十一、お家事情と丸くて柔らかいヤツ
柊依から渡されたプリントに書いてある適当にも程がある地図の示す本屋へと向かう。
その本屋を壮介が知っているから問題ないものの、知らない人がその地図を見たら駅やランドマークとの距離感が無茶苦茶で、絶対に迷うだろうなと思いながら自分の隣を歩く柊依の方を見る。
番傘を持っていることに違和感があるくらいで、可愛らしい女の子である柊依と一緒に歩いているのだと思うと体が熱くなるのを感じてしまう。
それもこれも先ほど「可愛い」と本人に伝えたことで意識してしまい直視できないのだと冷静に分析し、心の中でクラスメイトたちに恨み節を呟こうとしたとき柊依が壮介の前に出て顔を覗き込む。
「どうした? 道に迷ったのか?」
「いっ⁉ いやいや、えーっと大丈夫! ちゃんと向かっているから」
「そうか。なら安心だ」
可愛いと意識した顔が目の前にきたことで、慌てふためく壮介をいつもと変わらぬ表情で見た柊依は壮介の横を歩きだす。
周囲から見たらどう思われるのだろうか? そんなことを考えてしまうと余計に意識してしまう壮介は、自分でも驚くほどの硬さで歩みを進め目的の本屋へとたどり着く。
「ほう、本がいっぱいだな」
「本屋さんだからね」
なんとも中身のない言葉を交わした壮介はキョロキョロと周囲を見回す柊依の姿に小動物のような可愛さを感じてしまう。
「壮介」
「なに?」
いつの間にか近づいて顔を覗き込む柊依にドキッとしながら返事をした壮介を柊依の瞳が映す。
「なぜ柊依を見て笑う?」
「えっ⁉ 笑ってた?」
自分が笑っていたことに気づいていなかった壮介は自分の顔に触れて確かめる。それで分かるわけもないのだが、それよりも自分をジッと見つめる柊依にドギマギしてしまう。
「あれか? さっき言っていた柊依が可愛いってやつか?」
思ってもいなかった発言に言葉に詰まる壮介が戸惑っていると柊依は言葉を続ける。
「教室でも同じ顔をしていたぞ」
「そ、そう?」
「柊依が可愛いからニヤケると言っていただろ」
「えっ、えーそれ自分で言っちゃうんだ」
真顔で自分のことを可愛いと言う柊依に壮介は思わずツッコミを入れてしまう。
「違うのか?」
「い、いや違うことはないけど……」
もはや自分でもなにを言っているのか分からなくなってきた壮介が柊依の真っ直ぐな瞳に負けてガックシと肩を落とす。
「う、うん……そうだね。僕が柊依を見て笑っているときはそう言うときだよ」
「やっぱりそうなのか」
壮介の言葉に納得したのか柊依は満足そうに頷く。その姿に恥ずかしいながらも言って良かったの気持ちが勝ってしまう。
表情を緩め微笑む壮介を見る柊依が僅かに口元を緩め口を開く。
「学校に行き出してからよく可愛いと言われるが、壮介に言われるとなんだか嬉しいな」
淡々言うがどこか柔らかい表情に見える柊依の発言に壮介は自分の体が熱くなるのを感じてしまう。
「そ、そうなんだ……」
やっと絞り出して返事をするが、声が上ずってしまい咳き込む壮介を不思議そうに見た柊依だがすぐにプリントを取り出すと広げてアピールする。
「さっさと目的を果たすぞ」
まだドキドキする気持ちを胸に持ったままの壮介は切り替えの早い柊依に驚きつつも、らしい気がして顔をほころばせる。
ほどなくして手に入れた教科書を大事そうに抱える柊依が壮介をチラッと見ると教科書を見せてくる。
教科書を手に入れたことがそんなに嬉しいのかなと、壮介は思いながらふと柊依は帰国子女だと言いつつ本当は違うことを思い出してしまう。詳しいことが知りたいと思った壮介が言葉を選んでいる間に先に柊依が口を開く。
「柊依は学校に行ったことがないからな。こういうのは楽しいものだ」
「学校に行ったことない? 小学校とかも?」
「安心しろ。義務教育の過程ならちゃんと習得している」
