第四十二夜 開戦の号令
皆様、お久しぶりです。
シンカーです。
受験が終わって早一ヶ月。
漸く復帰一発目を皆様にお届けすることが出来ます。
なかなか執筆勘が戻らず、ズルズルと三月末まで来てしまいましたが、なんとか以前言っていた通り三月中には間に合いました。
ただ、文章に可笑しいところが含まれている可能性は大なので、その辺りは、ご承知ください。
あともう一つ、更新ペースについてなのですが、四月から新しい生活が始まるため、未だにどのような時間の使い方になるか分かりません。そのため、ある程度落ち着くまでは、不定期更新ということにさせていただきたいと思います。
ご理解の程、よろしくお願い致します。
最後に、今回の東北大震災で被害を受けた方々へ。
ご冥福をお祈りいたしております。
自分に出来ることはそう多くはありませんが、塵も積もれば山となる精神で色々とご支援ご協力をしていきたい所存であります。
それでは第四十二夜です。
どうぞ。
「敵の規模は?」
沈黙を最初に切り裂いたのは、No.2のガウェインであった。
椅子に深く腰掛け、腕を組みながら鋭い視線を総裁に向ける。
「せ、正確な数は分かっていませんが、目視で確認しただけでも五隻はいたそうです……」
しどろもどろになりながらも答えた総裁は、顔中に汗をびっしりとかいていた。呼吸も浅く速く、緊張しているのが手にとるように分かる。
「五隻……」
そう呟き、ガウェインは一度視線を伏せた。
その間隙に、No.1のナタリアは声をあげる。
「諸君。どうやら、事は一刻を争う状況のようだ」
その場にいる全員の視線を一身に受け止めるナタリア。その中には、ガウェインも含まれていた。
「あちらの貴賓席に座っていらっしゃる貴族様達も、今は状況が分からず大人しくしているが、理解が及べば混乱に発展するのは想像に難くはないだろう」
ナタリアが右手で指し示した貴賓席の方向では、未だ呆然とした様子の貴族や王族の姿が確認出来る。
「そこで、我々がまず初めにしなければならない事は何か……」
そこで一旦間を開ける。ナタリアの目はゆっくりとその場を見渡す。
「勿論、傭兵の雇用禁止だろ?」
そう答えたのは、No.3のヴァドレッドだった。肘を自分の膝の上に置き、組んだ手の甲に顎を乗せている。
「その通りだ」
「……雇用禁止、とは?」
うむと頷くナタリアに、総裁は弱々しく尋ねる。
「文字通り、傭兵を金で雇う事を禁止にするんじゃよ」
総裁の疑問には、ゲイル翁が答えていた。
「……何故そのような事を?」
「自分の身可愛さに一人の王族や貴族が大量に傭兵を雇ってしまったら、一体誰がこの国を守るんですか?」
ヴァドレッドの言葉に、総裁は目を見開いた。
「それでは、もしや……!」
声を震わす総裁に、その場にいたギルド所属の傭兵達は皆軽く頷いた。
「我々も、戦いましょう」
ナタリアが全員を代表して宣言する。
「あ……、ありがとうございます!!」
勢いよく頭を下げる総裁に、構いませんと首を振る。
「ですが、一つだけ覚えておいてください」
人差し指を立てながら、ナタリアは忠告する。
「我々には、傭兵達を縛る権限はありません。一応、共に戦うよう呼び掛けはしますが、皆が皆、我々の言葉に賛同するとは限りません。傭兵達はギルドに所属しているとは言え、突き詰めれば個人であることに変わりはない。先程言った、王族や貴族達と同じく、自分の身可愛さに逃げ出す者もいるかもしれません。ですので、初めに理解しておいて下さい。今現在、この国にいる傭兵全てが、防衛戦に参加するわけではないという事を」
ナタリアの言葉に、総裁は深く頷いた。
「分かった。いや、手助けしてくれるだけでも有難い。本当にありがとう」
傭兵達は、軽く微笑んでから、本題に入った。
「では、まず各々の役割だが──」
ガチャンッ!!
