四十、田園風景と犬と少女
九十九折の田園風景が広がる美しい景色を眺めていると時々違和感を感じる。違和感に目を凝らすと遠くに白いものが見えると言う。それは白い布がはためいているようでもあり、人のようでもある。どちらにせよ共通して言えるのはくねくねと動いていること。
それがなんなのか知ろうと近づいたり双眼鏡など覗く、そんなことをした者は例にもれず気が触れてしまいおかしなことを呟きながら帰って来る。
最初は人の話を聞かず呟くだけだがやがて自我を失い暴れはじめ、周囲の人だけでなく自らも傷つけ静止できなくなり、最後には田園へと向かって走ってそのまま二度と帰って来なくなる。
種市夫婦が説明してくれた内容を思い出しながら壮介は種市家の周囲を歩く。
娘は行方不明になった友達を探すと、止める両親に隠れて行動していた。
ある日涙を流しながら、でも笑いながら帰って来た娘は玄関の土間で顔を押さえてもがきながらすすり泣く。
「ごめんなさいごめんなさい。見つけた見つけたの……だからあっち行かなきゃ……ああごめんなさい、帰って来てごめんなさい……もう行きます、はい、急いで、くくっ、ぷはぁっ! あははははははははっ━━」
話していたかと思うと突然気が触れたかのように笑いだし暴れる娘を取り押さえ、身動きを封じて納屋に入れ閉じ込めると医者はもちろん、有名な霊媒師から妖祓いまでを招いて今日まできたのだと言う。
今日まで一睡もせずに笑い暴れる娘の穏やかな寝顔を見れて本当に良かったと、泣きながら感謝する種市夫婦の顔に壮介は柊依の顔を重ねる。
「力技だけどこれで良かったのかな? まあ柊依が術を使って除霊みたいなことするのは想像できないし。力技なのが似合っている気もする」
『脳筋霊媒師』なる言葉が頭をよぎるが口にすると怒られそうなので心に留めておく。
壮介は家の方に目を向ける。娘の容態を神坂家に伝えるため連絡すると言ってスマホで通話をする姿を見て、普通に仕事をこなすのだとちょっぴり驚いていたりもする。
「これは失礼かな。なんだかんだで柊依は神坂家の妖祓い代表なわけだし」
お詫びの気持ちは口に出しておこうと独り言を呟いた壮介は道を挟んで広がる田園風景の方を見る。
説明に忙しい柊依にジェスチャーで外に出る許可をもらった壮介は田園の奥を目を凝らして見つめる。
「僕に流れる鬼の血のお陰で呪いとかの耐性は強いから大丈夫……か」
前に坂井一緒に行ったメイド喫茶で自分だけ傀儡に操られなかったことを思い出し小さくため息をつく。
「鬼の血が流れていることが良いのか悪いのか……はぁ~なんでこんなことになったんだろう」
うなだれた壮介の視界に黒い何かが入ってくる。妖の話を聞いていただけに体をビクッと震わせてしまうが、よく見ると黒と白模様の犬が田んぼのあぜ道に生えている彼岸花を鼻で突っついていることに気づく。
スンスンと彼岸花を嗅いでいた犬がやがて噛みつこうと口を開けたとき、壮介が声をかける。
「彼岸花には毒があるから食べない方がいいよ」
今にも食べそうだと感じ近づいた壮介を犬つぶらな瞳で見つめる。
「えーっとコリーで合ってるかな? すごく可愛いなぁ」
壮介が目を輝かせるとボーダーコリーは舌を出してはっはっはっと息を荒くし尻尾を激しく振る。
「もしかして言葉が分かるとか? なわけないか。君はどこの家の子? お名前は? んー首輪はしてないしハーネスもないと……」
壮介が情報を得ようと観察をしているとボーダーコリーは寄って来て壮介の足に体を擦りつける。
「触らせてもらえるの?」
ボーダーコリーは喋る代わりに「良いぞ存分に触れ」と言わんばかりに尻尾を振るので壮介は屈んで首のあたりを撫でる。
「うわぁふかふかだぁ。ああ可愛いなぁ」
ボーダーコリーとの触れ合いを楽しむ壮介の背後に土を踏む音と人の気配が差し込む。
慌てて振り返った壮介の目に巫女の姿をした少女が映る。
「どこに行ったかと思えば……ところでお主はなにをしているのじゃ?」
独特な喋り方をする子だと思いながら、ボーダーコリーの飼い主だと察しった壮介は慌てて立ち上がる。
「勝手に触ってごめんなさい」
頭を下げて謝る壮介を巫女姿の少女はじっと見つめていたがやがてふっと表情を緩める。
「いや、妾の方こそ迷惑をかけたようじゃ。申し訳ないの」
そう言って少女はボーダーコリーの頭を撫でる。
「可愛い犬ですね」
壮介の言葉を聞いて目を丸くして驚いた少女は微かに微笑む。
「そうか可愛いか……」
「えっと……」
「いやすまぬ、こっちのことじゃ。可愛がってもらってすまぬの」
少女の言い方にどこか引っかかるところがあった壮介は、気に触ったのかもしれないと謝罪する前に少女の方が話しを切ってしまい、これ以上は深追いしない方がいいと判断した壮介は押し黙る。
「ここはのどかなところじゃが、ちと気が乱れておる。あまり深入りはせん方がよいのじゃ」
「えっ、それは━━」
少女がどう言う意味で言ったのか聞こうとしたときには、少女は背を向けてボーダーコリーと一緒に並んで歩き始めていた。
杖をつく少女のスピードに合わせて歩くボーダーコリーを目を細めて見ていた壮介の脇腹が突っつかれる。
「いたっ」
「ぼーっとするな。いくら呪いが効きにくいとはいえ妖に襲われればひとたまりもないのだ。弱いんだからあまり離れるな」
「ごめん」
「分かればいい。壮介には妖をおびき寄せる大切な役目があるのだからしっかりしろ」
「結局僕は餌じゃん! 扱い酷くない?」
「飴やるから落ち着け」
柊依に強引に渡された飴を仕方なく口に入れた壮介は、自分の扱いの悪さを嘆きたい気持ちを飴を舐めながら落ち着かせるのだった。




