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鬼喰らう蛇  作者: 功野 涼し


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三十四、闇を動く影と回る炎

 ある夜更け過ぎのこと市街の道路で止まった車から一人の男が降りる。

 唇まで真っ青に青ざめた顔でヘッドライトに照らされた道路に横たわる人影に近づく。


 激しく震える足はまさに生まれたての子鹿と言う表現が相応しい頼りないもので、歩みもおぼつかない。


 ようやくたどり着いた男は倒れている人を覗き込むと短い悲鳴を上げてその場にへたり込む。


「あぁ〜あ、これはダメですね」


「ひいっ!?」


 背後から突然聞こえてきた男性の声に振り向こうとするが、頭を押さえつけられ振り向くことができない。


「飲酒運転にスピード超過……信号無視に一時停止無視。そして最後は人身事故と。これは終わってますね」


 言葉の端々に楽しんでいるような、笑いを堪えるような感じがある喋りは煽っているようにも聞こえる。だがへたり込んでいる男性に余裕などなく顔からは血の気が引き真っ青な表情で道路に伏せている人と広がる血溜まりを見つめている。


「これは逃げられませんね。でも逃げるんじゃなくて向かっていくなんてことができるかもしれません」


 謎の人物が手を伸ばしへたり込んでいる男の顔の前に指で摘んでいる物を揺らしてアピールする。


 黒い球の中には煙のようなものが渦巻いており、不気味な様相をしている。だがへたり込んでいる男性はその黒い球を凝視し今にも飛びかかりそうな様子を見せる。


「美味しそうでしょう。この味がわかるのは大人の階段を踏み外した人だけですよ。これはあなたにあげますからご自由に使ってください」


 摘んでいた球が手から離れ落ちる。その瞬間へたり込んでいた男性は口を大きく開けて空中で喰らいつく。


「おやおや、あわてん坊さんですね。でもやる気があるのはいいことです」


 少しばかり小馬鹿にしたような声はそのまま闇に消えていく。それと同時に残された男は胸を押さえてもがき始めると口から泡を吹いて倒れてしまう。


 体をけいれんさせ道路の上を陸に上げられた魚のように跳ねたかと思うと顔以外の体が黒い霧に覆われ、頭を中心にして大きな輪っかを作る。


 霧が風に流され下から出てきたのは木製の大きな車輪。その中心にある顔が目をカッと開くと、車輪の外側に炎が走り燃え始める。


 大きく開けた口の中は赤く燃える炎のようで、地の底から響いているかのような太い声で空気を震わせる。


 顔を中心に車輪が回転し始め炎の車輪となり道路を走り始める。熱く燃える炎で道路を焼きながら走る大きな車輪の名は輪入道(わにゅうどう)と言う。


 燃え盛る炎の車輪は正面から向かってきた車に衝突するが、そのまま押しつぶして走り去る。


 深夜の道路を暴走する輪入道は数台の車を押しつぶしては次なる獲物を求め続ける。


 ***


 車通りの少ない深夜に走るトラックには各コンビニなどに配送する為の雑誌が積まれている。

 運転手は控えめなラジオをBGMに静かな道路を走る。信号で止まったとき、ナビに表示されれる大きなデジタルの時計を見て時間を確認した運転手が目線を前に戻し信号が青に変わるのを待つ。


 ふと小さく首をかしげ目を凝らした運転手の目が段々と大きく開いていく。瞳に映るのが真っ赤に燃え回転する炎であることに気づいたときには、炎はトラックの目と鼻の先にあった。


 信号が青に変わったときを同じくして突っ込んできた回転する炎は、トラックと真正面からぶつかりそのまま駆け上がると屋根から押し潰し荷台をも潰して走り抜ける。


 オオオオオオオオオッ


 潰れ、火の手が上がったトラックを背に低い唸り声が空気を震わせる。道路を焼きながら走る炎が、遠くに見えたヘッドライトを見つけるとスピードを上げ向かって行く。


 方向を変えたそのとき外灯と外灯の間にある暗闇ごと斬り裂く銀色の線が輪入道を襲う。


 体を大きく傾け銀色の線をギリギリで交わした輪入道がくるくると横回転しながら体制を立て直し道路に着地した者に目をやる。


 小さな体に似合わない大き目の番傘の持ち手に手をかける柊依が姿勢を低くし構えると、周囲の空気を切り裂くような緊張感が支配する。


 燃え盛る車輪の炎の勢いを増した輪入道がその場で縦回転を始め、ホイルスピンしたタイヤが地面に触れた瞬間高速スタートを決める。


「おい、なんで逃げる」


 構えを解いた柊依が自分の元から高速で去っていた輪入道が通って煙を上げる道路を見て口を尖らせる。


 番傘を肩に担いだ柊依が背後からやって来たバイクのヘッドライトに照らされる。


「お困りでしたら乗りますか?」


「乗せろ」


 ネイキッドバイクに乗った穂香が微笑みながら言うと、答えたときには柊依は後ろに飛び乗って番傘を抱えていた。

 いつもの和風メイド姿をした穂香はヘルメットは被っておらず、もちろん違法であるが気にすることもなくアクセルを握る。


「では行きますね」


 クラッチレバーを握ってギアを踏み込んだ穂香はバイクを始動させる。一気に加速するバイクを走らせる穂香は、ときどき出会う車をぶち抜いて行く。


 和風メイドに番傘を抱えた少女が乗った、高速で駆け抜けるバイク姿を見送った人たちは、深夜と言うこともあり夢か幻じゃないかと丸くなった目を擦ってしばらく呆然としてしまう。


