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鬼喰らう蛇  作者: 功野 涼し


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四十八、第一回お勉強会

 芽吹は机の上に並べた数冊のノートと筆記用具を順に見て小さく頷くと、そのまま自分のいる部屋を見渡す。


 実家から追い出され急に藍鞣(あいなめ)家に転がり込んだにもかかわらず一階にあった和室を自分のために部屋として開放してくれた。家族総出で物置となっていた和室を片付けてくれたときのことを思い出すと目に涙があふれてきてしまう。


 そっと目を擦った芽吹きがもう一度小さく頷くとノートたちを束ね立ち上がる。ふすまを開けて廊下を歩き階段を前にして立ち止まる。


 上を見上げてごくりと喉を鳴らしたあとおそるおそる階段を上り始める。


 芽吹が住み始めて1か月ほど経っているが、今でも慣れない彼女は特に2階へ行くと緊張感から足取りが重くなる。音をたてないようにそーっと歩き壮介の部屋の前に立つとドアをノックしようと手を伸ばす。


 だが手は止まりドアの前にかけられた『壮介』と書かれたプレートを見つめカタカタと震え始める。伸ばしていた手をゆっくりと下ろし扉を見つめいていた目をぎゅっと閉じる。


「待たせてごめんね」


 突然かけられた声に目を開けた芽吹の瞳にドアから顔を覗かせる壮介の姿が映る。


「い、いえ……わたしが勝手に早く来ただけですから」


「ううん、僕が教えて欲しいってお願いしたんだから、僕の方が早めに準備しておかないといけなかったね。ドア閉めてたら入りにくいだろうから、今度から開けておくね」


 壮介の優しい言葉に芽吹がグスッと鼻を鳴らして涙がにじんだ目を拭う。そんな芽吹を見て微笑んだ壮介が部屋へ招くと、部屋の真ん中に用意した簡易テーブルを中心にしてお互い向かい合って座る。


 しばらくじーっとお互い見つめ合い無言の時間が流れるが、やがて芽吹が顔を赤くして下を向いてしまう。


「きょ、今日は……私たちが使う妖力についてお話をしようとおも、思います」


「うん、よろしくお願いします」


 壮介の返事にさらに顔を赤くした芽吹がコクっと頷く。自分の横に置いてあるノートを一冊手に取ると広げて壮介の方へ差し出す。


「こ、ここに書いてあるのが妖力の基本についてまとめたものです……そのっ、わたし話すの苦手なので文章に沿って教える形にしようかと……申し訳ありません」


「ううん、謝ることないよ。僕のためにまとめてくれたってことだよね。ありがとう」


 壮介にお礼を言われグスッと鼻を鳴らし涙がこぼれるが、急いで涙を拭うと充血した目を壮介に向ける。


「は、始めます!」


 気合を入れる芽吹に壮介が微笑み頷くと、芽吹の講義が始まる。たどたどしくも必死に説明する芽吹はときどき壮介を不安気に見ては、優しく微笑み頷いてくれる壮介にホッとした表情を見せ講義を続ける。


 1時間ほど続けたところで芽吹が喉を押え小さく咳ばらいを何度か始める。


「ちょっと休憩しようか」


 壮介の言葉に芽吹が泣きそうな顔をするので慌てて首を横に振ってから優しく語りかける。


「とても分かりやすかったよ。だけど僕の頭じゃ一気には頭に入らないから、ちょっと休憩を挟んでやった方が効率もいいかなって思ったんだ。何か飲み物を取って来るよ」


 壮介が立ち上がると芽吹も慌てて立ち上がる。


「芽吹さんは座ってて。ずっと喋っているから疲れているよね」


「い、いいえ。大丈夫です!」


「いいのいいの。芽吹さんは先生なんだから、せめてこれくらいさせてよ」


 ついてこようとする芽吹を制して座らせると壮介は部屋を出ていく。一人残された芽吹はどうしていいか分からず身を強張らせ、辺りを見回して喉をごくりと鳴らす。


「そ、壮介様のお部屋……」


 机や本棚ベッドと無駄なものがあまりない部屋を見渡して膝に手を置いて下を向く。ちょうどそのとき外で足音がして壮介が帰ってきたと察し緊張した面持ちで膝に置いた手をぎゅっと握る。


「ちょっと、今勉強中なんだって」


「それなら柊依もやる」


「いや柊依は詳しいでしょ!」


「そんなことはない。やる」


 ドアの向こうが騒がしく気になった芽吹が顔を向けると、勢いよくドアが開いて壮介を押しながら入ってきた柊依と目が合う。


「ひえっ……」


 いつもの眠そうな目ではあるが、目が合った瞬間圧を感じ芽吹は思わず声を上げてしまう。困る壮介と怯える芽吹をよそにドカッと乱暴に座った柊依が自分の隣をバシバシと叩く。


「勉強をするのだろ。早く座れ」


「なんで柊依が仕切ってるわけ。もぉ~大人しくしててよ」


 文句を言いながら壮介がお盆に載せたコップを並べポットから麦茶をそそいでいく。


「ごめん、台所に行ったらお茶菓子を探しに来た柊依と出会ってついて行くって聞かないんだ。悪いけどこのまま勉強を続けてもいい?」


「はっ、はい!……いいですけど……その……わたしが柊依様に教えるなど……」


「気にするな。初心忘るべからずだ」


「あ、はい……」


 柊依に押され芽吹は消え入りそうな声で返事をすると、壮介がついでくれた麦茶に口をつける。


「で、では……わたしたちが使う妖力が鬼の血由来のものだと言うこと……」


「うん、僕にはその鬼の血そのものが流れているけど濃すぎて人には扱えないって言うのは理解したよ。濃ければ強いかと思ったらそうじゃないのが残念だよ」


 苦笑いをする壮介が申し訳なさそうに唇を噛む芽吹を見て表情を緩める。


「柊依とか芽吹さんが使っている力が鬼の血由来って聞いたとき勝手に期待しただけだから。それに皆がそれぞれ持つ道具に力を流して使うんだよね。しかも幼少期から馴染ませた道具である方が力が発揮できる。であってる?」


「は、はい。そうです」


「良かった」


「さ、さすが壮介さまです」


「ううん、芽吹さんの教え方が分かりやすかっただけだよ」


 壮介の言葉に顔を赤くした芽吹が下を向いて膝に置いた手をぎゅっと握る。和やかな空気に包まれる二人をじっと見ていた柊依が壮介のわき腹を突っつく。


「壮介の血は鬼の血が濃いゆえに甘いのだ。だから妖が壮介を狙うのだ」


「それは分かったけど、なんで柊依は僕の血を……そのなんて言うか吸うんだよ。妖と違って妖祓いが僕の血を取り込んでも意味ないんでしょ」


 壮介がわき腹を突っつかれ体をよじりながら不機嫌そうな表情で言い返すと柊依がふっと笑みを浮かべる。


「無意味ではないぞ趣向品とは大切なものだ。芽吹、お前も壮介を味わってみろ。やめられない、止まらないだぞ」


「人をお菓子みたく言うのやめてくれる」


 腕を組んで自慢気に言う柊依を壮介はジト目で見る。


「わたっ、わたしが……壮介様を……あ、あじ……」


 そう呟いた芽吹が顔を真っ赤にすると目を回して倒れてしまう。


「えぇっ⁉ ど、どうしたの。ちょっと大丈夫? 柊依も手伝って」


「むむ、仕方ないな」


 倒れた芽吹を介抱することで第一回勉強会は終わりを迎えてしまうのである。

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