二十四、隠れるあの子と隠れてないアホ毛
家に向かう帰り道、腕を組んで考え込む壮介の隣を歩く柊依がときおり見上げてはわずかに頬を膨らませて目を逸らす。
「話が急でどうしていいのかわからないんだけど、こう言うのって先延ばしとかできないかな?」
「無理だ。当主はやると言ったらやるぞ。忘れたか? 壮介の家族も巻き込んでこの婚約を進めるぞ」
柊依の言葉に壮介は神坂家の当主である統吾の言葉を思い出し頭を抱える。
「そもそも柊依は僕と婚約とかしていいわけ? この御時勢、恋愛は自由なものだよね。強引に結婚なんておかしくない?」
「それは一般的な話だ。古いしきたりを守る家もある。柊依はそれに従うだけだ」
「そうは言っても柊依も好きな人と恋愛を━━」
「壮介は柊依のこと嫌なのか?」
柊依に遮られ言葉を飲み込む壮介は、まじまじと柊依を見つめ少しだけ間を置いたあとポツリと言葉をこぼす。
「いっ嫌じゃないけど……」
「じゃあ問題ない。柊依は壮介ならいいからな」
柊依の言葉に驚き目を丸くした壮介が柊依の真意を聞き返そうか迷っている間に、番傘で軽く足を叩かれる。
「いたっ、なに? もしかして妖とか?」
「違う。ついさっき柊依たちの近くに気配を感じた」
「気配?」
警戒態勢に入った柊依に壮介も周囲を見回して警戒すべき対象を探し出す。
壮介がキョロキョロしていると腕が引っ張られ、柊依が指をさす方向に目を向ける。そこには家の角からのぞく髪の毛がぴょこぴょこ動いているのが見えた。
目を凝らして見る壮介置いて一瞬でその場から走り去った柊依が角の向こうへと消える。
「ひやぁ〜!? ごめんなさいごめんなさい!」
悲鳴に近い叫び声と謝る声が聞こえたかと思うと、すぐに角から番傘を肩に担いだ柊依が不機嫌そうな顔で帰って来る。
「逃げられた」
「えっ⁉ 柊依から逃げ切れる人なんているの?」
柊依の身体能力の高さを知っているゆえに驚きを隠しきれない壮介に、柊依が視線だけを自分が歩いてきた方に向ける。
「悪意は感じないから問題ないだろ。柊依は報告があるから家に戻る」
「このタイミングで戻るんだ」
悪意がないと言われても得体も、知れない人が近くにいると思うと不安を隠しきれずソワソワする壮介をジッと見ていた柊依が口を開く。
「壮介、近々家に挨拶に行く。準備頼むぞ」
「それってもしかして……」
「婚約の挨拶だ」
今日一日で穂香に寅霧の手紙、さらに柊依から挨拶に来ると言われ、自分が神坂家と関わりのある人と結婚をすることが現実なのだと、自覚することになる。それもあって柊依の言葉は重く感じ壮介は大きくうなだれてしまう。
「じゃあな」
うなだれる壮介を置いて柊依は颯爽とその場をあとにする。一人残されトボトボと歩いていた壮介がふっと足を止める。そしてある一点を見つめる。
壮介の視線の先には電柱から飛び出たぴょこぴょこ動く髪の毛があった。
「あのぉ~僕に用事でしょうか?」
壮介が声をかけると飛びでていた髪の毛が大きく動きジグザグに変形して震える。器用な髪の毛だと思いながら近づこうと一歩前に出ると、髪の毛が上下に揺れる。
「ま、待ってください! まだ心の準備が‼」
慌てふためく女の子の声が聞こえ壮介は足を止める。
「あ、あの、えっと……わたっわたしっ……とらっ⁉」
舌を噛んだのか「うううっ」と泣き声混じりの唸る声が聞こえてくる。
「もしかして寅霧芽吹さん?」
「はうっ⁉ そっそそそうです」
電柱の向こうにいるであろう人物が手紙の主である寅霧芽吹だとわかってひとまず安心する壮介だが、なぜ出てこないのだろうと疑問に思ってしまう。
「えっと、僕のところに来たってことは手紙に書いてあったことが理由であっているよね?」
「はっはい!」
電柱から出ている髪の毛がピンと立って緊張しているような動きを見せる。相変わらず器用な髪の毛だと思いながら壮介は声をかける。
「手紙にお世話になるって書いてあったけど近々来るってこと?」
「ご、ごめんなさい! 突然で迷惑ですよね。迷惑ってわかっているんですけど頼るあてがなくて……」
芽吹の姿は見えないが声に混ざる暗さから本当に困っているんだろうなと思った壮介は、柊依が家から出され行くあてがないかもしれないと言っていたことを思い出す。
「頼るあてがないって泊る場所もないってこと?」
「はい……あっ⁉ あの直接会うのは……」
一際小さな声で返事をする芽吹になんと声をかけていいか思いつかない壮介は一歩足を前に出して近づくと電柱の向こうから慌てふためく声が聞こえる。
「えっと直接会わない方がいいってこと?」
「あの、ごめんなさい。男の人と話すことに慣れていなくて……その……ごめんなさい」
「う、うーん」
謝る芽吹にどうしていいかわからず困る壮介だが、伊吹は言葉を続ける。
「直接会わなくてもこうしてお話できますし、そのっ! なんとかいけないでしょうか?」
「なんとか……いけるかな?」
「ご、ごめんなさい! 男の人とまともに話したことないのに結婚とかハードルが高すぎて。恥ずかしくてっ‼」
「えーっと、個人によって差があるとは思うけど、こうして話している方が恥ずかしくないかな?」
「え?」
「僕の感覚だとこうして大きな声で話している方が恥ずかしい気がするんだけど。知らない人にも話が聞かれるわけだし」
壮介の言葉に電柱の向こうで困惑しているのか飛び出ていた髪の毛が激しく動く。
「たっ、たしかにそうです。盲点でした……じゃ、じゃあ近くで話しましょう。そのっ、勝手なお願いなのですけど藍鞣様の方から来てもらえると助かります。逃げないように頑張りますので」
「う、うん……じゃあ僕がそっちに行くから無理そうだったら言って」
「はっはい! お、お気遣い感謝します」
緊張した声が聞こえたのち壮介はそーっと芽吹が隠れている電柱の方へと歩み寄る。ここまで会話まで交わしているのに、まるで気づかれないように忍び足で進む自分の行動に疑問を抱きながら進む壮介は、目の前に電柱がきたところで足を止める。
「じゃあそっちへ行くけどいい?」
「はうっ! だい、大丈夫です! どんと来てください!」
「そんな勢いつけて行かないけど、それじゃあ……」
芽吹の緊張してうわずる声に壮介まで緊張してしまいゆっくりと歩みを進め電柱の反対側へ行く。
そこには頭を抱え込んで屈みこむ一人の少女がいた。金色の髪を押える両手でも押さえきれないアホ毛が特徴的な少女は屈みこんだままそーっと顔を上げると涙目で壮介を見上げる。
「ひやっ⁉」
目をつぶって下を向く芽吹と思われる少女は体を小刻みに震わせている。ようやく姿を見ることができたが、ここからどうすればいいのか壮介は途方に暮れてしまう。