ナタリアが話し始めたと同時に、彼女らがいるバルコニーの扉が勢いよく開いた。
「どうしたのこれ!?」
入ってきたのは、先程まで会場で試合をしていたNo.4のシャイナであった。後ろにはNo.11のセシルもいる。
更に足音が響き、セシルの後ろにNo.17のエルヴィネーゼがやってきた。
「あれ、セシルにシャイナさんもここに来たんだ」
彼女の後ろからも何人かがこのバルコニーに向かって駆けてきた。全員、傭兵である。
「……? おい、『吸血姫』」
その面子を確認していたナタリアは、ふとある人物の姿がないことに気が付いて、エルヴィネーゼを呼んだ。ただし、その呼び方はいつものくだけた呼び方ではなく、No.1の立場からの呼び方であった。
「え? あ、はい」
一瞬呆気にとられたが、今の状況を理解したのか、ちゃんと上司に対する応答をするエルヴィネーゼ。
「『暗殺者』はどうした?」
「クラウドですか?」
そう。ナタリアがいないことに気が付いた人物は、No.77程度でありながら二つ名を拝命した変わり者であった。
(最悪の事態でなければ良いが……)
ナタリアは心の中でそう願っていたが、エルヴィネーゼの答えはナタリアの懸念通りであった。
「えっと、爆発音の後、すぐに目の色変えて飛び出しちゃいましたけど……」
「クソッ!!」
『ッ!?』
予想外のナタリアの暴言に、その場のほとんどが目を丸くして彼女を見つめた。
「最悪だ……。考えうる限り最悪の事態だ……」
しばらくブツブツと呟いていたナタリアは、一度溜め息を吐いて気を落ち着かせた。
「えっと、ナタリアさん……?」
エルヴィネーゼがよそよそしい態度で呼び掛けるが、既に先程の取り乱した様子は見えなかった。
「まあ良い。いや、良くはないが、ここでは敢えて無視する」
ナタリアは微妙に焦燥感を醸し出しながらも、皆に指示を出し始める。
「取り敢えず、先程の続きだが、各々の役割を伝える。まず、『消音』だが……」
そう言って辺りを見回すが、
「あれ? 『消音』は何処へ行った?」
爆発音前まではいた存在が、いつの間にか消えていた。
「アイツなら、爆発音の後に飛び出していったぜ」
気だるげに答えたのは、No.5のスターツであった。
「……可笑しいな、たった今同じ内容を聞いたような気がするのだが……」
ナタリアは深々と溜め息を吐いた。
「止める必要はないと思ったが、不味かったか?」
スターツは悪びれもなく訊く。
「……いや、構わん。私はどうせアイツに遊撃役をしてもらうつもりだったからな。アイツに限って、命惜しさに逃げ出したりはしないはずさ。おそらく、適当に敵を撃破して回ってくれるだろう」
「確かにな」
さて、とナタリアは気を取り直し、指示を続ける。
「『絶対防御』」
「はい」
指名されたNo.9のジンは、背筋を伸ばし命令を待つ。
「お前は、中央通りで敵の進撃を食い止めてもらう」
「了解しました」
この命令には、エルヴィネーゼが反応した。
「ちょ、ちょっと待った! 『絶対防御』一人でですか!?」
だが、ナタリアは当然だと頷く。
「情報によれば、どうやら敵は船で侵攻してきているらしいからな。ならば、港のある南から攻めてくるだろう。その港から伸びている一番広い通りである中央通りを食い止めれば、敵の進撃を遅らせることが出来るはずだ」
「い、いや、答えになってないし……。て言うか、だからこそ『絶対防御』一人では危険では……」
「『吸血姫』──」
未だ反論をしようとしていたエルヴィネーゼを、ナタリアはたしなめる。
「『絶対防御』だからこそ、一人なのだ。むしろ、人数が増えれば彼の邪魔になる」
「なっ──」
ナタリアの言葉に絶句してしまったエルヴィネーゼは、そのままジンの方を見るが、彼は小さく頷くだけであった。
「続けるぞ。『破城拳』、『妖艶』、『天使』。お前達は、街に出て非戦闘員の避難を誘導してもらいたい。無論、三人だけではなく、お前達にはそれなりの人数を付けるつもりだ」
指名された三人はそれぞれ違う反応を示した。
