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鬼喰らう蛇  作者: 功野 涼し


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二十三、影を見て芽吹を知る

 穂香は恥ずかしそうに自分の名前を呼んだ壮介を見てクスっと笑う。


「もっと親しく呼んで欲しいんですけれど今はいいでしょう。ではお答えしますね」


 わざとらしく不服そうな表情をした穂香がいつの間にか手に持っていた便箋を壮介に差し出す。

 これまで便箋などを受け取ったことのない壮介は不器用に受け取ると、綺麗な字で書かれた『藍鞣(あいなめ)壮介様』の宛名を見たあと裏側に施されている封蝋(ふうろう)を観察する。


「とら?」


 封蝋に刻印されたリアルな寅の姿を見て呟いた壮介に穂香が応える。


「はい、寅霧家のご令嬢からです。この度壮介様と契りを交わすことになりましたのでそのお話だと思われます」


「契り……」


 まだ傷の癒えない肩の痛みと共に神坂家の当主から一方的に決められた婚約の話を思い出した壮介は、持っている便箋が重くなった気がして落としそうになる。


「前回は壮介様の怪我の状況説明に追われましたのでご家族に婚約のお話ができませんでしたので、日を改めてわたくしもご両親へ挨拶にお伺いしたいと思います。ご都合の良いときを教えていただけるとうれしいのですが」


 重くなった便箋に追い打ちをかけるように穂香が両親への挨拶の意志を示してくる。


「う、う~ん」


 唸る壮介がチラッと見ると相変わらず微笑む穂香に圧を感じてしまい、肩を落として項垂れる。


「あとで連絡します」


「お待ちしてます」


 観念した壮介を微笑んだままの穂香が返事をする。


「それよりも穂香さんは学校に入って来て大丈夫なんです?」


「それはわたくしがここに相応しくないと言う意味でしょうか? つまり年齢的に学校に存在しているのが不満なのですね」


「あ、いえそう言うわけではないんです。その服装だと目立つから先生とかから注意されたりしないかなってことです」


 目元を押えて悲しむ素振りを見せる穂香に壮介が慌ててフォローをする。だが目元を押えたままの穂香に不安を感じた壮介が近づいて覗き込むと、目が合った穂香が口元を押えてくすくす笑う。


「ふふふ、壮介様がそんなことは言わないことはもちろんわかっています。こう見えてもわたくしは、神坂家の隠密として存在していますので忍び込むのは得意なのです」


「隠密⁉」


 今まで生きてきて聞いたことはある単語だが、実際の生活のなかでは聞いたことのない『隠密』の言葉に驚き目を丸くする壮介を見て穂香は口を押えて可笑しそうに笑う。


「そんな顔して驚くほど大したものでもありません。隠密と言っても俗世間でいうようなカッコいいものではありませんから」


「ごめんなさい。聞き慣れない言葉にちょっと驚いてしまったんで」


「謝らなくていいですよ。普通に隠密だなんて言えば誰でも驚きますから」


 穂香の言葉に対して壮介が首を横に振る。


「少し悲しそうに見えたからあまり触れちゃいけなかったかなって感じたんで……あ、生意気なことを言ってすいません」


「そんことはありません。わたくしへのお気遣い嬉しく思います」


 静かに微笑む穂香を見てホッと胸をなでおろした壮介は手に持っていた便箋に視線を落とす。


「穂香さん、手紙を届けてくれてありがとうございます。えっと、穂香さんのことは両親にちゃんと話します」


「はい、よろしくお願いいたします。もしも説明が必要でしたらわたくしを呼んでください」


「うん、ありがとう。じゃあまた」


 返事をした壮介が去って行くのを手を小さく振って見送った穂香は自分の顔に手を触れる。


「わたくしが悲しそうに見えた……感情を表に出してしまうとは未熟なものですね」


 穂香は一言呟きそのままスッと消えていく。


 ***


「ふぅ~穂香さんの手前両親に説明するって言ったもののなんて切り出せばいいんだろ。婚約することになったので紹介します……とか?」


 深いため息をつきながら歩く壮介は教室に戻って、自分の手にある便箋を見ると周囲を見渡し誰もいないことを確認して封を切ろうと試みる。

 慣れない蝋封に苦戦しながらやっと開けて中から一枚の紙を取り出すと広げる。


 開くと同時にほんのりいい香りが広がる紙に書いてある文字を目で追っていく。


「はじめまして、私は寅霧芽吹(めぶき)と申します。この度、藍鞣(あいなめ)壮介様との婚約の決定を受けましてお会いしてく存じ上げます。つきましては近日中に……」


 目で追いながら声に出していた壮介が読むのを止めて続きの文をみつめていると、耳に聞き慣れた声が飛び込んでくる。


「お会いしたいと思いますか」


「うわっ⁉ なんで柊依がここに‼」


「この学校に通っているからいるのは当然だ」


 手紙を投げしまいそうなほど驚く壮介のことを柊依がジト目で見つめる。


「いいから続きを読め」


「なんで柊依と一緒に手紙を読まなきゃいけないんだよ」


「柊依にも関係あるからだ」


「とは言っても僕宛だし書いた人のプライバシーとかもあるし」


「むっ……なら読み終えたあと関係ありそうなところを簡単に説明してくれ」


「まあそれなら……」


 今さら隠せないし柊依に関係しそうなことをまとめて伝えればいいかと再び手紙に視線を落とし、今度は声を出さずに目で文字を読んでいく。


「えっとね、寅霧芽吹さんが僕に会いに来る。それでそのままお世話になりますってこと……え? お世話にってちょっと待って」


 自分でまとめておきながら慌てて手紙を読み直した壮介は顔を青くして柊依を見る。


「どうしよう。僕の家にお世話になりたいって書いてあるんだけど」


「柊依に言われても困る。嫌なら嫌だと言えばいいだろ」


「たしかに。そうだ! 寅霧家って神坂家と関係があるから泊るところくらい提供してくれるよね」


 広い屋敷のことを思い出して解決の糸口を見出したとホッとする壮介を柊依がジト目で見つめる。


「無理だな。本家に出入りできる人間は限られる。正式に壮介の妻となったならまだしも今の段階では門前払いだ。しかも此度の候補者でもなくその妹ならなおさらだな」


「うっ……」


 言葉に詰まる壮介に柊依が言葉を続ける。


「おそらくその芽吹とやらは寅霧家からも追い出されてるな。神坂家に入れなかった兄の代わりに神坂家に近づけるチャンスを得た今、動かないわけがないからな」


「ううっ」


 神坂家を取り巻く現状に触れて唸る壮介は手紙の文字に目を落とす。綺麗な字が並んでいるが、柊依の説明を聞いた今はどんな気持ちで書いたのだろうかと考えてしまう。

 知らない人間の元に行けと言われ、まして結婚しろとまで言われたら不安で仕方ないだろうと壮介は考えながら文字を見つめてしまう。


「とりあえずこの子に会ってみるよ」


「ふぅー、まあいい。だけどどうやって会うんだ?」


「あっ……たしかに連絡方法も書いてないしどうすればいいんだろ? 穂香さんに聞けばわかるのかな?」


 慌てる壮介をジト目で見る柊依の二人に廊下から声がかけられる。


「もう下校時間だぞ。帰る準備できてるならすぐに帰宅するように」


 見回りの先生からの一声で二人は急いで教室をあとにする。

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