二十九、捜査開始!
朝学校に着いた壮介が準備をしていると隣に柊依がやって来る。
「おはよう」
「うむ」
壮介が挨拶をすると柊依が頷き応える。これはいつものやり取りなのだが今日は少し違った。頭を傾けてなにかをアピールする柊依を見て壮介はふっと笑う。
「早速使っているんだ。似合っているよ」
壮介の答えに満足したのか、ふふんっと鼻息荒くし胸を張る柊依は、自身の髪を結んでいるヘアゴムに触れる。
それを見た壮介は昨日のことを思い出す。
━━昨日急遽行われた壮介の婿養子の話と結婚相手の挨拶。五人もいる相手のうち三人が挨拶しそのうち一人である芽吹が家に住むことになり、生活に必要なものを買いに藍鞣一家と芽吹、そして柊依もついて行った。
とりあえず芽吹の生活用品一式を買い、大荷物となったわけだが荷物をひいひい言いながら運ぶ父の優心と息子の壮介と対象的に軽々と運ぶ柊依に女子たちの称賛が集まる。
そんなこんなで藍鞣一家と柊依は仲良くなる。晩御飯を一緒に食べた帰りに、テナントの一角で柊依が凝視していたのが今髪を結んでいるヘアゴムなのである。
ウサギと花とさくらんぼの三点セットで500円。可愛らしい絵柄は少し幼いとも言えるが真剣に見つめる柊依に壮介は声をかける。
「気になるの?」
素直にコクリと頷く柊依にふっと笑った壮介は袋を手に取る。
「いつもお世話になってるし少しくらい恩返しってことで」
少し驚いた顔をするがすぐにわずかに口角を上げる柊依を見て壮介自然に笑みがこぼれる。
「芽吹さんもどれかいる? 違うものが良ければ別の場所に━━」
「わわわわたしなんかがっ」
いつの間にか隣にいて二人をじっと見ていた芽吹に気づいた壮介が声をかけると、芽吹は両手を前にして全力で否定する。
「後ろ髪を結べるこれにしろ。走るとき気にしていただろ」
柊依がシュシュを手に取り芽吹に見せる。
「そんな強引な。好きなものを選ばせてあげないと」
「そ、それがいいです。そのっ……そう、壮介様が許してくれるなら……」
目線を下に落として小さな声で言う芽吹に壮介は柊依から受け取ったシュシュを差し出す。
「許すとかそう言うのはないから。芽吹さんが欲しいなら買うよ。もっとも僕のおこずかいが許す範囲でだからいつでも買えるわけじゃないけどね」
ちょっと照れ気味に言う壮介と両手の掌の上に置かれたシュシュを見て芽吹が目を潤ませる。
「あ~っ、お兄ちゃん芽吹ちゃんを泣かせたぁ~」
「いや違うって!」
戻ってきた志乃に責められ慌てて弁明する壮介だが、志乃はすぐに口を押えて笑い出す。
「ぷぷぷっ、焦りすぎ。本当は知ってるもんね。お兄ちゃんが柊依さんと芽吹ちゃんにプレゼントしようとしてるんだよねぇー。カッコいい~」
「志乃知っててからかったなっ」
「きゃあ~お兄ちゃんが怒った~」
笑いながら逃げる志乃を壮介が追いかける。兄妹の戯れを見た芽吹は潤んだ目のまま笑みを浮かべる。その隣では柊依が腕を組んで興味深そうに見ている。そんな二人を見て壮介も笑みがこぼれてしまう━━
「あいたっ」
実際には痛くないが柊依から額を指で押された壮介は現実に戻される。
「なにを笑っている。あれか?」
「いや……う~んまあ、間違ってもないけど、どちらかと言えば昨日のことを思い出したからってのが正しいかも」
「ほう、思い出のあなたも可愛いってやつだな」
「なにそれ?」
「男は名前を付けて保存、女は上書き。つまり男は思い出に浸る生き物だと桂木が言ってたぞ」
「なにを教わっているんだか……」
壮介は呆れた表情で頭を押さえて首を横に振る。そんな自分を自慢気に腕を組んで見る柊依に壮介は頭が痛くなってしまう。
「壮介、柊依は今日蒐場と戦った港の倉庫に行ってくる」
「そこは神坂家の専門の人たちが調べているんじゃなかったっけ?」
「そうだが蒐場の妖珠を食べた柊依だからわかることもあるはずだ」
