二十一、部屋を出たら変わっていた関係性
統吾のいる部屋から出た三人は壮介を挟んで並び歩く。
「相変わらずムカつくやつだ」
壮介の右隣にいる柊依が番傘で肩を叩きながら悪態をつく。そんな風に怒ることもあるんだと、新たな姿を見て感心している壮介の左腕を掴んだ桂木が柊依を覗き込む。
「あらあら柊依お嬢様、当主様に対してそのような暴言は聞き捨てなりませんね」
微笑む桂木を柊依が睨む。
「まあ怖い。この屋敷に来たときはそのような表情はなさらなかったのに。いつの間に感情豊かになったのでしょう」
口を手で押さえわざとらしく驚きクスクスと笑う桂木から柊依が目を背ける。
「あの……桂木さん。さっきのことですけど」
「あらあら、壮介様。私はもうあなたの妻ですので親しみ込めて穂香と呼んでくださいな」
二人の間に割って入ったものの、桂木に顔を近づけられ驚きと恥ずかしさで壮介は顔を赤らめてしまう。そんな姿を見て桂木はクスッと笑いながら口を開く。
「はい、なんでしょうか?」
「えっと、そのなんて言って良いかわからないですけど、僕と結婚っていきなりすぎませんか? まだ知り合って間もないですし、なによりも桂木さんの気持ちが大事と言いますか……その無理矢理に決められた関係って嫌じゃないですか?」
「あらあら、私の気持ちまで考えてくださるなんて、壮介様はお優しいですのね。それだけでもお慕いする理由となります」
先ほど統吾との関係を見て必死に言葉を選び話す壮介に、一瞬驚いた表情見せた桂木はすぐに微笑む。
「壮介様も神坂家に入ると言うことが、俗世間からとの決別であると知っておいた方がよろしいかと。もっとも……」
そう言いながら桂木が壮介の左腕に右腕を絡め、肩に寄りかかると左手で壮介の頬を突っつく。
「壮介様は私を可愛がって頂ければ良いのです。もしも可愛がり方がわからないのでしたら、私で良ければ手取り足取りお教え差し上げることもできますよ」
頬を指でなぞられ背筋を伸ばす壮介を見てクスクス笑う桂木が自分めがけ振られた番傘を受け止める。
「暴力とは関心いたしませんね。私と柊依お嬢様の間には明確な上下関係があっても、壮介様の元では同じ妻として同等であることもお忘れなきようお願いします」
澄ました表情で応える桂木を柊依が眠そうな目で鋭く睨む。
「桂木、壮介の血を調べさせたのはお前だな」
「あららっ、もしかして怒ってらっしゃるんですか? 輸血が必要でしたから血液型を調べるのは当然のことです。それに妖に傷をつけられたのでしたらなおのこと慎重きすべきですから褒められることはあっても責められる筋合いはないはずです。血を吸って対処とするなど私にはできませんから」
涼しげに言葉を並べつつ応える桂木のある言葉に柊依が眉を動かし反応する。
「柊依のことを見ていたな」
「私のお役目は柊依お嬢様のお世話。遠く離れていてはお役目を果たせませんから。たとえるならそうですね、スープの冷めない距離を保っていたと言うところでしょうか」
悪びれる様子もなく言い放つ桂木は、いつの間にか壮介の腰に手を回し背中に密着しながら柊依を見て微笑む。
「桂木、お前って結構嫌なやつだったんだな」
「ふふっ、柊依お嬢様が私に感情を向けてくれたその言葉は、褒め言葉として受け取っておきましょう」
「これ以上お前と話すのは無駄だな」
「お早い判断、感謝いたします」
お互いこれ以上は無駄だと会話を切ったあと桂木が壮介の頬を指でなぞる。
「あのっ、そろそろ離れて頂けると嬉しいんですけど」
「あらあら、そのような冷たいお言葉悲しいです。私はもう少しこうしていたいのですけどダメでしょうか?」
緊張で体を強張らせる壮介を見て微笑む桂木は密着させた体を一層強く密着させる。
「先ほどの答えですが、私は当主様の言葉を抜きにして壮介様のことが好きですよ。それは出会った瞬間に一目惚れのようなドラマチックなものではありませんが、今こうしてお話させていただいたなかで私の中に芽生えた偽りのない感情です」
耳元で囁かれ顔を真っ赤にする壮介の足を柊依が踏む。
「いたっ!?」
「壮介はされるがままなのか?」
「ご、ごめん」
不服そうに言う柊依の言葉に壮介は申し訳なさそうに謝る。
「嫉妬とは柊依お嬢様らしくないですね」
「そんなのじゃない」
クスクス笑う桂木に対しむすっとした表情で応えた柊依が、壮介の手を取り引っ張ると強引に桂木から引きはがす。
「壮介様はお怪我されています。乱暴に扱うのはいかがかと」
「むっ……」
桂木に指摘されむすっとした顔のまま壮介を見上げた柊依だが、視線を壮介の肩に移すとしょんぼりとして小さく頭を下げる。
「すまん」
「い、いいよ大丈夫だから」
壮介の言葉にしょんぼりとしていた柊依が頭を上げてほんの少しだけ口角を上げる。
「本当に壮介様の前では表情豊かなのですね」
「うるさい。それよりも桂木、妖珠を一般人に渡している者がいる。なにか知らないか?」
「柊依お嬢様のご学友たちの件ですか? 残念ながら出所はわかりませんが妖珠を扱える者は限られていますから絞りやすいのではないでしょうか? 今回はご学友が被害にあったのなら学校から調べるのが定石かと」
「ふむ」
言葉を交わす二人を交互に見た壮介がちゅうちょしつつも口を開く。
「あの、今回のことを調べるなら僕も手伝わせてくれないかな?」
壮介の発言に驚く柊依と桂木を前にして壮介は言葉を続ける。
「知っている人が巻き込まれたこともあるけど、これ以上を被害がでないようにしたいんだ」
「あらあら、壮介様はお優しいのですね。柊依お嬢様ここは協力をお願いしてはいかがでしょうか? 聞き込みをするのにも柊依お嬢様は警戒されるでしょうし、なによりもコミュニケーション能力に乏しいですから聞き込みなんてできないでしょう」
「むぅ……」
トゲのある言い方だが反論できないのか唸る柊依はチラッと壮介を見る。
「すまないがお願いしてもいいか」
「うん、任せて」
柊依に言われ大きく頷きながら応えた壮介とのやり取りを見た桂木が口元を手で押えてクスっと笑う。
「壮介様には素直ですね」
そう言った桂木は自分に向かって雑に振られた番傘を手で受け止め、柊依と視線をぶつけ合う。そんな二人を見て自分の置かれている状況や今後のことを肩の痛みと共に思い出し不安でいっぱいになるのである。




