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三、夕暮れに吹き荒れる刃を斬り裂いて

 夕暮れは昼と夜の境目の間をゆらゆらと揺れながら静かに沈んでいく。


 昼と夜の境い目は曖昧で、そんな曖昧な時刻は曖昧なものを招くものかもしれない。


 ビルとビルの間を生ぬるい風が抜けていく。


 夕日に向かって歩くスーツ姿の男性は、まぶしい光に照らされ橙色に染まった顔をしかめながら速足に歩いていた。


 時折、腕時計を見ては急ぐ素振りを見せる男性が、右手に持った鞄に目を落としたとき生ぬるい風が頬を撫で不快にな表情をする。


「あれ?」


 しばらく歩いてすぐに、右手に持っていたはずの鞄がないことに気づいた男性は思わず声を出してしまう。周囲を見渡し後ろを振り返ると、自分の歩いてきた道に鞄が落ちているのを発見する。


 慌ててもと来た道を戻り、鞄を拾おうと手を伸ばす。


「おかしいなぁ、落とした記憶がないんだけどいつ落としたんだ? 疲れてるのかな」


 手を伸ばしながら愚痴る男性は自分の右手が鞄を掴めずに空を切ったことに気がつく。そして落ちている鞄の持ち手を見慣れた手が握っていることに気づき、目を見開く男性が恐る恐る自分の右手を見る。


 手首から先がないこと、なぜ握っていたはずの鞄が落ちているのかを理解したとき、痛みと驚きで破顔した顔で大きく口を開け叫ぼうとするが、それも叶わず男性の首に赤い線が入るとゆっくりとずれ落ちていく。


 グシャっと生々しい音と、頭が無くなった体がヨタヨタと歩く姿に周囲の人たちが悲鳴を上げる。


 夕方の帰宅ラッシュに突然起きた惨劇に周囲が騒ぐ中、人混みの中を駆け抜けていく黒い影が三つ。


 一つ目が転倒させ、二つ目が斬る。そして三つ目は薬を塗って止血する。そんな伝説を持った鎌イタチと呼ばれる妖怪は今、騒ぎをスマホで撮影していた男性をすれ違いざまに斬る。


 一瞬にて首、胴、足を横三つに斬られ崩れていく男性を中心に新たな悲鳴が上がる。


 そんな悲鳴を嘲笑うかのように三匹は競い合うように人を斬っていく。


 旋風が舞い進みそれに合わせて悲鳴が進む。数人の男女が斬られ、やがて三匹は喧騒を後ろに置き去りにし、まだ周囲の混乱の原因を理解できずに右往左往する小さな赤ん坊を抱く母親に目を向ける。


 新たな獲物に三匹の影の目が光ると、三つの旋風の刃が赤ん坊を目がけ放たれる。


 だが空気が鋭く切り裂かれると同時に三つの旋風は弾かれ、三つの大鎌と三匹の鎌イタチの姿が露わになったとき、突然母と子の前に番傘が開かれる。


 真っ黒な傘の中心に描かれる赤い丸は蛇の目のようで、鎌イタチたちを威嚇する。


 一匹の鎌イタチが大きな尾を振り上げ先端にある巨大な鎌を傘目がけ振り下ろす。傘に当たったとは思えない鈍い音と共に傘が地面に転がるがそこに持ち主はおらず、いつの間にか背後に回った柊依が放つ一閃によって攻撃をした鎌イタチの首が斬り落とされる。


 黒い霧となって霧散する鎌イタチに見向きもせず、柊依は地面に落ちている傘を蹴り上げ宙に浮かすと宙で受け止め、持ち手を握り刀を収めながら傘を閉じると居合切りの構えをとる。


「散華」


 傘の持ち手から抜かれた刀の斬撃は、鎌イタチが放つ斬撃とはスピードも威力も比べ物にならないくらい凄まじく、なんとか反応した一匹の鎌イタチの尾が斬られ宙を舞う。


 抜いたままの刀の刃を返し、振り上げた刃に体を斬られ二匹目の鎌イタチが霧となり空気中に舞う。その霧を切り裂いて放たれた最後の鎌イタチの一撃を柊依が刀で弾く。


 お互いが間合いを取り向き合ったところで、眠そうな目を柊依が鎌イタチに向け小さく口を開く。


「三位一体。斬った二匹から(たま)が出なかったのはそういうことか」


 さっきまで一本だった鎌イタチの尾は、いつの間にか三本となりゆらゆらと揺れている。


 傘の持ち手に刀を収めるのと同時に揺らいでいた三本の鎌が同時に襲ってくる。


 右からくる鎌を跳んで避け左の鎌を傘の先端で受けると、持ち手から抜刀しつつ上から振り下ろされる鎌を弾く。


 刀と三本の鎌が激しくぶつかり火花を散らすそれを、襲われそうになっていた赤ん坊を抱いていた母親がただ呆然と見ていた。


 一本の鎌が弾かれ反れ母子を襲う形となる。一瞬チラッと見た柊依が傘を投げると鎌の軌道をずらし鎌は地面を打ち火花が散る。


 それを見た鎌イタチがニタァっとねっちこい笑みを浮かべると、鎌イタチが三匹に分かれ柊依に襲いかかる。


 刀を振りながら鎌イタチの攻撃を受ける柊依の頭上を一匹の鎌イタチが飛び越え、座り込んでしまった母親目がけ飛んでいく。


 目だけを動かし視線を母親に向けようとした柊依を、二匹の鎌イタチが執拗に攻撃し動きを封じる。母親へのもとへ向かうのが絶望的となった、そう思ったそのときだった落ちていた傘を拾った少年が立ち塞がる。


