四十一、妖界の新人さん
妖の強さは生み出されたときの人の思いと、世間の認知度が大きく関わってくる。と言っても認知度の低い妖であっても人の手には負えないほどの力を持っており油断はできない。
近年インターネットが発達した世界においては、昔よりも妖の認知度は一気に上がり強さも爆発的に上がる。ただ廃れるのも早く、弱くなるのも早い傾向にある。
やはり鬼のように遥か昔から認知され、多くの人が知っている者が強者であることは変わらない。だが一瞬の強さにおいては近年の妖には目を見張るものがある。
「今回討伐対象となるのは、くねくねと言う妖だ」
「あぁ~なにかの怖い話の動画かなにかで見たことがある。都市伝説とかで有名なヤツだよね? 本当にいるんだ」
おでこに札を貼られた壮介と柊依はあぜ道を並んで歩きながら言葉を交わす。
「本当にいるではなく、存在すると思えばそこに存在する」
「それって難しい概念だよね。じゃあ存在しないって思えば消えてしまうってこと?」
「一度生まれたものを全員の中から消すのは難しい。誰かしら覚えていてどこかに文献は残る。ゆえに消えたと思っても形が変わってどこかに存在するものだ」
「ふ〜ん、簡単にはいかないんだ。それじゃぁ今回のくねくねは比較的新しい妖ってことになるんだね。妖界の新人ってところ?」
「そうだ。ゆえに対処が分からず敗北する妖祓いも多い。今回も多くの妖祓いの犠牲者が出ている」
柊依の言葉に壮介はわずかに目を見開き柊依を見つめる。
「妖祓いの犠牲者? それってかなり強いってこと?」
「うむ、だから神坂家に依頼があった。依頼を受けた神坂家としても他の妖祓いたちに威厳を見せるため討伐確率の高い柊依が派遣されたわけだ。新しいと言えどもこれくらい討伐できないと鬼の討伐なんて無理だからな」
そう言って柊依は壮介を指さす。指された壮介はじっと見つめる柊依の視線に耐えきれずに思わず後ずさってしまう。
「そして柊依は妖との遭遇率を高めるために壮介を連れてきたわけだ。会えなければ討伐できないからな」
「うっ……なんとなく連れてこられた理由はわかっていたけど、はっきり言われると傷つくなぁ」
「褒めているのだぞ。数ある妖祓いの中で壮介ほど妖をおびき寄せれる者はいない」
「いやそれ全然褒めてないからね。そもそも僕は妖祓いじゃないし」
口を曲げて不貞腐れる壮介に近づいてきた柊依が壮介の胸を叩く。
「期待しているぞ」
「げほっ⁉ あいたたっ、なんでいきなり叩くの」
「ん? 相棒にはこんな感じで接するのだと志乃が貸してくれた漫画にあったぞ」
柊依の手加減があまりできていない裏拳は期待の証だったのだろうが、威力に負けた壮介は気合が入るどころかむせてしまう。
「志乃のやつ……それ他の人にしないようにね」
「おう、壮介にしかしないぞ。柊依の相棒は壮介だからな」
「素直に喜べないなぁ……」
呆れながら言った壮介が隣を歩く柊依を見てふと笑う。
「なんだいきなり。あれか? 柊依が可愛いってやつか」
「それ自分で言っちゃうんだね。それとは違って初めて出会ったときよりも表情が増えた気がするなあって思ったんだ。最初はなにを考えているか全然わからなかったけど今はなんとなくわかるもん。今ちょっと楽しいでしょ?」
壮介に言われ柊依は自分の胸を押える。しばらく押さえたあとゆっくりと壮介を見上げて首をかしげる。
「そうなのか?」
「いや……楽しいとか自分で分からないんだ……。僕から見て楽しそうに見えるからそうなんじゃないかな?」
「ふむ、じゃあそういうことにしておく」