驚いた壮介に柊依が答えるが、聞きたいことはそこじゃないと壮介は首を横に振る。
「いや、そうじゃなくて……」
壮介が出かけた言葉を飲み込んだのは、柊依には学校に行けなかった事情がありそれが家庭の事情や本人の問題であった場合、深入りしてはいけないと思ったからである。
だが壮介の気遣いは無用と柊依が口を開く。
「柊依は本家に入るために修行していたからな。勉強も全部家でやっていた」
「本家に入るため?」
言っている意味が理解できない壮介を見た柊依がため息をつく。
「柊依の名字は神坂を名乗ることを許されているだけで、本当の名字は巳波だ」
ますます意味が分からなくなる壮介は話について行けずに首を捻る。
「妖を斬る、そしてその源である鬼を斬れる実力を持つ者が本家に迎え入れられ神坂を名乗れるのだ。柊依はその資格を得た者だぞ」
どうだ分かったか? とでも言いたそうに見つめてくる柊依だが、妖や鬼を斬るの時点でもう意味が分からないのに本家だの資格だの日頃触れない言葉が飛び出てきて困惑する。
「柊依は蛇の方角を担う巳波家からの初の資格者となる。ゆえに責任重大なのだぞ」
「ごめん、話が見えないんだけど。つまり柊依は鬼を斬ることができて、それが認められたから神坂の名を名乗っているってこと?」
「そうだ」
大きく頷く柊依に壮介は自分の理解が合っていることに安堵する。
それと同時に、教科書を受け取りに来ただけで、柊依が楽しそうにしている理由がなんとなく理解できた気がした。
「あのさ、時間があるならこのあと一緒にどこか行かない?」
ふと頭によぎったことがそのまま口に出てしまい、恥ずかしさから思わず口を押さえる壮介を柊依はじっと見つめる。
「時間はある。いいぞ」
あっさりと了承されたことにホッとしたのもつかの間、特になにも考えていなかった壮介は言葉に詰まる。
「え、ええっと……柊依は何か好きなものはある?」
「好きなもの?」
「そう、えーっとね甘いものとか辛いものとか……」
きょとんと不思議そうな顔をする柊依に必死に説明しようとする壮介だが、自身の説明の下手くそさ加減に呆れ肩を落としてしまう。
「甘いのが好きだ。なんと言ったか」
質問に答えた柊依だがそこまで言って上を向いて首を捻る。
「うーむ、こう透明で丸くてぷよぷよしていてだな」
両手を広げて丸を作って体を揺らして伝えようとする柊依の姿に壮介は思わず吹き出してしまう。
「なんだ。またあれか? 可愛いってやつか?」
少しだけ不服そうに口を尖らせる柊依に笑いを抑えきれない壮介がお腹を押えながら頷く。
「う、うん。そうだね。間違いないかな」
「可愛いと笑う意味が分からないぞ。それよりも柊依の食べたいものを思い出せ」
自分のことなのに相手に思い出せとは無茶苦茶な要求だと思いながらも、やはりどこか不服そうに口を尖らせる柊依の可愛らしさに壮介は笑みを必死に押えながら思考を巡らせる。
「どこでどうやって食べたとかは覚えている?」
「う~む、家ではなくてどこか外だった気はする。食べ方はそうだな……なんか甘くてむせた記憶があるな」
自分の好きなものを思い出そうと柊依は腕を組んで首を何度も捻る。
「むせる? なんだろ? 粉っぽいなにか……あぁ~もしかして丸くて透明でむせるってあれじゃない? わらび餅!」
「わらび餅? そんな名前だったか?」
確信を持って発言した壮介に対し柊依は、いまいちピンときていない様子である。そもそも柊依が好きなものの名前を自分に聞かれても困ると眉を下げる壮介だが、愚痴ってもしかたないとすぐに表情を整える。
「実物を見て見れば思い出せるかも。わらび餅って……和菓子屋さんに行けばあるのかな?」
存在は知っているが、実際に食べに行くほどに興味を持っていなかったわらび餅が、どこに売っているか詳しくない壮介だったがひとまず和菓子屋へと足を向けることにする。




