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鬼喰らう蛇  作者: 功野 涼し


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四十二、犬と結界

憑依(ひょうい)


 杖を握った里己が口にした言葉にボーダーコリーの神楽が耳と尻尾をピンと立てる。次の瞬間風が吹き、神楽にまとわりつき体を解いていくとそのまま里見の体を吹き抜ける。


 風が去ったあとには神楽の耳と尻尾が生えた里己の姿があった。

 右足を確かめるように何度か地面を踏むと杖を横に振る。


 勢いよく振られた杖は長くなると同時に先端から鋭い刃が飛び出す。美しいまでの穂先を携えた槍となった杖を右手に里己が不敵な笑みを浮かべる。


「妾が先導するのじゃ。露払いは主に任せたのじゃぞ」


 先ほどまで杖をついいたことを忘れさせるような跳躍力で大きく一歩踏み出し、柊依の前に出た里己が走り出す。


「むっ、そっちなのか?」


 くねくねがいる方向とは違う明後日の方向へ走り始めた里己に柊依がついて行く。


「多分じゃがの。妾は鼻が利く方じゃが歴代戌咲家の中では低い。リソースとやらを足に持っていかれとるからの」


 そう言いながらも迷うことなく駆ける里己に襲いかかるくねくねの腕を柊依がはじいていく。


「頼んでおいてなんじゃが主がサポートに回るとは驚きじゃな」


「そうか? 勝つためなら使えるものは使うぞ」


 柊依の答えに里己はふっと笑う。


「貪欲なのじゃな」


 笑みを浮べたまま走る里見が槍を低く構える。


「戌の牙、見せてやるのじゃ『甘噛(あまが)み』!」


 低い姿勢からの真っ直ぐ一直線の突きは壮介の目では追えず光の線となって放たれる。何もない場所へ向けての一撃は空中にヒビを入れる。


「結界士の妾に出会ったのが運の尽きじゃ」


 里己がヒビが入った空間を真横に斬り裂くと、そこを中心にして空気が震えすさまじい衝撃波が広がる。壮介は体を傾け腕で体を防御し暴風が過ぎ去るのを耐える。


 恐る恐る目を開けた壮介が次に見たのは両手に握った槍の穂先をくねくねに向けて、低い姿勢で構えている里己の姿だった。くねくねとは別の方向に向かっていたはずの里己と柊依がくねくねと向かい合っていることに壮介は驚く。


「お主が起こした空間のズレを利用させてもらったのじゃ」


 あぜ道の柔らかい地面を捉え強く蹴った里己が放つ一閃は、くねくねが両腕でしたガードごと貫き体を貫通する。それでも治まらない勢いによって吹き飛ばされたくねくねが田んぼに叩きつけられ水柱が上がる。


「『乱噛(らんが)み』!」


 水柱が上がった地点から伸びてきた複数の腕を、無数の孤を描く槍の斬撃が斬り払う。空中に舞う白い腕が宙にある間に踏み出した里己が田の泥をものともせずくねくねにの元に詰め寄る。


 獲物を追う犬のごとく圧倒的捕食者が見せる疾走はくねくねに反撃の間を与えず眉間に刺さった槍によって再び田んぼに沈められる。

 水柱が散らす泥の水しぶきが、先に斬ったくねくねの腕と共に降りそそぐ。


「ふむ」


 途中で拾ったのか番傘を手に持った柊依が刀を納めると持ち手を握り抜刀の構えをとる。同時に里己も槍の穂先を下に向け姿勢を低くしていつでも飛び出せる構えをみせる。


 向かい合った二人が同時に踏み込むとスタートを切って、槍と刀を持った二人が急接近する。突然の行動が理解できない壮介が慌てて思わず前に踏み出すが止められるわきもなく、一瞬で向かい合った二人がすれ違い様にそれぞれ斬撃を放つ。


 啞然とする壮介の目の前で、空中に無数の白い腕が舞う。そして二人に放った斬撃が地面へと伸びると田んぼ全体が動き始める。小さな地震のような震えに立っていることができずよろけて座り込む壮介の目の前で、田んぼの中心が盛り上がり真っ白な小さな山が顔を覗かせる。