柊依となんとも不思議な会話を終えた壮介はふっと笑うが、その目が柊依から後方へと移動して釘付けになる。
「あ、あれって……」
壮介が柊依の背後を指さすと柊依は振り返る。遠くにある田の上にある白い人のような形をしたもの。それがカカシではないのは、くねくねと動いていることから判断できるが、具体的にどんな形をしているのか認識できないどこか捉えどころない物体。
二人が遠くにいるくねくねする白い物体を見つめた瞬間、突然白くて太く長いものが鞭のように振り下ろされる。
「くっ⁉」
突然のことにも反応して番傘で受け止めた柊依が吹き飛ばされる。なにが起きたのか理解しきれない壮介は遠くにいる白い物体を見つめたままである。
壮介の視界が真っ白になった瞬間、真横から飛んできた番傘が視界から白い物を押しやる。
「姿勢を引くくしろ! 柊依たちに精神攻撃が効かないから強行手段にでたぞ」
手に持った刀で柊依が白い物をはじき払うなか、正気を取り戻した壮介は慌てて屈む。
「空間を越えるか」
遠くでくねくねした本体と思われる者は一歩も動いていないが、なにもないところから突然白い腕のようなものを振って鞭みたいにして襲いかかってくる。
柊依は出現予兆の無い白い腕が現れた瞬間反応して刀を振るってはじき返すが、攻めに転じられず防御に専念せざるを得なくなる。
数十回もの攻防を経て突然現れる腕に反応しはじいた柊依が、地面に落ちている番傘の柄を強く踏んで先端を立てる。素早く番傘を手に持った柊依が番傘を本体に向けて振り投げる。
先端を上にして投げられた番傘は本体を広げると、まるで竹とんぼのように回りながらくねくね本体に向かって飛んで行く。本体の縁がほんのりと光る番傘は失速するどころか加速して飛んで行くがくねくねに届くことなく、明後日の方へ飛んで行ってしまう。
「空間が捻じれている……芽吹も連れてくればよかったか」
くねくねにあたることなく飛んで行った番傘を見送った柊依は呟くと真上から振り下ろされた腕をはじく。
刀を振った勢いを使って体を捻った柊依が足で地面を蹴ると真横に飛び壮介の目の前に来た腕をはじく。
「厄介だな。これは妖祓いが犠牲になるのも納得だ。一気に詰め寄るしかないな」
自分の目の前で刀を振るう柊依の背中を見ながら、柊依が攻撃に転じれない原因が自分にあることに気づいた壮介が唇を噛み声を上げようとしたとき、背後に地面を踏む足音がする。
「苦戦しておるようじゃの。手を貸してやってもいいがの」
聞き覚えのある声に壮介が振り返るとそこには先ほど出会った杖をついた巫女姿の少女がボーダーコリーと並んで立っていた。
「いつの間に来た?」
「ついさっき着いたばっかりじゃ」
わずかに振り返りチラッと見た柊依と巫女姿の少女が言葉を交わすのを見て壮介は驚きの表情を見せる。
「呑気に挨拶しておる場合でもないじゃろう。どうするかの?」
「頼む」
どこか冷めた目で柊依を見る巫女姿の少女の問いに背を向けたままの柊依が答える。
その答えに巫女姿の少女は目を丸くして驚くがふと笑みを浮かべる。
「しばらく会わんうちにやけに素直になったの」
そう言って巫女姿の少女はしゃがんだままの壮介を見下ろす。
「ちと興味があるのじゃ。あの蛇のように冷たいあやつをここまで変えたお主にな。いいじゃろ、手を貸してやるのじゃ」
巫女姿の少女はついていた杖に力を込め地面に食い込ませる。
「戌咲里己助太刀するのじゃ。神楽一緒に見せてやろうぞ」
吠えるボーダーコリーを横目に見て微笑む巫女姿の少女の名乗りを聞いた壮介は驚きから目を大きく見開く。




