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一、和紙に雨音を響かせて

 しとしとと降る雨は黒を基調とした傘に当ると耳障りの良い音を奏でながら地面へと落ちていく。


 先端を中心に赤丸が描かれ、それを囲む赤い円が二つ。真上から見れば黒い生地の上に描かれた赤丸は暗闇に潜む何者かの目のようで、人混みの中にいる何を探しているようにも見えなくない。


 ナイロン素材が一般的な現代において和紙を重ね合わせた番傘は珍しく、黒地に赤い線の入った何処か重苦しい雰囲気を醸し出す。そんな傘とは対象的に手に持つ少女は幼さの抜けない大きな瞳で人混みを映し見ている。


 番傘を差したまま立ち止まった少女は目だけを動かし、瞳に映す人を変えなにかを選別していく。


 ふと少女の瞳が止まり赤い傘を差した一人の女性の背中を映しピントを合わせると、少女は後ろで束ねた真っ黒な髪をピョコピョコと動かしながら足早に女性のあとを追い始める。


 紺色のブレザーの胸にはローマ字で『KiiSchool』と書かれた紋章が刺繍されており、胸元の淡いピンクのリボンとチェック柄のスカートを揺らし女性の後を追う少女は、付かず離れずの距離を保ち続ける。


 傘を差す人混みの中を女性と少女はぶつかることなく抜けて行くと、先に女性がふと立ち止まり店の軒下で雨宿りをしながらスマホにメッセージを打ち込む女子高生をじっと見つめる。


 女性はマスクをしていてもはみ出る大きな口の口角を上げニンマリと笑みを作ると、赤い傘から手を離し地面に放り捨て女子高生へと向かい足早に歩みを進めやがて走り始める。


 女性の速度が段々と速くなり女子高生へあと少しでたどり着くといったとき、番傘をさした少女が進路を防ぐようにして割り込んでくる。


 少女は番傘を閉じると左手で傘の本体を持ち、右手で柄を持って姿勢を低くする。


 それはまるで居合切りの構えのようであるが、背の低い少女が雨に濡れながら傘で遊んでいるようにも見えなくもない。


散花(さんか)


 少女が小さな口を開きポツリと言葉をこぼすと、番傘の持ち手を引き抜きそれと同時に女性の体を弧を描いた閃光が走り抜ける。


 番傘の中棒である竹に銀色に光る刀身を差し込んで収めると、何事かもなかったかのように番傘を広げ差して雨音を響かせる。


 先程まで女性がいた場所には真っ黒な霧が風に煽られ霧散しており、少女は霧に手を伸ばすと中から黒く光る小さな玉を摘み出し、口の中へ放り込む。


「まずい……」


 咀嚼(そしゃく)していた口を止め呟いた少女は喉を動かし飲み込むと、雨宿りをしながらスマホを操作する女子高生の横を素通りする。


 番傘を差し頭上で鳴り響く雨音と共に歩く少女が足を止め、小さな鼻をスンスンと動かすと辺りをゆっくりと見回す。


「美味しそうな匂いがする」


 それだけ言うと傘を差す人の群れの中へと溶け込んでいく。


 ***


 幽霊や妖怪など人ならざる者の存在は、SNSや動画投稿などない時代から人々は噂し想像を膨らませてきた。ただ、今日まで受け継がれる幽霊や妖怪の姿に大きな変化がないのは、人の想像力の限界なのか……否、大昔から語られてきた姿に変化がないのはそれらがその姿で存在していたからに他ならない。


 その人に顔は無かった。ゆえに顔に凹凸は無くもちろん口もない。なのになぜか声が聞こえる。顔の皮膚は無駄に張りがよくシワ一つないことがより不気味さを引き立てる。


「ちょうだい。顔ちょうだい」


 スーツを着たおそらく男性であろう体つきで顔のない、のっぺらぼうは壁際に追い込んだ高校生の少年の顔を覗き込みながら高い声で顔をねだってくる。


 見た目は大人の格好なのに、声はおよそ幼い少年のようでそのギャップがまた気持ち悪さに拍車をかける。


 少年は壁に背をつけ座り込み、抵抗することも出来ずに歯をガチガチ鳴らし、自分の顔に近付けるのっぺらぼうの手を見つめることしかできない。


 のっぺらぼうの手が触れるか触れないかの距離に近付いた瞬間、突然のっぺらぼうの体が大きく揺れ呻く。


 その原因が胸元から飛び出ている尖った銀色の物体であることに少年が気付いたとき、銀色の尖った物体は上に向かって切り進みのっぺらぼうは真っ黒な煙を吹き出しながら上半身が真っ二つになってしまう。


