四十七、思わぬ御教授願いにあわあわ
里己と別れた帰り道、自分のやや後ろをついて歩く芽吹に壮介は振り返って話しかける。
「最近のお守りは可愛いのもあるんだね。日頃行かないから新しい発見があって楽しいね」
「はっ! はいっ! ……た、楽しいです」
犬の絵が描かれたお守りを掲げて見ていた芽吹は体をビクッと震わせて恥ずかしそうに下を向く。
「お守りは健康祈願にしたんだよね」
「はっはい……健康が一番大事かと……」
「うん、そうだよね」
下を向いたまま小さな声で話す芽吹を見て壮介は微笑む。そんな壮介をわずかに顔を上げた芽吹が見つめる。
「あ、あの……」
おどおどと遠慮がちに声をかける芽吹だが壮介と目が合うと下を向いてしまう。何かを言おうとしているのか体をモジモジさせる芽吹が小さく口を開ける。
「い、いえ……なんでもないです。ごめんなさい」
「聞きたいことがあったらいつでも聞いて」
壮介が口を開いた瞬間ビクッと体を震わせた芽吹だったが、かけられた言葉にポカンとした表情で壮介の顔を見つめる。
「さてと帰ろうか」
コクっと頷いた芽吹が壮介の後ろを歩き始めたとき大きく目を見開くと、焦った様子で周囲を見渡す。
やがてある建物の屋上を見た芽吹があわあわとしつつ壮介の方を見ると腕を掴む。
「ど、どうしたの?」
突然腕を掴まれ驚く壮介と目が合ってどうしていいか分からず目を泳がせる芽吹だが、掴んだ手に力を入れると壮介を引っ張って建物の影に連れ込む。壮介を壁に押し付けた芽吹が青ざめた顔のままキョロキョロと周囲を見渡す。
「どうかした?」
芽吹の力が思ったよりも強く壁にぶつけられたことによる背中の痛みを我慢しながら壮介は焦る芽吹に声をかける。
「き、狐です……」
「狐?」
想像もしていなかった言葉を聞いた壮介が首をかしげると、芽吹は影からそっと顔を覗かせてゆっくりと上を指さす。
芽吹の指先をたどった壮介はビルの上にちょこんと座る小さな狐を見つける。
「狐だね……なんであんな所にいるんだろ? それになんか細くない?」
壮介は狐に詳しいわけではないが記憶の中にある狐に比べ顔や体が異常に細く縦長な狐の姿に違和感を覚える。
「た、たぶん術式の狐です……」
「術式? 妖祓いの人が使っているとか?」
「い、いえ……匂いが妖なので……おそらく妖の術式です」
「妖も術式って使うんだ。あ~傀儡とかくねくねも何か使ってたからそんな感じかな?」
壮介の質問に芽吹は首を横に振って応える。
「え、えっとちょっと違うんです……。あれは個々の能力で生まれながらに持ってて……じ、術式は自分の力を変換して別の力を借りて行使するんです……はっ⁉ で、出しゃばって申しわけありませんっ! 索敵を続けます!」
説明している途中で壮介と目が合った芽吹が焦って謝り周囲を見回す。
「そ、壮介様。気配が消えました。何を探していたかは分かりませんが、わたしたちみたいに妖力が強い者は気をつけた方がいいかと思います……はっ⁉」
説明をしていた自分をじっと見つめる壮介の視線に気がついた芽吹がビクッと体を震わせ青ざめた顔になる。
「ごめん、見てたのは責めてるわけじゃなくて感心してたんだ。じっと見て変なプレッシャーかけてごめんね」
「だだだだっ大丈夫です! そ、壮介様は悪くありません! わたしが、わたしが悪いんです!」
謝る壮介に芽吹が全力で首を横に振って必死に否定し謝罪の言葉を並べる。それに対してゆっくりと首を横に振った壮介が芽吹をじっと見つめる。その視線の意図が読めず芽吹は怯え口を震わせ涙目になってしまう。
「お願いがあるんだけど……」
「はっ、はいっ! なんでも! なんでもしますから、頑張りますから! だから捨てないでください……」
消え入りそうな声で目をぎゅっとつぶって涙を流す芽吹に困った表情をした壮介が自分に寄りかかったまま壁に押し付けている芽吹の両肩に手を置く。
「もったいぶった言い方で脅かせてごめんね。僕に妖のこと、芽吹さんたちが使う術のことを詳しく教えて欲しいんだ」
おそるおそる目を開けた芽吹が謝り恥ずかしそうに言う壮介を潤んだ瞳で見つめる。
「初めは関係ないって思ってたけどここまで関わってしまったし、どうせなら知っていた方がいいとは前から思ってたんだ。それで誰かに教えてもらおうと考えていたんだけど、柊依や穂香さんは色々と難しそうだし里己さんも家のことがあるし、一番近くて知識がある芽吹さんにお願いしたいなって思ったんだけど……ダメかな?」
芽吹が壮介を見つめポカンと開けたまま口をパクパクさせる。
「えーっと、嫌なら断っても大丈夫だから」
「はっ⁉ いえいえいえいえ! 嫌じゃないです! で、でも……わたしが壮介様に教えるなんてこと……できるでしょうか……」
「できるよ。さっきの説明も分かりやすかったし」
声をかけても不安げに瞳を揺らす芽吹に壮介はなるべく静かに話しかける。
「なにより僕が芽吹さんに教えて欲しいんだから、受けてくれたら感謝しかしないと思うんだけど」
どうしていいか分からず瞳を揺らし続ける芽吹を見て壮介はふっと優しく笑う。
「ごめん、言い方が分かりにくかったよね。僕に妖のことを教えてもらえませんか? お願いします」
頭を下げる壮介に芽吹が目をぐるぐる回しながらあわあわと慌てふためく。
「や、やります! やらせてください! だから頭を上げてください。わたしに、わたしなんかに頭を下げてはダメで……」
「ありがとう。お手柔らかにお願いします」
芽吹の言葉を遮りお礼を言いながら壮介が微笑む。その微笑みを見て固まっていた芽吹だが顔を真っ赤にすると下を向く。
「が、頑張ります……」
下を向いたままで小さな声で返事をするが、芽吹の頬はわずかに緩んでいた。