「く、来るなぁ~~!!」


 鎌イタチに向かって悲鳴に近い声で叫びながら必死に傘を振り回す少年、壮介を見た柊依が僅かに目を大きく開くと、刃先を下にし一匹の鎌を刃に沿って受け流したあと手首を捻り、刃を上に向けると鎌イタチの顎下を突き刺し、霧散させたあともう一匹の鎌を受けて蹴り上げる。


 鋭い蹴りに腹を貫かれ宙に浮いた鎌イタチの首を切り落とすと、刀を投げ壮介を警戒していた鎌イタチに突き立てる。


 黒い霧になって消える鎌イタチを見て、その場に座り込む壮介が涙目で柊依を見て言葉を発しようとするが柊依は猛スピードで走ってくるなり、壮介の持っている傘を奪い取り広げる。


「甘いの、まだ終わってない」


「えっ」


 驚く壮介を置いて柊依は広げた傘を肩に担ぎ右足を軸に回転しながら傘を回すと飛んできた真空波を弾く。そのまま傘を閉じ空中へ投げると姿勢を低くしながら刀を持つ手を引き、先端を鎌イタチたちに向ける。


 柊依に警戒をする前に上空から落ちてきた番傘の先端が一匹の鎌イタチ目がけ落ちてくる。慌てて避けた鎌イタチの代わりに地面に突き刺さった番傘が開き回転する。


 番傘の縁が淡く光り触れれば切れてしまう、そんな警告を発しながら回る番傘にその場にいる誰も気を引かれたとき、構えていた柊依が小さく口を開く。


切華(せっか)


 姿を視認できたのは大きく踏み込んだ一歩まで、一瞬で消えた柊依が見えた瞬間、一匹の鎌イタチの首に突き刺したかと思うと身を翻し消え、二匹目の鎌イタチの首を突き刺し、土煙を上げあっと言う間に三匹目の額に刀を突き刺していた。


 三匹刺さったままの刀の刃先をビルの壁に尽き立てると、そのまま刀を真横に払い三匹同時に斬り捨てる。


 鎌イタチは消え、黒い霧へと手を突っ込んだ柊依が中から小さな黒い球を取り出す。


 それを口に放り込むと飴玉を舐めるように口の中で転がし始める。美味しくないのか眉間に僅かにしわを寄せる柊依だったが、座り込んでいた壮介を見て眠そうな目を僅かに大きく開き、頬をほんのり桜色に染める。


 ぴょんぴょんと小動物のように動く様はさっきまで、戦っていた少女と同一人物とは思えないような愛らしさが溢れる姿に、思わず凝視してしまう壮介の目の前に柊依の顔が現れる。


「もったいない」


 それだけ言うと柊依は壮介の下唇を甘噛みする。


「へ?」


 間抜けな声を出した恭介を置いてけぼりにして、嬉しそうな柊依は甘噛みをした唇から血を吸う。


 その光景は周りから見ればただキスをしているようにしか見えなく、それを意識した壮介は慌てて柊依を引きはがそうとするが、伸ばした手はあっさりと払われ抱きつかれると熱烈に吸われる。


 引きはがそうにも柊依の力は強く、全く外すことができない壮介は成す術もなく柊依が満足するまで唇をくわえられ血を吸われることになる。


 やがて満足したのか柊依は、壮介から離れるとぺろりと自身の唇の周りを舐め満足そうに微笑む。


 その可愛らしさの中に見せる色気が見え隠れする一連の動きから目が離せない壮介がボーとしていると、柊依が番傘を拾い刀を収める。


「甘いの、そろそろここも騒がしくなる。逃げた方がいいぞ」


 それだけ言うと柊依は番傘を担ぎ歩き始めてしまう。


「え? ちょっと、待って。えーっと」


 壮介は自分の後ろにいた子供を抱く母親の方を振り返る。


「あ、あの大丈夫ですか?」


「え、ええ」


 お互い今の状況についていけてないので、ぎこちない言葉を交わしてしまう。ただ、壮介は柊依に唇を吸われているのを自分の後ろで見られていた事実に気づき顔を真っ赤にしてしまう。


「あ、あの、じゃあ僕はこれで帰るので。そのっ、気をつけて帰ってください……。えっと歩いて帰れますか?」


「あ、は、はい。バスは来ないかもしれないですけど、タクシーを呼んで帰るから大丈夫です」


「じゃあ安心ですね」


 どこか噛み合わないやり取りを母親と交わした壮介は柊依のあとを追う。

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