第七夜 トランス能力
「ならば、貴様の力は……」
「ご推察通り。俺の力は……『トランス能力』だよっ!」
そう叫んだ暗殺者は縛られている腕を思い切り引いた。
スパッ
すると銀糸は呆気なく切断された。
「腕がっ!?」
エルヴィネーゼが指摘した通り、暗殺者の右肘から先は刃物になっていた。
「今までは暗い所でしか見なかったから分からなかったのか……」
「そうだな……」
「何をごちゃごちゃと話してんの?」
「「!!」」
その声は二人のすぐ側で聞こえた。二人が声がした方を慌てて見ると、暗殺者は正に右腕の刃を振るおうとしていた。クラウドは直ぐ様エルヴィネーゼを突き飛ばすと、自分はナイフを構え防御の体制を取った。
ガギィン!
ギリギリ右腕の刃を受け止めたクラウド。しかし、
「貰ったっ!」
「!」
それで体制を崩したため暗殺者が振るった左腕の刃に反応出来なかった。
だが、ここにいるのはクラウドと暗殺者だけではない。
ターンギィン!
「!?」
エルヴィネーゼの放った弾丸が左腕の刃に命中、それを弾くことに成功した。
「まだまだぁ!」
二発、三発と放たれる弾丸。だが、その全てを暗殺者は素早い動きで避ける。寧ろ弾丸を避けながらもエルヴィネーゼに近付いていく。
ガチンッ
「くっ!」
弾が切れた音が拳銃からした。しかも二丁とも。
「終わりだっ!」
それを見た暗殺者は左右の刃を振りかぶった。その狙いは首だ。
それを見たエルヴィネーゼは回避行動には移らず、
「!?」
両手にある拳銃を暗殺者の顔面目掛けて投げた。いや、放った、と言った方が適切か。
突進している途中で顔の目の前に物が飛び出してきた場合、人は反射的に避けるか、手で払い除ける。暗殺者も例に違わず、左右の刃で拳銃を下に叩きつけた。切断しなかったのは、何が起きるか分からなかったからだ。例えば、爆発とか……。
だが、その一瞬の隙でエルヴィネーゼは充分だった。右手を背中に回し、腰に提げていたホルスターから一丁の拳銃を抜いた。
それは、銃身の長い大口径のリボルバーだった。いつもエルヴィネーゼが使っているのは、ブローバック式のオートマチックであり、これは装弾数が九で、反動が小さいので使いやすいのだ。その分威力が低めだが、それをエルヴィネーゼは命中率でカバーしてた。しかし、その命中率で期待が出来ないため彼女はリボルバーを使うことを決めた。反動は強いし、装弾数は六しかないし、その弾は液体火薬で作るため、リロードが出来ない。だが、一発の威力はオートマの比ではなく、何より今は暗殺者が目の前にいる。
「喰らえッ!」
ドゴンッ!
重々しい銃声を轟かせながら放たれた弾丸は暗殺者の腹部に命中した。
ガギンッ!
にも関わらず、響いた音は甲高かった。暗殺者の方も弾丸を受けた反動で多少よろけたが、ダメージを喰らった印象はない。
「そんなっ!?」
「今度こそ……!?」
暗殺者は両手の刃を交差させ、鋏のようにエルヴィネーゼの首に放った。
しかし、その攻撃は暗殺者の体がガクンッと急に止まったことで失敗した。それに気付いたエルヴィネーゼは直ぐ様攻撃範囲の外に離脱した。その時、放った二丁の拳銃を回収することも忘れない。
「銀糸か……!」
暗殺者の腕は銀糸によって捕らえられていた。背後では左手に装着している銀糸を目一杯引いて動きを固定させているクラウドの姿がある。
暗殺者は二の腕を刃物に変化させて銀糸を切断し、振り返った。
「全身凶器……、いや……」
振り返った事により、エルヴィネーゼの銃弾を喰らった箇所が露になる。
そこは、金属になっていた。決して鉄板を入れていたわけではなく、体の皮膚の一部を鉄に変えていた。
「金属変換……。成る程、『金術』の応用か……」
「応用……?」
離脱した後、クラウドの隣に移動していたエルヴィネーゼは彼の呟きに首を傾げた。
「嗚呼、多分アイツの研究内容は――」
そこまで言ったクラウドはまたもやエルヴィネーゼを突き飛ばし、自分は反対方向に跳んだ。一瞬の後、二本の刃が先ほどまで二人が立っていた空間を切り裂いた。
「だからぁ、何をごちゃごちゃと話してんの?」
暗殺者はクラウドの方に顔を向けた。
「あと、お姉さん……」
次にエルヴィネーゼの方を向いて話しかけた。
「こんな所で拳銃なんか撃たないでくれる? 跳弾して、もしアイツの試験管に当たって何かあったら、どうしてくれるの……?」
「なッ!?」
拳銃を撃つな発言。これには流石のエルヴィネーゼも絶句。
「いや、その通りだ……」
