第四十三夜 責任
……お久しぶりです。
2ヶ月も音沙汰なしですみませんでした。
言い訳紛いはあとがきに記してありますので、気になる方は読んでみてください。
それでは、第四十三夜です。
どうぞ
「何、が……起きているんだ?」
カイルは辺りを見回しながらそう呟く。別に、誰かに答えて欲しくて声を発したわけではないが、
「さあ……? ただ、大会の余興ってわけじゃないみたいね」
フィオナは律儀に答えていた。その腕に彼女の妹であるソラリスを抱きながら。
「クラウド先生は急にどこかへ行っちゃうし……」
「お姉さんとセシルさんも行っちゃった……」
ソラリスとリンも首を傾げながらその場に立っている。
ただ、リンだけは、この異様な雰囲気に何かを感じ取っていた。
(これは、嫌な予感がする……。何が起きているのかは分かんないけど、何かが起きているのは確かだ。それも、あまり喜ばしくないことが……)
そのようにリンが思考し、表情を険しくしていると、ナタリア達の所へ行っていたエルヴィネーゼとセシルが急いで戻ってきた。
「あ、エルヴィネーゼさんにセシルさんだ」
それに気付いたカイルは、無意識に安堵の溜め息を吐いていた。
状況が分からない時、頼れる人物が側にいるだけで人は安心するものだ。
「みんないる!?」
エルヴィネーゼはそう叫びながら人数を確認する。
「は、はい……。一応、先生以外はちゃんと……」
カイルはエルヴィネーゼの様子に面食らいながらも、確りと答えた。
「よし……。じゃあみんな、落ち着いて聴いて」
普段のユルイ雰囲気など微塵も匂わせないエルヴィネーゼに、次第に空気が重くなっていく。
全員が頷いたのを確認すると、エルヴィネーゼは出来るだけ感情を抑えてこの状況を伝えた。
「クリスティアが侵攻されているわ」
『え…………』
「………………」
呆然と言葉を発したのは学生の三人で、無言で通したのはリンだった。
「だから、みんなは逃げて。敵はどうやら南から攻めてきているみたいだから、とにかく北へ。北へ逃げて」
エルヴィネーゼは四人に、特に学生の三人に訴える。真摯に、真剣に。
「わ、分かりました……」
「……、分かりました」
カイルとフィオナは多少動揺しながらも、パニックにはならず頷いた。養成学校での教育が行き届いているのだろう。
一方でソラリスは未だに呆然としているが、騒ぎ出していないだけまだ安心だ。
「ソラリス、クラスのみんなは?」
「う、あ、えっと……」
エルヴィネーゼは次にソラリスにそう尋ねるが、ソラリスの口からは要領の得ない単語が出てくるだけ。
「確りしなさい、ソラリス! クラスのみんなはどこにいるの?」
ソラリスの両肩に手を置き、しゃがんで至近距離から目を合わせるエルヴィネーゼ。
「あ、えっと……、ち、近くに……」
「分かった。フィオナ」
「は、はい」
「ソラリスと一緒に、みんなを呼んできて」
しゃがんだ状態からそのまま上目遣いでフィオナに頼む。一瞬、フィオナはエルヴィネーゼに睨まれたと思い体を固くしたが、すぐに頷くとソラリスの手をとって歩き出した。
「さ、行こ。急いで」
「う、うん……」
フィオナに手を引っ張られながら歩いていくソラリスの背中には、未だ状況が分かっていないという印象がありありと浮かんでいた。
「……あの歳でいきなり敵に攻められているなんて言われても、理解出来ないのは当たり前よね」
姉妹の後ろ姿を見つめながら、エルヴィネーゼはポツリとそう呟いた。
「……それでも──」
「ん?」
その呟きに反応したのは、今まで黙っていたセシルであった。
「──自分から動かなきゃ、何も変えられない。ただ流れに身を任せているだけじゃ、何も変わらない。今回の場合は、逃げなくちゃ、殺される」
「……まあ、捕虜になる可能性も少なくはないけど、確かにアンタの言う通りね。ソラリスには酷だけど」
この二人のやりとりを隣で聞いていたカイルは、こめかみから一筋の汗を流していた。そして、壁に立て掛けてあった細長い袋をじっと見つめる。それには、彼が愛用しているパルチザンが収納されている。
「……ソラリス達は、そうかもしれません」
「ん?」
「……?」
不意に響いたカイルの声に、二人の傭兵は振り向いた。
「でも……」
そして、右手でその袋を力任せに掴んだ。
「僕やフィオナは違う。状況は確りと認識しているし、混乱もしていない。戦えと言われれば……戦いますよ」