 そんなん視線を気にもしていない二人は穂香がアクセルを開け加速すると、柊依が立ちあがり荷台の後ろで番傘の本体を左手で掴む。


「仕留めれそうですか?」


「わからん」


「あらあら、珍しく自信のない返答ですね」


 言葉を交わす二人が乗るバイクは山間にあるトンネルの中へと入っていく。そして前方を走る輪入道を見つけると更に加速したバイクが輪入道の隣に付ける。


「振り落とされないようにお気をつけください」


「無論だ」


 バイクを傾け輪入道に急接近した瞬間柊依が刀を抜く。


 鋭い斬撃が輪入道の顔面目掛け放たれるが、輪入道はトンネルの側面を走り斬撃を避けるとそのまま壁を走り始める。

 一気に端まで寄せ傾けていたバイクに立つ柊依が次の技を放つ前に輪入道の口から炎の塊が放たれる。


 柊依が炎を刀で斬るが、次々と飛んでくる炎を避けるため穂香が急ブレーキをかけバイクを後退させ避けると、ギアを操作しアクセルを吹かし急ブレーキで未だ削れて煙を上げるタイヤを無理矢理回転させ急加速させ道路を走る輪入道に追いつく。


 荒い運転にも関わらずバイクの上に立つ柊依が迫って来る炎を刀で振り払うと、抜いたままの刀の先端を向け鋭い突きを放つ。途端、輪入道は加速し柊依の突きを避けてしまう。


 穂香が加速させたバイクが輪入道に追いつき再び隣に並ぶと、輪入道が放つ炎を柊依が刀で斬り払う。


「柊依お嬢様」


「うむ」


 穂香の呼びかけに応えた柊依は先を走っていて追いついてしまったトラックを見てバイクの荷台で身を低くし飛ぶ。

 トラックの荷台の上に着地して走る柊依は、トンネルの側面から天井に向かって走りながら輪入道から放たれる炎を斬り払うと、天井から飛んできた輪入道を刀で受け止める。


「ぐぬぬぬっ」


 小さな体で巨大な輪入道を受け止める柊依だが、トラックの方が耐えられずまず荷台が凹みはじめ、上からの圧で支えきれなくなったタイヤが潰れ沈んだ車体が道路と接し火花を散らし始める。


 なにが起きているか分からず必死にハンドルを握る運転手と車体を見た穂香が、バイクのギアを抜くとそのまま蹴って荷台に上がり髪から引き抜いたリボンを広げる。


 穂香が放った無数のリボンの先端が輪入道を捉えようと伸びるが、いち早く気がついた輪入道が柊依の刀を踏み台にして飛び跳ねると、そのまま逆走をして走り去ってしまう。


「逃げられました」


「むっ、今は追えん」


 穂香が伸ばしていたリボンでトラックの運転席の横窓を割り天井を縛ると上に引っ張り横転しそうだった運転席を引き上げる。


「さすがにトラックは重いですね。あとはお願いします」


 リボンを巻き取り手に巻いた穂香が飛び降り惰性で並走していたバイクに飛び乗りそのまま運転を開始する。

 続いて飛び降りた柊依が空中で番傘を引いて構えるとそのまま番傘でトラックの荷台を突く。刀で放つ鋭い突きとは違い、スピードこそ劣るが重い突きはトラックの荷台を大きく凹ませトラックをトンネルの壁に衝突させる。


 側面から火花を散らすトラックは運転手が踏むブレーキと擦れる壁の摩擦で止まる。汗をだらだらに流して息の荒い運転手の顔を見た柊依は突きの衝撃で飛んだ体を空中で捻り下を走るバイクの荷台に着地する。


「トラックは大丈夫だろ」


「大丈夫と言っていいかわかりませんが命は無事そうですね。それよりもあの輪入道、まったくわたくしたちに興味がなさそうでした」


「うむ、あれは魂を食うのが存在理由だろうに」


「他に夢中なものがあるのかもしれませんね。ならば本来の存在理由を思い出させるもっと魅力的なものを提案してはいかがでしょう?」


「魅力的なものか……桂木の言わんとすることはわかるが」


「どのみち、妖が増えれば手強い相手も増えてきます。お守りする訓練の一環としてはどうでしょう? ご本人も現場に慣れておいた方がいいかと」


「うむぅ……」


 穂香の提案に悩む柊依を乗せたバイクは夜の町を駆け抜けていく。

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