二十八、突然の婚約者たちに藍鞣家は揺れる
突然やってきた少女二人が婚約者だと言ったかと思うと、遅れてやってきた和風メイドが自分も婚約者だと発言したことに困惑する和に対し穂香はあくまで冷静に微笑む。
「驚かれるのも当然だと思います。まず前提といたしまして壮介様を神坂家にお迎えしたいと思っております」
「ちょっと待ってください。それは壮介が婿として神坂さんの家に入ると言うことでしょうか?」
割って入った優心に穂香は表情を崩さず口を開く。
「婿ではなく婿養子と言った方が正しいかもしれません。神坂家の当主候補としてお迎えしたいと言うのが現当主様のお考えです」
穂香の説明する内容に意味はわかるが、ついて行けなくて口をポカンと開けるのは和たちだけでなく壮介も同じである。
神坂家に入り五人と結婚しろと言われたのは覚えているが、当主候補なる話は知らないと穂香を見るが、目が合うことはなく穂香は言葉を続ける。
「次期当主の候補となっていただきたく神坂家の婿養子としてお迎えする。ここからお話することは一般的常識とかけ離れているとは思いますが、神坂本家には男児がおりません。ゆえに候補者が決まった場合今後の繁栄を求め各分家より女子が集まる習わしがございます」
穂香は説明しながら自分の胸に手を当てる。
「わたくし桂木穂香、こちらにいらっしゃる寅霧芽吹様。そしてここにはおりませんが戌咲里己様、丑見忍彩様そして柊依お嬢様の五人との結婚をご理解いただいた上で、了承していただければと思います」
「了承と言われましても話が突拍子もないと言いますか現実味がないのが実情です。それに壮介がそちら様の養子となって当主になると言うのも想像できないんです。失礼ですがなにかの間違いじゃないでしょうか?」
真っ当な反応をする和にどこかホッとする一方で、首を横に振る穂香を見て神坂家の当主である統吾の家族に危害を加えることも辞さないと言った趣旨の発言を思い出し不安に駆られる。
「いいえ間違いではございません。壮介様は神坂家に必要な素質を備えた方です。当主様は大変壮介様を気に入っており是非とも家に迎えたいと切望されております」
言葉が途切れた所に口を挟もうとする和に対し、微笑んだ穂香がそのまま言葉を続ける。
「習わしなるものが現代の社会においてそぐわないことは理解しておりますが、神坂家はそれを重んじる家なのです。お母様方が不安を感じ警戒をするのも理解しているつもりです。安心していただくには時間もかかると思いますので、今は現状できる限りの誠意をお見せすることでご理解いただけると幸いです」
穂香はいつの間にか手に持っていた分厚い封筒を和の手を取って渡す。ずっしりとした重みに目を見開く和に穂香が軽く会釈をして一歩下がる。
「壮介様を婿養子に迎え入れるということで後日改めて結納金をお納めさせていただきます。今お渡ししたお金は、こちらにいます寅霧芽吹様のひとまずの生活費と身の回りの物を揃えるための資金としてお使いくださいと、寅霧家からの誠意となっています。月ごとに生活費を振り込ませていただくそうなのでお納めください」
「え? 生活費?」
「はい、寅霧芽吹様は壮介様との婚約を受け、その確約を得るために寅霧家より出されております。ゆえに帰る家がございませんので、壮介様のご厚意でこの家にお世話になる。そのような流れになっております」
一方的な婚約の話から家を出されると言うとんでもない話を前に、なんと言っていいかわからず言葉を失う和と見つめ合う穂香は一度目をつぶって静かに開く。
「わたくしたちもこの世界を必死に生きています。理不尽に押しつぶされないよう出来得る限り抵抗を試みつつ……。そのようななかで壮介様のようなお優しい方に出会えたわたくしたちは幸せな方かもしれません」
封筒を返そうとする和の手をそっと遮りながら穂香はほんのり寂しさが宿る微笑みを見せる。
「突然のことで混乱されていると思います。そのような状況で不躾ではありますが、芽吹様のことをよろしくお願いいたします」