 のっぺらぼうが黒い霧へと変わり、霧が風に揺らめき視界が開けると、背の低い少女が番傘の持ち手を中棒に差し込む姿が少年の瞳にる。


 番傘を持った少女はゆっくりと近付き、手を霧の中へ突っ込むと小さな黒い玉を指で摘み出しそのまま口へ放り込む。


「びみょー」


 表情をあまり変えずに少女は味の感想を言ったあと、少年を見下ろすと眉を僅かに上げて眠そうなまぶたの下にある瞳でじっと見つめる。


「あ、あの……」


 少年が空気を求める金魚の如く、口をパクパクさせながら少女に語りかけるが、少女はそんなことは気にも止めずに少年に近付くと、右手を伸ばし頬を人さし指で撫でる。


 自分の指を眺める少女の指先が赤く染まっているのを見て、少年は自分の頬に触れて初めて頬が切れていることに気が付く。


 そんな少年の驚きなど気にもとめず少女は血が雨で滲まないよう急ぎ指をくわえる。


 その行為だけでも驚かされた少年をさらに驚かせたのは、少女が眠そうな目を僅かに大きく開き目をキラキラさせ言い放った一言である。


「甘い」


 目を輝かせた少女は少年に目を向けるとずいずいと足早に近づいて来る。そして両手で少年の胸ぐらを掴むと、無理矢理体を起こし自分の方へ引き寄せる。


 自分よりも小さな体と細い腕のどこにそんな力があるのか分からないと驚く少年は、少女が顔を自分の顔に近付けていることに気付き声を上げようとするが、喉に声が突っ掛かって口をパクパクさせてしまう。


 少年の頬に柔らかい感触が触れたかと思うと、チューチューと音が耳元で聞こえる。


「えっ⁉ ちょっと何を」


 少女に胸ぐらを捕まれ頬にキスをされ……というよりは傷口から血を吸われていることに驚き焦り引き剥がそうと押すがビクともしない。


「こ、このっ! 離れろって!」


 華奢な体に似合わない力に驚くよりも、恥ずかしさの方が勝った少年は力を思いっきり込めぐっと押すと手が滑ってしまい、ぐにゅっと柔らかい感触が手に広がる。


「あっ……」


 腕を押していた手が今は少女の胸を押していることに気付き少年は固まる。

 いつの間にか少女は少年の頬から離れ、唇をペロリとひと舐めすると自分の胸にある少年の手を見る。


 少女は上を向き首を何度か捻ると少年を指さす。


「発情期か?」


「ち、違う! こ、これは事故でその……」


 あたふたする少年に然程興味がなさそうな少女は番傘を広げ、独特な雨音を響かせ始める。


 そして顔をぶるぶると震わせ、自身にまとわりつく水を飛ばすと少年を見つめる。


 雨に濡れた体を振るう子犬のような動きを見せ、それでもなお全身が濡れている少女に見つめられた少年は、緊張した面持ちで固まったまま見つめ返す。


 そのまま少女がゆっくり指を少年に向けると、文句を言われると体を強張らせる少年は喉を鳴らして唾を飲み込んでしまう。


「お前、甘いな」


「へ?」


 それだけを口にすると番傘を差した少女はバシャバシャとワザと水溜りを踏み、水しぶきを上げながらあっという間に少年の前から去って行く。


 置いていかれた少年はずぶ濡れになっているのも忘れて段々と小さくなる黒い番傘の跡を必死で目で追ってしまう。


「なんだったんだろうあの子」


 雨の中一人残された少年は体中濡れているのに、緊張で乾いた口から絞り出した言葉はなんとなく間抜けだなと少年は思いながら、雨の中に少女の影を追う。

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