それに賛同したのは、暗殺者の敵であるはずのクラウドだ。彼は実験生物が容れられている試験管の脇にある装置を指差して、
「コントロールパネルに命中し、それが誤作動を起こして、実験生物が目覚めたら洒落にならん……」
エルヴィネーゼを諭すように言った。
「そ、それは……」
試験管に容れられているため、そこにいる生物達が“成功”か“失敗”かは分からないが、大事なのは今、その実験生物が“存在する”ということなのだ。
どれにどんな実験を施したかは分からないが、それらが目覚めて、万が一クラウド達に襲い掛かってきたら非常に厄介な相手となるだろう。
「故に、オレがこの餓鬼の相手をする。至極面倒だがな……」
そう言ったクラウドは扉の外の薄暗い広場に向かって駆け出した。
「餓鬼、場所を代える。着いて来い……」
それを見た暗殺者もこの研究施設で暴れるのは不本意だったため、素直にクラウドを追い掛ける。エルヴィネーゼはそれを悔しそうに見送った。
「あたしだって、“アレ”を使えば肉弾戦だって……」
突如、彼女の背後、つまり研究施設の奥の壁に偽装された自動ドアが無音で開き、中から一人の男性が出てきた。そいつは、静かな足取りで暗殺者が肉親と言っていた女性が入っている試験管に近付いた。
しかし、エルヴィネーゼはそれに気付いていなかった……。
広場の中心辺りで足を止めたクラウドは振り向き様に右手のナイフを暗殺者に向かって投げ、それを追うように走り出した。
暗殺者は左腕の刃でナイフを弾き、右腕の刃で斬りつけた。クラウドはそれを左手のナイフで防ぐ。暗殺者はそのまま左腕の刃で無防備な右半身を狙うが、懐から出したナイフで防がれる。
一瞬膠着するが、クラウドが右足の爪先で暗殺者の腹部を蹴った。それにより、暗殺者の力が一瞬弱まる。その瞬間にクラウドが暗殺者の両腕の刃を弾き、首を狙いナイフを走らせるが――
ギィン!
――またもや金属音。暗殺者が切断されるであろう箇所を金属化させたのだ。
「……ッ!」
それを確認したクラウドは即座に暗殺者と距離を取るため離れ、暗殺者の刃が空を斬る。
二人はその後もダッシュしては斬り合い、直ぐ様離れるという行動を続ける。
「厄介な……」
「ちょこまかと……」
クラウドは例え暗殺者の刃を掻い潜り、ナイフで斬りつけたとしても金属化で防がれるためダメージを与えられずにいた。
一方の暗殺者も、技量がクラウドより下のため、なかなかクラウドに攻撃を当てられずにいた。
共に決定的な一撃どころか、ジャブすら当てられずに、そのまま膠着状態に陥るかと両者が思った瞬間――
「何をもたついているのじゃ、“検体4098”?」
――今まで聞いたことのない声が響いた。
全員が声のした方に視線を向けると、一人の人物が金髪の女性が入っている試験管の側に立っていた。
年により白くなった髪をオールバックにして、如何にも研究者ですと言わんばかりの白衣を着た初老の男だった。
「ジル!? お前が何で此処に!?」
唯一知っていた暗殺者が叫ぶ。ジルと呼ばれた初老の男性はフォッフォッと笑い、当然のように言った。
「何故も何も、此処は儂の研究所なのだから居てもおかしくはあるまい?」
「それは、そうだが……」
言葉に詰まる暗殺者。そのやり取りを聞いていたクラウドとエルヴィネーゼは、
(こいつが、この研究所の責任者か……)
と目を細めていた。
「兎も角、さっきも言ったが、何をもたついているのじゃ?」
「煩いッ」
質問には答えず、叫ぶ暗殺者。どうも、暗殺者はジルのことが嫌いなようだ。
「そうかそうか……、一人では厳しいか。では、手助けをしてやろう」
その言葉に身構えるクラウドとエルヴィネーゼ。しかし、暗殺者の方は顔をしかめる。
「アンタに何が出来る、爺?」
「儂は何もしない。手助けをするのは……、コイツじゃ」
そう言ってジルが叩いたのは金髪の女性の試験管だった。
「何ッ!?」
「「!?」」
思いもよらぬ発言に度肝を抜かれる三人。
「何を言ってる!? そいつはまだ……」
「いやいや、実験自体は既に成功しておるのじゃよ……」
「えっ……?」
更に訳の分からない発言で言葉に詰まる暗殺者。クラウドとエルヴィネーゼも眉を潜める。
「実験は無事成功。しかしな、力が安定しなかったからの、安定するまで眠らせておくことになったのじゃよ」
「聞いてないぞ、そんな話!?」
食って掛かる暗殺者に対し、ジルは飄々とした態度を続ける。
「伝える必要が何処にある? お主は既に『暗殺部隊』に配属されておったじゃないか」
「それとこれとは話が別だ!」