No.8のレイミアは、妖しく微笑み、
No.5のスターツは、嫌そうに顔をしかめ、
No.10のガラテアに至っては、反応すらしなかった。
「おいおい、この俺が避難民の誘導かよ? 性に合わねぇんだよ」
スターツは鼻を鳴らしながら批難の声をあげる。椅子にだらしなく座り、見た目からしてやる気が見えない。
「何を言っている。お前だからこそ、誘導を頼んだんだ」
「あ?」
ナタリアは、心外だとばかりに両肩を軽く上げる。
「非戦闘員の避難は、敵が最も狙ってくるところだろう。つまり、必然的に戦闘回数が増えるということだ。この待遇で、何か不満か?」
普通の人ならば、この待遇は大不満であろう。自分の命をかける回数など、少ないに越したことはないのだから。
しかし、スターツの場合、
「……最高じゃねぇか。いいぜ、引き受けてやるよ」
バトルジャンキー、とまでは言わないが、常人以上には戦闘が好きであるため、不満どころか嬉しそうに片方の口の端を吊り上げた。それを見たナタリアも同じく口の端を吊り上げる。
「あと、この国にある病院を回って、入院しているが戦えそうな傭兵を連れ出してくれ。無理に、とは言わないがな」
「ああ、分かった」
「分かりました」
「………………」
三人が頷いたのを見て(約一名無反応の者がいたが、了承したと勝手に決めつけ)、ナタリアは次にNo.3のヴァドレッドとNo.4のシャイナの方に振り向いた。
「『機動艦隊』、『魔弾の射手』」
「何かな?」
「はい」
二人の返事を聞き、ナタリアは一瞬言い淀んだが、すぐにハッキリと命令した。
「二人は、共に港に向かい、敵を殲滅してもらう」
その無茶な命令に、ヴァドレッドは目を細め、シャイナは軽く身動ぎしただけで、特に異論は唱えなかった。
「主な殲滅対象は、敵軍艦だ。二人なら、やれるだろ?」
ナタリアの挑戦的な眼差しに対し、二人は共に涼しい顔で微笑んだ(シャイナは常に微笑んでいるが)。
「そして、『王家の武器庫』」
「やっと俺か。それで、俺は何をすれば?」
着ている鎧をガシャガシャ鳴らし、No.6セルドリッツは椅子から立ち上がる。
「とは言っても、なんとなく想像はつくが……」
「そうか。おそらく想像通りだ。お前はここで、傭兵達の武器を用意してもらう。今回の大会で、武器を壊してしまった傭兵も少なくないからな」
ナタリアの命令を聞き、首を竦めるセルドリッツ。
「了解」
「俺はどうすれば?」
ここに来て、最初に声を出して以来黙ったままだったガウェインが漸く口を開いた。
「『葬送槍』は、私とゲイル長と共にここに残って、陣頭指揮を執ってもらいたい。流石にこの規模では、私の手には余る」
「……まあ良いだろう」
そう言って、ガウェインは足を組んだ。
「これで、各々の役割は通達した。他の傭兵達は、『破城拳』達と共に行動してくれ。勿論、必ずやれとは言っていない。我々は軍隊ではないのだからな。やりたいものだけやってくれ」
ナタリアがそう伝えると、バルコニーの外で待機していた傭兵達はそれぞれ好きなように返事をした。
「よろしい。では、迅速な行動を心掛けてくれ。解散!」
その一言を最後に、バルコニーは準備に勤しむ傭兵達の喧騒で騒がしくなった。
そんな中、エルヴィネーゼとセシルがナタリアに近付いた。
「ナーシャ」
「む? なんだ?」
「リンやソラリス達にもこの事伝えた方が良いよね?」
「そうだな。では、北に逃げるよう言ってくれ。そうすれば、わりかし敵とエンカウントする確率は低いだろう」
「分かった」
「……了解」
エルヴィネーゼとセシルは急いでバルコニーを脱け出していった。
「さて──」
ナタリアは一人、バルコニーから会場を見回した。
未だに何が起こったか理解していない者と、既に危機感を持ち始めている者に別れ始めている。
「まずは、雇用禁止についてこいつらに説明しなければな……」
開戦の号令は既に鳴っている。
それに気付いたか否か、
その差は、
あまりにも大きい──