深々と頭を下げた穂香は「本日はこれで失礼いたします」と大きく一歩後ろに下がると、ここまでの様子を唖然と見ていた壮介の方を見て会釈する。
それをきっかけにハッとした壮介が改めて穂香に視線を向ける。
「穂香さんありがとう、僕じゃうまく説明できなかったから助かったよ」
「いえ、わたくしの役目を果たしたまでですから礼には及びません」
「ううん、助かったのは事実だから」
ほんの少しだけ見開いた目で壮介を見ていた穂香がふっと笑う。
「本当にお優しいのですね……お役に立てたなら嬉しいです」
壮介が頷くのを見て穂香も頷いて応える。そんな二人のやりとりを見ていた柊依が口を開く。
「ご苦労だった」
「あ、あのっありがとうございます」
「いえいえどういたしまして」
二人の言葉に素直に応えた穂香はドアの前で一礼するとリビングをあとにする。
穂香が去ったあとなんと話を切り出せば良いのか、探り合う壮介たちと藍鞣一家を柊依が興味深そうに目で追う。
「えっと、あのっ……わたし……」
沈黙を破る芽吹の必死な訴えだったが、言葉尻がすぼんで消えてしまう。
下を向いて泣きそうな顔をする芽吹を見た壮介が和の方へと体を向ける。
「凄く勝手なことなのはわかっているけど、芽吹さんをうち預かることを許可してほしいんだ」
頭を下げる壮介を和がにらむ。その視線に萎縮してしまうが必死に頭を下げ続ける壮介を見た芽吹も「なっ、なんでもしますので、お願いしますっ!」と頭を下げる。
「ふー」
大きなため息をついた和が頭を下げる二人を見て少し諦めのような疲れた表情を見せる。
「とりあえず頭を上げて」
和に言われ恐る恐る頭を上げた二人を見て和は小さくため息をつく。
「お金も受け取ってしまったし、家の事情も聞いたら出て行けなんて言えないでしょ。今後どうするか詳しくはみんなで話し合うとして……芽吹さん」
「はっ、はい」
突然名前を呼ばれて体を強張らせる芽吹は涙目でも必死で和を見る。
「なんでもするなんて簡単に言わないこと。年齢的にも学生でしょ。あなたは今は学んで遊ぶときよ。もちろん家にいる以上はお手伝いはしてもらうけど」
「はっはい!」
和が笑顔を見せるとぱあっと明るい表情になった芽吹は涙を拭って返事をする。それを微笑ましく見た和が壮介の頭に手をポンっと載せる。
「まったく一体なにがあったらこんな状況になるのか皆目見当もつかないけど。壮介が自分が責任持つ、みたいなことを言ったら怒ってやろうって思ったけど母さんたちを頼ったのは正しい」
和は自分を見上げる壮介の頭を乱暴に撫でる。
「壮介も学生なんだから勉学に励んでくださいよ。責任取るとか言うのはもう少し大人になってから。柊依さんもよ」
「心得た」
真顔で返事をする柊依の少しおかしな返事もあって、ふっと優しく笑った和は優心の方を見ると、優心は無言で大きく頷く。
「志乃、あとで芽吹さんの服とか買いに行くから手伝って」
「りょうか〜い!」
可愛らしく敬礼をした志乃が芽吹に近づくと、自分の背丈と比べる。
「私と同じくらいかな? ねえねえ歳いくつ?」
「あ、はい……えっと14です」
「やった私と同じだ! そうそう私志乃って言うんだよろしくね!」
「め、芽吹です。よろしく……お願いします」
恥ずかしそうに挨拶をする芽吹の手を志乃が握り上下に振る。
ニシシと笑う志乃に芽吹恥ずかしそうに笑い返す。そんな二人を見て志乃がいてくれて良かったと思う壮介の頭に再び手が置かれる。
「ボーっとしてないで壮介も買い物へ行くから準備して! 結構大荷物になるかもしれないから」
「う、うん」
返事をした壮介が隣にいる柊依を見ると、柊依が一歩前に出る。
「柊依も手伝う。同行したい」
柊依の申し出に少し驚いた表情をした和だったがすぐに笑みを浮かべる。
「みんなで行きましょうか」
和の言葉に壮介だけでなく柊依も表情を柔らかくし、芽吹は笑顔で頷く。




