で、金を動かせる」
真っ直ぐすぎる視線に、頬が熱くなる。
「それに……」
「それに?」
「俺個人の条件としては、その、エリスに――」
コンコン、と、無情にも扉がノックされた。
「ライル様ー! 使者の方が、お返事を急いでおられますー!」
ミーナの声だ。
……空気、読んで。
私は思わず苦笑してしまう。
ライルさんも、肩をすくめた。
「続きは、あとでだな」
「気になる言い方を、途中で止めないでください」
「悪い。とにかく、エリスの答えがほしい」
ライルさんは、私の両手をそっと取った。
指先から、心臓にかけて、じん、と熱が走る。
「一緒に、王都に行ってくれないか。国を立て直す話し合いの場に、お前の頭と、お前の言葉が必要だ。それと――」
また、少しだけ笑って。
「前婚約者と、その新しい聖女様に、きっちり現実ってやつを見せてやろうぜ」
……ああ、なるほど。
これが、ざまぁの本番か。
私は、ゆっくりと息を吸い込んで、うなずいた。
「分かりました。行きましょう、王都へ」
「よし」
「ただし、1つ条件があります」
「条件?」
「向こうで、殿下とマリア様に会うとき、隣に立つポジションは、しっかり考えておいてくださいね」
「隣?」
「クロス商会総帥の、正式な右腕として。……それ以外の意味は、まだ聞いてあげません」
自分で言って、自分で赤面する。
でも、ライルさんは、驚いたあと、嬉しそうに目を細めた。
「了解。じゃあ、その『それ以外』の意味は、王都から帰ってきたら、ちゃんと聞かせてもらう」
「……検討しておきます」
そう答えながらも、心のどこかで、もう答えを出しかけている自分がいる。
婚約破棄された悪役令嬢と、身分を隠していた大富豪商人。
私たちはいま、新しいざまぁ劇場の幕を上げようとしていた。
王都が、どんな顔をするのか。
アルベルト殿下とマリアが、どんな表情で私たちを見るのか。
少しだけ、楽しみだ。
◇ ◇ ◇
そして、数日後。
王都に着いた私たちを待っていたのは、想像以上に荒れ果てた城下と――
「エリス……? 本当に、エリスなのか……?」
やつれた顔でこちらに手を伸ばしてくる、かつての婚約者、アルベルト殿下の姿だった。
ざまぁの舞台は、まだ始まったばかりだ。
読んでくださってありがとうございました!
婚約破棄された悪役令嬢と、国を買えるほどの大富豪商人という、だいぶロマン盛り盛りな組み合わせで書いてみましたが、少しでも楽しんでいただけていたらうれしいです。
もし
・続きが読みたい
・ライルいいじゃん
・殿下ざまぁ待ってる
と少しでも思っていただけたら、
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数字が増えると、作者のやる気と更新速度が本気で変わります。
感想や、好きなシーン、もっとこういうざまぁが読みたい、など一言でもコメントをいただけると、ニヤニヤしながら何回も読み返します。
ここまでお付き合いくださり、本当にありがとうございます。
よろしければ、次のざまぁ劇場も見届けていただけるとうれしいです。