それは、決意の言葉。
戦士を志す者の、心の奥底から絞り出した精一杯の虚勢。
それを感じ取ったエルヴィネーゼとセシルは、しかしそれには一切触れない。
「……オッケー。それじゃ、貴方の任務は、護衛よ。ソラリス達、二―二のみんなを守って」
「……重要な任務だよ。しっかり」
二人の英傑に託された仕事。それは、一人の青年には重すぎる。しかし、それは同時に心を奮い立たせるカンフル剤となり得る。
「…………はい!」
カイルが心の籠った返事をした隣で、リンは俯きながら何かを呟いていた。
「? どうしたの、リン?」
それに気付いたエルヴィネーゼは、腰を屈めながらリンに尋ねる。
その言葉に反応して顔をあげるリン。その表情には、焦燥が浮かんでいた。
「お姉さん……」
「なに?」
「俺達は、確かに逃げられるけど、病院に入院している人達は?」
リンが何を知りたいのか感付いたエルヴィネーゼは、優しく微笑んだ。
「大丈夫。あたし達がちゃんと逃がすから。心配しないで」
だが、そんな言葉を聞いてもリンの表情は晴れない。
「それは意識がある人達でしょ!? 意識がない人……イヴはどうなるの!?」
突然の大声に、エルヴィネーゼだけではなくセシルとカイルもびっくりして振り向いた。
「だ、大丈夫。イヴもちゃんと避難させるから」
エルヴィネーゼはリンの肩に手を置いて落ち着かせようとするが、それでもリンは収まらない。
「誰がイヴを運んでくれるの? しっかりと最後まで運んでくれるの? 本当に責任を持って運んでくれるの!?」
「っ……」
責任を持って。
これに対して即答することは、エルヴィネーゼには出来なかった。
傭兵である自分達が一体どういう集団であるのか、彼女は分かっている。
だから、
「──あたしが責任を持って、イヴちゃんを避難させる。だから、心配しないで」
だから、その役目を自らが負う。他人が責任を持つかどうかは分からないが、自分なら絶対の自信を持って言えるから。
リンの瞳を真っ直ぐに見つめ、心からの声を伝える。
届け、届け──と。
だが、
「…………ごめんなさい」
「──ッ」
リンは、本当に申し訳なさそうにしながら、それでもと言葉を紡ぐ。
「お姉さんに、本当に責任を負ってくれる覚悟があるのは分かった。けど、やっぱり、イヴの事は他人任せになんか出来ない……。だって──」
──たった一人の肉親だから──
それだけ言うと、リンは持ち前の脚力を活かして会場を飛び出した。
「リン!? 待ちなさいッ!!」
エルヴィネーゼはリンを捕まえようと手を伸ばしたが、その指先はただ中空を泳いだだけだった。
「……イヴって誰、なんて訊くタイミングじゃないね。どうするの?」
リンが跳んでいった方向を見ながら、セシルはエルヴィネーゼに訊く。
「…………あたしが追いかける。セシルはカイル達を」
「……了解」
二人は共に一度頷き、エルヴィネーゼはリンが向かった方へ駆け出した。
「あれ? エルヴィネーゼ先生は?」
エルヴィネーゼが見えなくなったタイミングで、フィオナとソラリスが二―二の生徒を連れて戻ってきた。
「あ、えっと……」
カイルはどう説明したものか、そもそも僕も何が起こったのか分かってないぞ、としどろもどろする。
「……エルは他の人達を逃がすために先に行っただけ」
なので、カイルの代わりにセシルが説明をする。彼女も全てを理解しているわけではないが、どういう状況なのかは、なんとなく勘づいていた。
「…………そうですか」
フィオナは少々顔を曇らせながら浅く頷く。
それに気付いたセシルは、更に言葉を贈る。
「……大丈夫。エルは、フィオナとカイルがいるから安心して行ったの。貴女達を、信頼しているから」
その言葉に、顔を上げたフィオナは目を見開いてセシルを見つめる。同じく驚いたようにセシルに目をやるカイル。
「……だから、自信を持って。アナタ達は、No.17の女傑に信用されているんだから」
二人の上級生は、ほぼ同じタイミングで頬を紅潮させ息を呑んだ。
「「はいッ!!」」
そして気合いの入った返事。カイルに至っては先程よりも強い語調であった。
(……でも──)
だから、これはセシルの心の中だけで紡がれる、冷たい言葉。
(──“信用”はされていても、“信頼”はされていない。この違いを、二人はまだ知らない。なら、わざわざ伝えて士気を下げさせるより、伝えずに維持させる方が効率的、か)
