表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/25

《第3章:記憶が触れ合うとき》



夜都の空は、今日も墨で塗りつぶしたように曇っていた。

星の代わりに、言葉にならない“囁き”が降る。

それは、誰かの祈りか、あるいは恐れか。

弥生は、静かに足を止めた。


 「……また、変わってる」


 昨日まであったはずの建物が、別の姿に変わっている。

朽ちかけた観覧車。ねじれた階段。

そして、ガラスの壁に囲まれた“空白の本屋”。

どこにも客のいない、静謐な空間。

弥生はその扉を開けることなく、ただ、佇んだ。



 その時だった。

何かが、自分の中に触れた気がした。

それは風ではなく、音でもなく……記憶のようなもの。

胸の奥で誰かの声が、かすかに鳴る。


 ――「君は、誰?」


 ハッとして振り返る。だが、誰もいない。

けれど確かに“誰か”が、すぐ近くにいた気がする。


 その瞬間、夜都の空が微かに軋んだ。

空間の端が、滲むように揺れていた。

まるで、どこかで誰かが、同じ時間に同じ記憶を見ていたかのように。




 *




 一方、アレンもまた、“記憶の泡”に触れていた。

忘却広場の片隅で、何気なく足を踏み入れた場所。

そこに、小さな泡が浮かんでいた。

淡い光を帯びたその泡に触れた瞬間、

頭の奥で、少女の囁きが響く。


 ――「また、ここに来た」


 知らないはずの声に、なぜか胸が疼いた。

見たこともない顔なのに、その声には懐かしさがあった。

アレンは思わず言葉を呟いていた。


 「……誰、なんだ。君は」


 泡はすぐに弾け、何も残さなかった。

だが、その余韻は、確かにアレンの中に残った。

誰かを“思い出しかけている”自分がいる。

それがただの錯覚ではないと、本能が告げていた。


 彼は立ち上がる。

不意に、夜都の遠く――眠らない路地の方角に、赤い光が走った。

まるで、記憶が呼んでいるかのように。


 「……行くか」


 アレンは懐のナイフを確かめ、薄く笑った。

その笑みは、哀しみに似た色を帯びていた。


 それぞれの場所で、弥生とアレンは気づき始めていた。

自分たちが、どこかで何かを分け合っていることを。


 まだ名前も知らない、あの誰かと。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