「そんなものなの? そう言えば妖珠って妖の核だって言ってたよね。それを食べたら人は人じゃいられなくなるって聞いたけど、なんで柊依は食べても大丈夫なの?」
「うむ、柊依は鬼喰いのお役目を持っているから食べれるのだ」
「いやなんで大丈夫だってのが全然伝わってこないんだけど」
胸を張る柊依を壮介はジト目で見る。
「柊依もよくわからん。各家々から代表で選ばれ勝ち抜いた者が神坂家より鬼喰いのお役目をもらえる。だから喰えるのだ」
「いや『だから』の部分が意味不明だよね」
胸を張り続ける柊依からこれ以上の情報は得られそうにないと、壮介はため息と共に諦める。
***
放課後になり、先に教室を出た柊依から少し遅れて壮介は自分の席を立ち廊下へと出る。
「藍鞣くん」
下駄箱が見えたところで、自分の名前を呼ぶ声に反応して振り返るとそこには三年生の坂井が立っていた。
小さく手招きをするので壮介近づくと手を取られて引っ張られてしまう。
「うわわっ」
驚きよろけながらも廊下を抜け誰もいない空き教室へと連れ込まれる。
そっと扉を閉めてドアと窓の死角に隠れた坂井が周囲を見渡す。そのただならぬ警戒した様子に何事かと壮介にも緊張が走る。
「ふふっ、こういうのなんだかスパイごっこみたいで楽しいかも」
緊張した面持ちで見てきたかと思うと表情を緩めて笑い出す坂井に、どんな深刻な話が始まるかと身構えていた壮介も胸をなでおろす。
「この間約束した周辺の調査なんだけど」
笑顔を消して真顔になった坂井に壮介は再び体を強張らせてしまう。
「京香の交友関係をあたったんだけどみんな知らないってのが結果。だけど京香たち三人が行方不明になった日に話しているのを見たって相手が、藍鞣くんのクラスメイトの蒐場さん」
蒐場の名前が出てきて息を飲む壮介を見て小さく頷いた坂井は言葉を続ける。
「で、その蒐場さんが最近出入りしてったのがここ」
そう言って自分のスマホを取り出して操作するとすぐに壮介のスマホが震える。慌ててスマホを取り出すと通知のアイコンをタップする。メッセージアプリには地図アプリのリンクがあったので開くとある場所にピンが刺さっていた。
「オフィスクリーンサービス?」
「それはビルの名前ね。ここの二階にあるメイド喫茶メメタァってとこに出入りしているのをたまたま見たって子がいるんだ。メイド喫茶でバイトしていたって可能性もあるけど……」
蒐場の私生活を知らない壮介は確かにその可能性もあるかと納得してしまうが、含みを持ってもったいぶる感じがして坂井の言葉を待つ。
「実はそこのビルってなにもないんだよね。メイド喫茶は二年前に閉店してるし、オフィスクリーンって会社も倒産しててもぬけの殻ってわけ」
坂井の話を最後まで聞いて怖い話の落ちを聞いたときに感じる寒気が壮介の背中を走る。ゾクッとした寒気に体を強張らせた壮介を見て満足そうに笑みを浮かべた坂井が人差し指をくるくると回す。
「誰もいないはずのビルにあるメイド喫茶に出入りする女子高生。気にならない?」
緊張した面持ちで頷く壮介に坂井がニンマリと笑みを浮かべる。
「だからさ、行ってみない?」
「え? 危なくないですか?」
「近くに行ってみるだけだから大丈夫だって。友達の話だと出入口にバリケードがあって入れないらしいし、近くから見てみるだけだから」
「う、う~ん」
「まだ日も明るいしチラッと見て場所を確認して帰る。で、怪しい人とかいれば警察に電話する! 捜査してもらえるきっかけになるかもしれないし完璧じゃない?」
「ま、まあ気になりますし場所の確認してすぐ帰るなら今後の捜査に役立ちそうだし」
「だよね。じゃあ暗くならないうちに行ってみようよ」
坂井に誘われた壮介は念のため柊依にメッセージアプリで一言入れ、既読にならないのを確認してから出発するのだった。