「一緒じゃよ……。この研究所から抜け出た者は、検体であろうと此処の情報は一切伝えん。それが此処のルールじゃ。知らんわけではあるまい?」
「くっ……!」
またもや言葉に詰まる暗殺者。どういう経緯であれ、正論を言っているのはジルの方のようだ。
「では……」
そう言ってジルはコントロールパネルに手を伸ばす。
「! 動くなッ」
瞬時にリボルバーをジルに向けて構えたエルヴィネーゼ。しかし、ジルは意に介さず動きを止めない。
「動くなって言ってるでしょ!」
ジルは一旦動きを止めて、エルヴィネーゼを見た。
「嬢ちゃん、君では儂を殺せんよ」
「嘗めないでよね! あたしだってランク十七の傭兵よッ!」
それを聞いたジルは笑みを浮かべた。
「ほうほう、では嬢ちゃんが“あの”『吸血姫』か……」
「そうよッ」
その言葉に更に笑みを深める。
「ちょうどいい……」
「な、何がよ?」
その笑みに不気味さを感じるエルヴィネーゼ。半歩だけ下がった。
「コイツの調整相手に……じゃよ」
「!?」
一旦止めていた手を再びコントロールパネルに向けるジル。
ドゴンッ
それを見たエルヴィネーゼは、もう警告することなく大口径の一発を足の膝に放った。その無慈悲な弾丸は老人の膝を確かに砕いた。
それにより、ジルはバランスを崩して倒れ――かけ、直ぐ様体制を立て直す。
「えっ……?」
それを見たエルヴィネーゼは目を見開く。
膝の傷がみるみる内に治っていくのだ。
「何で……、確かに……」
動揺しているエルヴィネーゼにジルはコントロールパネルの操作をしながら説明する。
「儂がただの人間だと思ったか? 残念じゃが……――」
そこまで言って振り向く。右手だけはパネルの上に置いたまま。
「儂も“成功例”じゃよ!」
右手の人差し指でパネルのボタンを押す。
すると、女性の足元から出てきた二本の柱が体を固定し、試験管の中を満たしていた液体が抜けていく。
液体が全て抜けきると、呼吸器が外れた。
次に試験管の床が開き、女性が柱と一緒に降りていく。数秒後、昇ってきた女性はどうやったのか、体が完全に乾いており、裸だった体には黒いドレスが身に付けられていた。肩が開いたフリフリの付いたタイプで、所謂ゴスロリというやつだ。両手には肘まである同色の手袋。
彼女の右脇から、長さが彼女の身長と同じくらいあり、剣幅も十五センチはある、両刃の大剣が柄を上に向けた状態で床から現れた。
試験管のガラスに縦に線が引かれ、その部分から試験管が開く。外気に晒された彼女の髪が、柔らかそうに風に揺れる。
そして、最後に彼女の目がゆっくりと開いた。
その瞳は、暗殺者と同じ金色だった……。
作「第七夜、お読み頂きありがとうございます」
エ「あたしのリボルバー……」
作「殆んど出番なしで退場ですからね」
ク「誰もその損失に心を痛めんだろうな」
エ「あたしは痛いわよ!」
ク「エルのことは知らん。助けてやったのだから感謝はされども責められる謂れはない」
エ「くっ……正論を……!」
作「まあまあ……」
エ「元はと言えばアンタのせいよ!」
ターンッ
作「ギャァァァァ……!!」
エ「ふんっ」
ク「酷いな……」
エ「当然の報いよ! あ、それとクラウド」
ク「何だ?」
エ「『金術』って何?」
ク「……お前はそんなことも知らんのか?」
エ「し、知ってるわよ! ただ、読者の皆様の疑問を代弁しただけよ!」
ク「…………(疑いの眼差し)」
エ「ほ、ホントだってば……!」
ク「……まあ、お前が無能だということは知っているからな、別に構わんが……」
エ「だから無能じゃなくて世間知らず!」
ク「だからどちらも変わらんだろう……」
エ「全然違う!」
作「煩ぁぁい!」
ク・エ「(ビクッ)」
作「そんなことはどうでもいいのッ!」
ク「相も変わらず復活が早いな……」
エ「そんなことって……」
作「『金術』の話だったよね?」
ク「そうだ。何の説明もなしに出すのは不味いのではないか?」
作「うん、それは自分でも思ったけど、戦いの最中に説明させるのも可笑しいだろ?」
ク「確かに」
作「だから、説明は後々にしようと思う。今のところは魔術の一つだって思っててくれればいいよ」
ク「だそうだ、エル」
エ「そんなことって……そんなことって……」
ク「戻ってこい(ポカッ)」
エ「あ痛ッ! だから言われなくても分かってるわよ、それぐらい!」
ク「嗚呼、そうかい……」
作「では、今回はこれぐらいにしとこうか。では皆様、またの機会に」
ク「……一つ思ったんだが」
作「?」
ク「このあとがきいるか?」
作「それは言うなぁ!」