 白い山からは無数の人の形をしたものが生えており、それぞれが体をくねくねさせ柊依と里己の前に立ち塞がる。


「これが本体じゃな。叩いたら出てきおったか」


「たぶんな」


 短く言葉を交わした二人が同時に槍と刀を振るい無数の白い腕を斬り払う。


「ちと骨が折れそうじゃな。どれ、妾が本体を捉えてやるからお主がトドメをさすのじゃ」


 そう言って里己が右手で印を結ぶと犬耳をピンと立てる。尻尾がゆっくりと揺れるなか右手の印を次々と変え最後斜め下に空を切ると、里己の周囲に小さな煙が五つほどポンポンと上がる。


 煙が晴れた場所にいたのは手のひらサイズの小さな神楽たち。小さな犬はそれぞれ伸びをしたりあくびをしたり、後ろ足で頭をかいたりと自由に行動している。


「五匹で十分であろう。さて、戌咲家の神髄みせてくれるのじゃ。いくのじゃ!」


 口角を上げ笑みを浮かべた里己の掛け声で五匹のミニ神楽は一斉に走り始める。ミニ神楽が立ち向かうくねくねの本体は、家一階ほどの高さがあり横幅は田んぼ一枚を覆うほど。そこに向かう小さな犬たちのなんと頼りのないことで、壮介は薙ぎ払われて一瞬で終わるんじゃないかとハラハラしながら見守っていた。


 案の定、振り下ろされたくねくねの一撃、だが小さすぎるミニ神楽たちを捉えることはできず、二匹が左右に分かれて飛び上る。


 そして二匹の犬が口を開けると口の中に小さな光の球が現れる。


『仁』『儀』とそれぞれ書かれた光の球の間に光が走る。光った球と球の間の光が走り繋がる。一本の線となった光の中心を別の犬が駆けて来る。


『礼』の光が当たると一本の光の線は二本となってそれぞれの犬が引っ張っていく。更に『智』『忠』の光の球を加えた犬が交差し光の糸は枝分かれしていく。


 くねくねたちが攻撃をすればするほど犬たちは避け、その度に光の糸の本数が増えていく。

 あっという間にと言う表現がふさわしく、壮介が驚いている間にくねくねは光の糸で編んだ網に囚われもがいていた。


「疲れたのじゃ。あとは任せるからしっかりトドメを━━」


 里己が言い切る前に番傘を握り構えていた柊依が大きく跳躍しくねくねの元へ飛び込む。


「なんじゃ気の短いやつじゃの」


 肩をすくめる里己の言葉を背後に残し飛び込んだ柊依が刀を抜き一閃を放ち、迫りくるくねくねたちを斬り払うと刀を番傘に納め大きく振りかぶる。


 そのまま目にも止まらぬスピードで振り下ろされた番傘は刀から抜けくねくねの本体に突き刺さり体の中を突き進む。


「『鳳仙花(ほうせんか)』」


 柊依が広げた掌をくねくねに向けると番傘が光を放ち始め体内で開く。光の残像を残し開いた番傘から光の粒がはじけくねくねの体内から飛び出してくる。


「エグい攻撃じゃの」


 いつの間にか壮介の隣にいた里己が呟くと、同じことを思っていた壮介も頷く。


 そんな二人の前で未だ空中にいる柊依が刀の先端を向けたまま構えをとる。ぐっと身を縮め空中を蹴った柊依が急降下しながらもがき苦しむくねくねに鋭い突きを放つ。


「『切華』」


 柊依が技名を呟くとくねくねの体がひび割れ、耐えきれなくなった体が弾け飛ぶ。


 黒い霧が立ち昇る中を番傘を拾って歩いて来た柊依が、手に持った黒い球を指で摘むと壮介に見せびらかしてくる。


「討伐できたんだね。良かった」


 ホッと胸を撫でおろす壮介だが柊依は無言でじっと見つめたままである。

 無言で見つめる圧にどうしていいか分からない壮介は思いついた言葉を口にしてみる。


「えっと……柊依はすごいね」


 柊依の瞳が少し揺らぎ眉間にシワを寄せて思考するがすぐに元の目で壮介を見つめ始める。


「もしかしてだけど……」


 今の行動で何かを感じ取った壮介は恐る恐る柊依の頭に手を置いて見る。


「柊依はすごいよ! よくやったね!」


 そう言ってぎこちなく頭を撫でて見ると柊依は目を細めて撫でられる。


「お主そんなやつじゃったかの?」


 満足気に壮介に撫でられる柊依を見る里己はただただ驚いて二人を見ていた。

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