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鬼喰らう蛇  作者: 功野 涼し


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三十九、依頼を受けるということ

 ゆっくりと都心から離れていく三両編成の電車の中で壮介は隣に座る柊依をチラッと見る。

 番傘を自分の膝に立て掛ける柊依が壮介の視線に気づくと自分のスマホを取り出して壮介に渡す。


「読んでおけ。今回の依頼だ」


「いや、そもそも依頼ってなに? 誰から?」


 当たり前のように『依頼』の言葉を使う柊依に壮介がツッコミを入れる。チラッと見返した柊依がふうっと小さなため息をつく。


「そんなこともしらないのか? と言いそうな顔だけど知らないから」


「神坂家は妖から人を守るお役目がある」


「お役目って鬼を斬るじゃなかったっけ?」


「妖の中でもっとも強敵とされる鬼を斬るお役目が柊依だってことだ。もちろん鬼以外も斬るぞ」


 柊依の説明を聞きながら壮介は首をかしげる。


「鬼を斬るって言っているけど僕の血も鬼の血なんでしょ? なのに神坂家に迎えるってどういうこと?」


「妖は人とは違う血を持っている。鬼はその中でも特別で、妖がその血をすすれば無限の力を得られるとも言われている。壮介にはその血と同等の性質を持った血が流れている」


「ん? つまり正しくは鬼の血に似ているなにかってこと?」


「成分はほぼ同じだ。だから鬼の血と称して問題ない」


「その説明だと僕は鬼の血と同等のものが流れているただの人間ってことだよね。しかも弱いから妖にとっては餌でしかないと……なるほどよく襲われるわけだ」


 げんなりした顔で上を向いて遠くを見つめる壮介を横目で見た柊依が言葉を続ける。


「柊依たち妖祓(あやかしばら)いにとっても鬼の血は欠かせない。皆その血があるから妖を斬ることができる」


「だから子孫を残せって言うんだよね。意図はわかったけど、お互いの意識の確認もなしってかなり乱暴なやり方だと思うけど」


 ジト目で見る壮介の視線をじっと見つめ返していた柊依がふと視線を下に向ける。


「本来ならそうだろう。だが柊依はそうではない」


 ボソっと言った柊依の言葉の意味が理解できなかった壮介が聞き返そうとしたとき、車内アナウンスが響く。


『次は九十九折(つづらおり)、九十九折。降り口は右側になります。九十九折を出ますと次は━━』


「壮介、依頼は読んだか?」


「あ、いやまだ」


 柊依に言われ壮介は慌ててスマホの画面に視線を落とし読み始める。真剣にスマホの文字を読む壮介を隣に座る柊依はじっと見つめる。


 ***


 電車から降りて徒歩で15分程度。そこには大きな屋敷があった。


 門の近くで落ち着かない様子で辺りを見回していた割烹着(かっぽうぎ)のおばさんが近づいて来た柊依と壮介に気がつくと慌てて駆け寄って来る。


「失礼ですが神坂様より派遣された妖祓いの方でお間違いないでしょうか?」


「そうだ。柊依は神坂柊依だ」


「まあ本当に本家の方から来ていただけるなんて、あぁ~助かります。あらっ失礼いたしましたすぐにご案内いたします」


 不安そうにしたり喜んだかと思えば照れながら慌ただしくすると目まぐるしいおばさんの案内で屋敷の中へと入る。


 平屋の大きな家にある長い廊下を歩き通された部屋には中年ほどの男性と女性の二人組がいて柊依たちを迎えてくれる。


「これはこれは遠いところからよく来てくださいました。どんなに感謝しても感謝しきれません。まずはお飲み物でも━━」


「挨拶はほどほどでいい、早急と聞いているぞ」


 柊依に言われ笑顔で挨拶していた中年の男性は一転神妙な面持ちになって膝を突き手を畳みにつけてうなだれる。


「神坂様、見ていただけますか?」


 うなだれる男性に代わって女性が前に出て尋ねると柊依は無言で頷く。


「私たち種市(たねいち)家はここ九十九折(つづらおり)の地で代々農業を営み大地を耕し潤してきました」


 歩きながら説明する女性の言葉を聞いているかわからない柊依の代わりに壮介が耳を傾け相槌を打つ。


「今までも妖の被害はありましたが、地元の妖祓いによって平穏は保たれていました。ですが最近現れたあれは……」


 言葉に詰まった女性は口元を押え堪えるような仕草を見せ、ある扉の前で足を止める。


 開き戸の扉には数枚の札が貼られ、閂と大きな錠前が施されていた。その異様な雰囲気に壮介は思わず喉を鳴らしてしまう。


「今まで見たことも聞いたこともない妖、それを見た者は気が狂いやがて同じ妖となる……と」


 男性が錠前の鍵を開け閂を取ると男女がそれぞれ左右に立ち扉をゆっくりと開ける。できた隙間から体を通して中に入った柊依に続いて壮介も入ると、壁や天井にまで貼られた札に加え鈴が括られた糸が縦横無尽に張られており、さらにはお香が焚かれむせかえるような臭いが漂っていた。


 そしてお世辞にも広いとは言えない部屋の真ん中には鎖で手足を縛られた着物を着た女性が膝を立て上を向いた状態で存在していた。

 きちんと着こなせていない着物はズレた右肩がはだけ、太ももまで出した足で膝立ちをし、虚ろな目で開けっぱなしの口の端からはヨダレが垂れている。


「へへへへへっ」


 天井を見つめたまま半笑いをする女性を見て種市夫婦は目元を押えて悲しみの表情を見せる。


「私たちの娘です」


 悲しみに暮れる種市夫婦を驚きの表情で見た壮介の前に柊依が立つ。


「そうか」


 一言呟くと半笑いの女性に近づく。壮介たちが入って来ても動かなかった女性が柊依が近づくと首を軋ませ瞳孔が開いた目でガン見する。


「ふん」


 向かい合った柊依がなにをするのかと固唾を飲んで見守ろうとする暇もなく、柊依は番傘をフルスイングして女性の首が取れんばかりに打ち抜く。


「えっ? ええええっ!? そこはなんか術的ななんかでバアーってやるんじゃないの?」


 ドサッと倒れる女性を見てどうだと胸を張る柊依に壮介がツッコミを入れる。


「こんな呪い解けるか。それよりも気絶させておけば進行は遅れる。その間に本体を倒した方が早い」


「えーっなんだか思ってたのと違う」


「起きているときの方が活性化するのは病も呪いも同じだ。寝て自身の抵抗力を高めるのが一番いい」


 柊依の説明に完全に納得できない様子の壮介だが、気絶した女性に駆け寄ってすすり泣く種市夫婦の二人を見て押し黙る。


「あぁ……なんて穏やかな寝顔なの」


「やっと寝むれたんだね。辛かったろうに」


 当人たちが喜んでいることに柊依の行動について納得しつつも、ドヤ顔の柊依にちょっぴり素直に褒められない壮介であった。

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