ここで何かに気付いたのか、僅かに、本当に僅かに口角を上げた。
(……こんな気遣いが出来るようになっているなんて……、確かに変わったのかな、私は)
目を細めて思考に浸るセシル。そんな彼女の様子に気が付いていない生徒達は、逃げる算段を続ける。
「フィー、担任の先生は?」
ここにいなければならない人物がいないことに疑問を呈したカイルは、連れてくる役目だったフィオナに尋ねた。
「先生は、他のクラスに伝えてくるって。そろそろ戻ってくると思うけど……あ!」
答えながら後ろに振り向いたフィオナが、走ってくる二―二の担任である男性の姿を視界に捉えた。
フィオナの後ろに付いていた生徒達も担任に気が付き、大きく手を振ったりジャンプをしたりと思い思いの行動で担任に合図する。
「先生早くー!」
「急いでー!」
「遅いよー!」
「おーいッ!」
「早く早くッ!」
子供達の声に促されてか、先生は走るスピードを上げて合流した。
その腰には両刃の剣を一本帯び、左前腕にスモールシールドを装着していた。
「悪い、待たせたか?」
「いえ。それよりもすみません、先生に伝令のような役割をやらせてしまって……」
フィオナが頭を下げると、先生は首を横に振った。
「気にするな。むしろ私じゃなかったらみんなは信じてくれなかっただろう。私が言っても半信半疑だったからね」
そこまで伝えると、先生は次にセシルに向き合った。
「貴女は、『無限の檻』……さん、ですよね?」
「……セシルでいい」
確認をするような声色の先生に対し、キッパリと言い切ったセシル。
「──そうですか。では、セシルさん。貴女に、護衛の依頼を引き受けていただきたいのです」
「無理」
一刀両断。考慮の瞬間すらない即答であった。
「ッ……! も、もちろん報酬は出します! 学校のお金をかき集めてでも間に合わせてみせます!! ですから──」
あまりにも簡潔で即断の答えだったため、一瞬絶句しながらもなんとか説得をしようと口調を強める先生。
だが、
「……お金の問題じゃない」
言葉を遮るように、セシルは再度否定の意を露にする。
「ど、どういうことですか……?」
吃りながらも、理由を問う。
「……上の命令。許可が出るまで、私達は依頼を受けることが出来なくなった」
「そんな…………」
愕然とした表情を浮かべる先生。
「……でも──」
「え……?」
だがそれも、続くセシルの言葉によって消え去る。
「私が、私の意志で行えば関係ない」
「それは……、つまり」
「……護衛、してあげる。知らない仲でもないし、ね」
最後はソラリスの顔を見ながら、宣言した。
「──ッ! ありがとうッ」
感極まったのか、込み上げてくる涙を堪えながら、先生は勢いよく頭を下げた。
「……気にしないで。それより、他のクラスは?」
セシルは辺りを見回しながら先生に尋ねた。
「あ、他のクラスは先に行きました」
頭を上げながらそう答えた。
「とにかく、早く行動しようということで。他の先生方も、途中で傭兵に護衛を頼むと言ってたけど、この分じゃ……」
「……十中八九断られてる」
「ですよね……」
悔しそうにギリッと奥歯を噛み締める先生。
「……今は悔やんでる時じゃない。まずは自分の事から」
それを見ても、セシルは態度を変えずに時間がないことを言外に告げる。先生もそれは十分に理解しているようで、すぐさま表情を改めた。
「そうですね。では早速……」
「……逃げる。二人もいいね?」
セシルは傍らのカイルとフィオナに確認を取る。
覚悟は出来たか、と。
「「はいッ」」
瞳に決意の光を点らせながら、首を縦に振る。
「よし……。それじゃ行くか!」
そうして、先生の号令で二―二の生徒と先生、カイルとフィオナ、セシルという歪なパーティは生き残るための逃避を開始した。
改めて、お久しぶりです。
まえがきにも書いた通り、言い訳紛いをば。
と言いましても、一言で言えば新生活が忙しくなったとしか……。
もうちょっと言えば、
・大学が少々遠いので、あまり遅くまで起きてられなくなった
・電車とバスで通学していますが、中々座れない
・課題やレポートが……
等々ありまして。まさに言い訳ですね……。
少しずつ書いてはいたんですが、ここまで長引いてしまいました。
申し訳ありません。
次話の更新もいつになるか分かりません。
ですが、途中で無断打ち切りはいたしませんので、どうか待ってやってください。